表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
時をかけるアラフォー 〜あの子には性別がない〜  作者: 双子相
第3幕 (ep37〜45)決着(卒業式・告白)
43/50

第43話 ホワイトデーの布


 3月に入った。


 ミナミからメールが来たのは3月の2日だった。


「柳くん聞いて。キョンがよく行く手芸屋わかった。清峰の南口から徒歩5分のところ。前に一緒に行ったことある。」


「わかった。ありがとう。」


「でね、お店の人に聞いたら、キョンが前に気にしてた布の話、わかったかも!店員さんの話だと、冬に来た女の子が一回手に取ってたけど値段見て棚に戻した、ってやつがあったって。白に近いベージュで、ちょっと透ける素材のやつだって。」


 (ミナミ。)

 (さりげなくと頼んだが、店員に直接聞いていた。)

 (でもよく聞き出せた。)


「それ、まだ在庫あるか。」


「あるって! だから早く行った方がいいよ!」


 放課後、清峰まで向かった。


---


 南口を出て、5分歩いた。


 「手芸の松島」という看板の、細長い店だった。

 入口に毛糸の見本が並んでいて、奥に布地のコーナーがある。


 (こういう店に来たのは38年生きて初めてだ。)

 (いや、母親に連れられてきた記憶が薄くある。)

 (でも自分の意志で入るのは初めてだ。)


 布地のコーナーに向かった。


 (白に近いベージュ、少し透ける素材。)


 端から順に見ていくと、すぐわかった。


 引っ張り出して手に取った。

 軽かった。透かすと光を通した。触るとひんやりした。


 (これか。)


 値札を見た。


 (……なるほど、高い。)

 (30センチ単位で売っているが、服を作るなら最低1メートルは要るだろう。)

 (でもキョンが必要とした分だけ買ってもしかたない。)


 俺には何メートル必要かがわからない。


 店員に声をかけた。


「すみません。この布、服を作りたい人に贈ろうとしてるんですが。シャツかブラウスを1着作れる分、もらうとしたら何メートルですか。」


 店員が少し考えた。


「シャツだと1.5メートルくらいあれば十分ですよ。ゆとりを持たせるなら2メートル。どんな体格の方ですか。」


「普通の女子高生くらいです。小柄です。」


「じゃあ1.5メートルで充分ですね。」


 1.5メートルを買った。


 丁寧に畳んで、薄紙に包んでもらった。


 (これだ。)

 (「決めるのはお前だ」を、形にして渡せる。)


---


 翌日。


 廊下でミナミに会った。


「柳くん、買えた!?」


「買えた。」


「えーーーどんなの!?見せて!」


「プレゼントだから今は見せない。」


「ケチ。でも良かった!!」


 ミナミが廊下で小さくガッツポーズした。


「私の誕生日もホワイトデーと同じ日だから、今日が楽しみすぎる。」


(そうだな。3月14日。ミナミの誕生日だ。)

(お前が一番賑やかな日になる。)


「おめでとう、先に。」


「えっ早い!でもありがとう!!」


---


 3月14日の朝。


 ホームで電車を待った。

 3月の空気はまだ冷たいが、光の角度が変わっていた。


 (今日だ。)

 (落ち着けアラフォー。)


 今朝、薄紙に包んだ布をリュックに入れた。

 入れるとき、少し迷った。

 リボンをつけた方がいいか、と思ったが、やめた。

 キョンへの贈り物にリボンは似合わない気がした。


 薄紙だけ、にした。

 きちんと包んだ。それだけ。


 電車が来た。

 乗り込んだ。

 清峰でキョンが乗ってきた。


 「今日、ミナミの誕生日!」とミナミが言ったのは、中丸駅で合流したときだった。

 「誕生日おめでとう。」と俺が言った。

 「ありがとう!!」


 (落ち着けアラフォー。今日は長い。)


---


 1時間目が始まる前の教室で、ミナミが誕生日ムードを全力で作っていた。


 「今日14日だよ! ホワイトデーだよ! 私の誕生日だよ!! うれしい!!!」


 サナが「自分でいうな。」と言った。

 リサが「おめでとうございます。」と言った。

 キョンが「おめでとう。」と言って、ミナミに小さい包みを渡した。


 ミナミが包みを開けた。

 ヘアゴムだった。

 白いリボンのついた、シンプルなやつ。


「キョンが選んだの!? かわいい!!!」


「……使いやすそうだったから。」


「最高!! 今日からずっとつける!!」


 (キョンが誕生日プレゼントを用意していた。)

 (ちゃんと考えていた。)

 (シンプルで、使いやすくて、押しつけがましくない。)

 (それがキョンのプレゼントの選び方だ。)


 (俺もそうしたいと思っていた。)

 (今日、それができるかどうか。)


---


 昼休み。


 バータとユースケが教室に来た。


「今日ホワイトデーじゃないか! 何かするのか!」


 ユースケが廊下から顔を出した。


「する。」


「マジか!! 何渡すの!」


「内緒だ。」


「えっ教えてよ。でしょ?バータも気になるでしょ?」


 バータが「まあ」と言った。

 それから少し考えて言った。


「リュウが動くとき、変な動き方しないから。大丈夫だと思う。」


 (バータ。)

 (お前のそういう一言が、なぜか一番効く。)


「ありがとう。」


「まあ。でも——うまくいくといいな。」


 バータが珍しく少しだけ柔らかい声で言った。


 ユースケが「俺も応援してる!!」と言った。


 (声がでかい。)

 (でも今日は、それでいいか。)


---


 放課後。


 生徒会室に誰かが来る前に、片付けて帰ろうとしていた。


「柳くん。」


 フミだった。


「わかってる。ちゃんとやる。」


「まだ何も言ってない。」


「言わなくてもわかる。」


 フミが少し間を置いた。


「……まあ、それならいい。」


 フミが生徒会室のドアを開けて入ってきた。

 書類を机に置いた。


「来週から3月後半になる。卒業式の前後で生徒会の仕事がある。今週中に引き継ぎのスケジュールを後任に送っておけ。」


「わかった。今夜やる。」


「こういうときに仕事を片付けておくのが、お前のいいところだ。」


 (フミが「いいところ」と言った。)

 (珍しい。)


「お前に言われると重みがある。」


「礼はいい。」


 フミが椅子を引いた。座った。


「受験、どうなった。」


「法学部、行ける。」


「合格が出たのか。」


「今日来た。一般入試の結果。」


 (落ち着けアラフォー。)

 (フミの合格通知が来た。今日。)


「おめでとう。」


「……ありがとう。」


 フミの声が、少しだけ低くなった。

 それだけだった。

 でも「ありがとう」を静かに言えるとき、フミは本当に嬉しいんだ、ということを俺は知っている。


「弁護士になれ。絶対なれる。」


 フミが俺を見た。

 2秒。


「……わかった。」


 それだけ言って、書類に目を落とした。


---


 17時。


 廊下を歩いていたら、キョンが美術室から出てきた。


 布のロールを持っていた。

 春休みも学校に来て服を作っているらしい。


「リュウ。」


「おう。」


「帰る?」


「帰るところ。」


 並んで歩き始めた。

 廊下の窓から、3月の夕方の光が入ってきていた。


(今日だ。)

(落ち着けアラフォー。)


 下駄箱で靴を履き替えた。

 外に出た。

 風が冷たいが、光に温かさが混じっていた。


「キョン。」


「うん。」


「これ。」


 リュックから薄紙の包みを出した。


 キョンが受け取った。

 手の中で重さを確かめるように持った。


「……なに?」


「開けてみろ。」


 立ち止まって、薄紙を開けた。


 中から、あの布が出てきた。

 白に近いベージュ。光を通す。

 夕方の光の中で、少し輝いた。


 キョンが動きを止めた。


---


 3秒。


 4秒。


「……これ、松島の布だ。」


「そうだ。」


「なんで知ってるの?」


「ミナミから聞いた。」


「……ミナミが。」


「ミナミがさりげなく調べてくれた。」


 (「さりげなく」とは言えないが、結果として情報は入ってきた。)


 キョンが布をもう一度見た。

 指先でそっと触れた。

 俺が手に取ったときと同じ、ひんやりとした感触のはずだった。


「……前に、見たやつだ。」


「高くて戻した、と聞いた。」


「……そっか。」


 少し間があった。


「1.5メートルある。」


「え、」


「シャツ1枚作れる分。」


 キョンが俺を見た。


「なんでそんな詳しいの?」


「お店の人に聞いた。」


「……お店の人に。」


(落ち着けアラフォー。)

(表情を管理しろ。38歳だ。)


「何を作るかは、お前が決めていい。シャツでもなくていい。何でも。」


 キョンがまた布を見た。


 (「決めるのはお前だ」を、形にして返した。)

 (キョンが「義理かどうかはリュウが決めて」と言ったのと、同じ返し方で。)

 (気づいているかどうかはわからない。でも、そういうつもりで渡した。)


「……ありがとう。」


 キョンの声が、少しだけ低かった。


「どういたしまして。」


---


 駅まで2人で歩いた。


 布はキョンのリュックに入った。

 ロールの布と一緒に入れた。


「なんか、バレンタインのチョコと、真逆だね。」


「どういう意味だ。」


「私がリュウにあげたのは、形があって、完成してるものだったから。」


「そうだな。」


「リュウがくれたのは、まだ何もなくて、これから形になるやつだから。」


(落ち着けアラフォー。)

(キョンが気づいていた。)


「……そういうつもりだった。」


 キョンが前を向いたまま、少しだけ歩みを遅らせた。


「……何を作るか、考える。」


「楽しみにしてる。」


「うん。」


 また少し間があった。


「……できたら、最初に見せる。」


(——。)


(落ち着けアラフォー。)

(落ち着けアラフォー。)

(「最初に見せる」とキョンが言った。)


「待ってる。」


---


 清峰駅に近づいた。


 キョンが降りる準備をした。


「リュウは、柳くんって言われてたときから思ってたんだけど。」


 電車の揺れの中で、キョンが急に言った。


「リュウって呼び始めてから、なんか全然違う感じがして。」


「……どう違う。」


「柳くんは、誰にでも言える感じ。リュウは、私だけが言う感じがして。ずっとそう思ってた。」


(——。)


(落ち着けアラフォー。)

(落ち着けアラフォー。)


 清峰駅のアナウンスが入った。


 キョンが立ち止まった。


「明日の式——終わったら、少し待てる?」


「待てる。」


 キョンが「また明日。」と言って、ドアへ向かった。


 降りた。


 1回だけ振り返った。


 ドアが閉まった。

 電車が動き出した。


---


 小手川まで、一人で乗り続けた。


 窓の外が夜になっていた。


 (「リュウは、私だけが言う感じがして。ずっとそう思ってた。」)


 (落ち着けアラフォー。)

 (落ち着けアラフォー。)


 (ずっとそう思ってた、と言った。)

 (俺も同じだった。「キョン」と呼ぶのは俺だけで、それが最初から少し特別だった。)


 (俺はまだ言ってない。)

 (でも——「ずっとそう思ってた」のは、俺も同じだ。)


 (「待てる?」と聞いてきた。)

 (俺は「待てる」と答えた。)


 卒業式まで、あと1日。


 (言う。)

 (明日、ちゃんと言う。)

 (38年分の準備を使い切って、ちゃんと言う。)


 (それだけだ。)

 (それだけ、決めた。)


 小手川駅に着いた。

 電車の揺れが、止まった。


第43話。ホワイトデーに布を渡した日。「決めるのはお前だ」を形にした返し方に、キョンが気づいていた。フミの合格通知も来た日。そして「リュウは、私だけが言う感じがして」——キョンが言った。そして「待てる?」とも。次回、前夜。あと1日。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ