第42話 返す側
2月も終盤に入った。
卒業式まで3週間を切った。
(早い。)
(AO合格が出た12月から、時間の感覚が変わった気がする。)
(「やること」が終わったら、「終わること」が始まった。)
朝のホームで電車を待ちながら、ガラケーを開いた。
カレンダーを確認した。
3月14日。ホワイトデー。
今日から27日ある。
(返す側になったのは初めてだ。)
(38歳の経験でいえば「本命には本命で返す」が原則だが、今回は相手に「義理かどうかはリュウが決めて」と言われている。)
(つまり——俺が決める。)
(落ち着けアラフォー。)
(決める材料がまだ足りない。)
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1時間目が始まる前の廊下で、ミナミに捕まった。
「柳くんちょっといい?」
小声だった。ミナミが小声を使うのは珍しい。いつも廊下の端まで届く声量で喋るやつだ。
「何だ。」
「バレンタイン、キョンに何か言った?」
(来た。)
(ミナミが来た。)
「……何も言っていない。」
「え? チョコ渡したじゃん。代理だけど。」
「ありがとうとは言った。」
「それだけ!?」
「それだけだ。」
ミナミが少し困った顔をした。困ったとき、ミナミは眉が8の字になる。
「あのさ、柳くん。キョンって、自分から何かするのすごい難しい子なんだよ。」
「わかってる。」
「わかってる……?」
「難しいというより、時間がかかる。自分の中でちゃんと決まってから動く。」
ミナミが少し黙った。
「……それ、キョンのことすごくわかってる言い方だね。」
「まあ。」
「まあ、って。」
ミナミがため息をついた。
「ホワイトデー、ちゃんとやりなよ。」
「やる。」
「本当に?」
「本当に。」
「何渡すの?」
(そこはまだ決まっていない。)
「……検討中だ。」
「柳くーん! あと27日しかないんだよ?」
「わかってる。」
「わかってないよそれ!」
ミナミが小走りで教室に戻っていった。
(ミナミ。)
(お前は世話焼きすぎる。でも助かった。)
(「自分から何かするのすごい難しい子」——キョンが動いたのは、その中での精一杯だった。)
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昼休み、生徒会室でフミと向かいに座った。
今日は経済の勉強じゃない。フミが朝から「今日の昼、時間あるか」と聞いてきた。フミが昼を指定してくるのは、何か言いたいことがあるときだ。
フミが弁当を広げながら、前置きなしに言った。
「キョンの話、していいか。」
(来た。)
(ミナミに続いてフミまで。)
(今日は何の日だ。)
「……何を聞きたい。」
「何も聞かない。言う側だ。」
フミが卵焼きをひとつ食べた。話すペースを自分で決めるやつだ。
「お前が変わったのは3年前だ。最初から見てた。」
「そうだな。」
「キョンのことも最初から見てた。お前が何をしようとしているかも、だいたい見えてた。」
(だいたい見えてた。)
(フミがそう言う。)
(「だいたい」という言葉の精度を俺は知っている。お前の「だいたい」は全部だ。)
「……で。」
「ホワイトデー、ちゃんとやれ。」
「ミナミにも同じことを言われた。」
フミが少し間を置いた。
「……ミナミと同じことを俺が言う、ということは、お前のことを心配している人間が2種類いるということだ。」
「2種類。」
「ミナミは感情で心配している。俺は観察から心配している。」
(フミらしい区別だ。)
「観察から心配している、というのは?」
「キョンが最近、変わってきている。」
フミが続けた。
「どう変わった。」
「……自分から話しかけることが増えた。ミニモニ以外にも。ほんの少しずつだが、自分の外側に出てきている感じがする。」
(そうか。)
(俺は電車での変化しか見えていない。)
(フミはクラス全体を見ていた。)
「フミの目には、何が起きてると見える。」
フミが少し考えた。
「……「自分がどこにいるか」を探してる感じがする。場所の話じゃなくて。」
(「自分がどこにいるか」。)
(フミの言葉は毎回、余白が多い。)
(でも今のは——わかる気がした。)
(キョンが「なんか変なんだよね、私」と言うとき、それは場所の話じゃない。)
(自分がどういう人間か、どういう言葉を持てばいいか——そういう「どこにいるか」の話だ。)
「……そうだな。そういう時期だと思う。」
「俺にはわからん話だが。」
「わからなくてもわかる話だよ。」
フミが「そうか」と言って、また弁当を食べた。
「で。」とフミが続けた。「ホワイトデーの話に戻るが。」
「戻るのか。」
「お前、何を渡す気だ。」
「……まだ決まっていない。」
「キョンが「義理かどうかはリュウが決めて」と言ったのは知ってる。」
「なんで知ってる。」
「ミナミが昨日生徒会室の前で話してた。声が大きい。」
(ミナミ。)
(声のデカさが裏目に出た。)
「……「決める」とは言ったが、何を渡すかがまだ浮かばない。」
フミが俺を見た。
「キョンが渡したものは何だった。」
「チョコ。」
「それだけか。」
「……MDも渡された。別の日に。」
フミが少し眉を動かした。
「MDを渡されたのか。」
「バレンタインの翌日。6曲目だ。」
「……それは、チョコより重い。」
(フミがそう言った。)
(法律の話なら「証拠の重さ」が出てくる男が、「チョコより重い」と言った。)
「俺もそう思う。」
「なら返すものも、チョコより重いものにしろ。ただし——押しつけるな。」
「押しつけるな。」
「重いものは、押しつけると相手が逃げる。受け取る側が決められる形にして渡せ。」
(——。)
(フミ。)
(弁護士になれ。絶対になれ。)
(「受け取る側が決められる形にして渡せ」。)
(キョンが「義理かどうかはリュウが決めて」と言った。)
(同じ形だ。決めるのを相手に渡す。)
「……わかった。そうする。」
「何を渡すかは自分で決めろ。そこは口を出さない。」
「助かる。」
「礼はいい。」
フミが弁当を閉めた。
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放課後、スタビに寄った。
コーヒーを頼んで、窓際の席に座った。ノートを出した。
「何を渡すか」を考えるために来た。
(38歳の経験値で考えれば、候補はいくつか出る。)
(菓子類。アクセサリー。本。)
(でも今回は「経験値」じゃなくて「今の俺の答え」を出したい。)
ノートに書いた。
「キョンが渡したもの:チョコ+MD(6曲目)」
「キョンの言葉:義理かどうかはリュウが決めて」
「フミの言葉:受け取る側が決められる形にして渡せ」
眺めた。
(キョンはMDを渡した。音楽を渡した。)
(「これが好きだ」を、言葉じゃなく形にして渡してきた。)
(なら俺が返すべきものも——言葉じゃない何かだ。)
(俺が「好きだ」と思っているものを、形にして渡す。)
(俺が好きなもの。)
コーヒーを飲んだ。
(……キョンの服だ。)
(キョンが自分で作った服の話を、俺はずっと聞いてきた。)
(「今作ってるのは」「これ自分で直した」「この布を選んだのは」。)
(それを聞くたびに、俺は本当に面白いと思っていた。)
(キョンの服に関係するものを渡したい。)
(でも何を渡せるか、俺にはわからない。)
(服は作れない。センスはある。でも材料がわからない。)
(……聞くか。)
(ミナミに聞けばわかるかもしれない。)
ガラケーを出した。
「ちょっと聞いていいか」とミナミにメールを打った。
30秒で返信が来た。「なに!?」
(反応が速い。)
「キョンが服を作るときに使う素材で、何か欲しがってるものとか、知ってるか」
少し間があった。今度は1分かかった。
「……布の話なら聞いたことある。手芸屋で見てたのに高くて買えなかった布があるって。でも何かは知らない。キョンに聞いた方が早くない?」
(直接聞くと、渡したときに驚かない。)
(サプライズにする意味があるかどうかはわからないが——なんとなく、黙って渡したい。)
「サプライズにしたい」
「あーそういうことか!! わかった聞いてみる!!」
「さりげなく頼む。バレないように。」
「まかせて!!」
(ミナミに「さりげなく」を頼んだ。)
(大丈夫か。)
コーヒーを飲んだ。
もう少し冷えていた。
(方向は決まった。)
(何を渡すかは、ミナミからの情報待ちだ。)
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家に帰る電車の中で、「ずっとここにいる」をまたかけた。
「名前を呼べなくても
ここにいる
ここにいる
ずっとここにいる」
(俺はまだ言ってない。)
(でも——返す方法は、見えてきた。)
窓の外に、2月の夜景が流れていく。
卒業まで3週間。
ホワイトデーまで26日。
(布を探す。)
(キョンが欲しかった布を、俺が先に手に入れる。)
(それを渡す。何をするかはキョンが決める。)
(「決めるのは、お前だ」を、形にして返す。)
第42話。ミナミとフミが同じ日に「ちゃんとやれ」と言ってくる回。フミの「受け取る側が決められる形にして渡せ」が今回の核心です。キョンがMDを渡した方法を、リュウが形を変えて返そうとしている。「布を探す」——次回、ホワイトデーまであと26日。




