第36話 AO二次面接まで2週間。キョンが先に動いた
11月に入った。
(2006年11月。)
(AO一次は通過した。次は二次面接。2週間を切った。)
(「2週間あれば余裕だ」と思うのが38歳の感覚で、「2週間しかない」と思うのが高校生の感覚だ。)
(どっちが正しいかは、俺にはわからない。)
朝のランニングを終えて、机に向かった。
面接の想定問答を整理していた。
「なぜ経営学部を志望するか」。
「生徒会での経験で何を学んだか」。
「10年後の自分像は」。
(38歳のSEとして面接を何十回も経験してきたが、これは難しい。)
(理由は——答えを作れないからだ。)
(面接官は嘘を見抜く。38歳の俺でも、17歳の自分の言葉で答えないといけない。)
ペンを置いた。
(俺はなぜ経営を学びたいのか。)
(38歳の答えを言えば、「バータとユースケとフミの未来に役立つ知識が欲しかったから」だ。)
(でもそれは高校3年生の動機として出せない。)
(落ち着けアラフォー。)
(16歳の自分として話せる言葉を探せ。)
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昼休み、生徒会室でフミと経済の勉強をした。
「需要の価格弾力性。先週の続き。」
「わかった。」
俺が例題を書いた。
フミが式を立てた。
答えが出た。
「合ってる。」
「……そうか。」
フミが式を消しゴムで消した。
もう一回書いた。
「自分で解ける感覚がまだない。」
「あと3回同じ問題を解け。それだけで体に入る。」
「3回。」
「俺が試した方法だ。この手の計算式は、説明を読むより手を動かした回数の問題だ。」
フミが「そうか」と言って、また式を書き始めた。
(フミ。)
(お前が黙って手を動かすとき、部屋が静かになる。)
(その静けさが、俺は好きだ。)
「リュウ。」
「何。」
「面接、どう準備してる。」
(突然来た。)
「……想定問答を整理してる。でもうまくいかない。」
「なぜ。」
「答えを作ろうとすると、嘘っぽくなる。」
フミが少し考えた。
「答えを作るな。核心を一個だけ決めて、そこから話せ。」
「……核心。」
「面接官が聞きたいのは全部じゃない。お前が一番強く思っていることだ。それを一言で言える形にしろ。」
(フミ。)
(お前は弁護士向きの頭を持っている。)
(証拠の取捨選択と同じ考え方だ。)
「ありがとう。」
「礼はいい。問題を解く。」
フミがまた式を書き始めた。
(「核心を一個だけ決めて、そこから話せ」。)
(俺が経営を学びたい理由の、核心は何だ。)
(……「動かしたいものがあるから」。)
(それだ。それだけでいい。)
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放課後。
廊下でキョンとすれ違った。
「リュウ。」
「何。」
「専門学校のAO、二次の申し込みした。」
(——した。)
(キョンが、先に動いた。)
「そうか。」
「先週、書類を担任に渡した。受理された。」
「よかった。」
キョンが少し俺を見た。
「……リュウの方は。」
「二次面接まで2週間。まだ準備してる。」
「……2週間、ある。」
「ある。でも短い。」
「キョンの方が先に動いた。」
「……早めに動いた方がいい気がして。」
(早めに動いた方がいい。)
(キョンが、自分で決めて、自分で動いた。)
「正解だ。」
「そう?」
「早く動くのは怖い。でも早く動いた分だけ、修正できる時間が増える。」
「……修正か。」
「結果がどう出ても、動いてから考えられる。動く前には考えられないことがある。」
キョンが少し間を置いた。
「……リュウって、そういうこと、自分に言い聞かせてる感じがする。」
「そうかもしれない。」
「……自分も怖いのに、人には落ち着いた感じで言う。」
(核心を突いてくる。)
(「自分も怖いのに」。)
(正解だ。俺は怖い。今も怖い。言えないことがあって、怖い。)
「……そうかもな。」
「なんか——いいな、それ。」
キョンが言った。
「いいことか。」
「うん。自分も怖いから、言ってる感じがして。机上じゃない感じがする。」
(机上じゃない。)
(お前は鋭い。本当に鋭い。)
「机上じゃないよ。怖くて当然だと思ってるから、そう言える。」
キョンが頷いた。
それだけだった。
でもキョンが少し、ほっとした顔をした気がした。
(俺はまだ言ってない。)
(でも今——少し近かった気がした。)
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その夜、面接の想定問答をもう一度書いた。
フミの言葉を使った。
「核心を一個だけ決めて、そこから話せ。」
俺が経営を学びたい理由の、核心。
「動かしたいものがあるから。」
それだけを起点にした。
そこから、17歳の言葉で話す練習をした。
声に出してみた。
「生徒会長として、学校という仕組みを動かした経験があります。文化祭の予算配分を変えた。手続きを変えた。でも変えられる範囲が決まっていました。その先を変えたいと思っています。もっと大きな仕組みを、動かしたい。」
(……これだ。)
(嘘じゃない。本当のことだ。)
(「動かしたいものがある」を、今の自分の言葉で言えた。)
(落ち着けアラフォー。)
(面接の核心が見えた。)
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翌朝の電車。
清峰でキョンが乗ってきた。
いつも通りの位置に立った。
右のイヤホンが差し出された。
受け取った。
今日はピアノから始まる曲だった。
(また新しい曲を入れてきた。)
(毎回、少しずつ増えている。)
(「全部聴く」と言ったのを、キョンは真に受けている。)
(それが——嬉しい。)
(落ち着けアラフォー。)
電車が動き始めた。
窓の外に、11月の空が流れていく。
葉が色づいていた。
(キョンが申し込みをした。)
(俺は面接の核心を見つけた。)
(2人とも、動いている。)
(タイミングは違う。でも方向は、同じ方を向いている気がした。)
(俺はまだ言ってない。)
(でも——「全部聴く」と言った。)
(それは、ここに居続けるということだ。)
(その言葉だけは、伝わっていると思う。)
第36話、11月。AO二次面接まで2週間。フミの「核心を一個だけ決めて、そこから話せ」が今回の名言です。弁護士気質の証拠選択と同じ発想——それが面接にも通じる。キョンが「先に動いた」回でもあります。
次回——12月。クリスマス。去年と逆になった夜です。




