第44話 あと1日
3月14日の夜。
机に座って、天井を見ていた。
今日一日のことを、順番に思い出していた。
朝の電車。ミナミの誕生日。昼のバータとユースケ。フミの合格通知。
そして——17時。下駄箱の前。
キョンが薄紙の包みを受け取った。手の中で重さを確かめるように持った。「……なに?」と言ったから「開けてみろ」と言った。
立ち止まって、薄紙を開けた。
中から布が出てきた。夕方の光の中で、少し輝いた。
キョンが動きを止めた。3秒。4秒。
「……前に、見たやつだ。」
(知ってる。)
(お前が値段を見て戻したやつだ。)
「1.5メートルある。シャツ1枚作れる分。何を作るかは、お前が決めていい。」
キョンが俺を見た。「なんでそんな詳しいの?」「お店の人に聞いた。」
少し間があって、「なんか、バレンタインのチョコと真逆だね」とキョンが言った。「私がリュウにあげたのは、形があって、完成してるものだったから。」「リュウがくれたのは、まだ何もなくて、これから形になるやつだから。」
(キョンが気づいていた。)
「……そういうつもりだった。」と俺は言った。
キョンが「……何を作るか、考える。」と言った。
「楽しみにしてる。」
「……できたら、最初に見せる。」
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電車の中で。
「リュウって呼び始めてから、なんか全然違う感じがして。」とキョンが急に言った。「柳くんは、誰にでも言える感じ。リュウは、私だけが言う感じがして。ずっとそう思ってた。」
(落ち着けアラフォー。)
(落ち着けアラフォー。)
清峰駅のアナウンスが入ったとき、キョンが立ち止まった。
「明日の式——終わったら、少し待てる?」
「待てる。」
「また明日。」
ドアが閉まった。ホームに立って、1回だけ振り返った。電車が動き出した。
(落ち着けアラフォー。)
(「待てる?」と聞いてきた。)
(俺は「待てる」と答えた。)
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ガラケーを開いた。
カレンダーを確認した。
卒業式:3月15日。
今日が14日。あと1日。
(あと1日、ある。)
(多いか少ないかわからない。でも——1日あれば言える。)
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机にノートを開いた。
元の歴史での告白は——どうだったか。
言葉は用意していた。「好きだ」じゃなくて、もっと長い言葉。「高校3年間、ずっとそばにいたかった」とか、「これからも一緒にいたい」とか。でも全部、頭の中にしかなかった。声が出なかった。
キョンの顔を見たら、全部どこかへ行った。
卒業式の校庭。3月の光。キョンが俺を見ていた。そのまま、何も言えなかった。
(俺はあの瞬間から20年以上、後悔した。)
(今回は違う。)
「好きだ」の4文字だけでいい。
(キョンは「みんなみたいに好きって言えないかもしれない」と言った。だから俺も「好きだ」以上は言わなくていい。ただ、その4文字をちゃんと言う。声に出して。届くように。)
ノートに書いた。「好きだ。」
(こんなもの書いてどうするんだ。)
(練習だ。38年分の後悔があるから、今度は準備してから言う。それだけだ。)
(落ち着けアラフォー。)
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フミのことを思った。
今日、生徒会室で「法学部、行ける。今日来た。一般入試の結果。」とフミが言った。
「おめでとう」と俺は言った。「弁護士になれ。絶対なれる。」
フミが「……わかった。」と言った。
(フミがそれを言うときは、本当にそう思っているときだ。)
生徒会で3年間、ずっと隣にいた。弁当を食べながら、経済の話をして、橘さんの話を観察して、「お前に「卒業式の後に言え」とか言わないから、自分で決めろ」とは一度も言わなかったが、その態度でそう言っていた。
(フミ。同じ高校に来てくれてよかった。)
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バータのことも思った。
「リュウが動くとき、変な動き方しないから。大丈夫だと思う。」
昼休みに、ユースケの横でそう言った。感情のない声で。でも「大丈夫だと思う」をバータが言うのは、珍しい。
(バータ。お前の「大丈夫」は重い。)
(ありがとう。)
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ガラケーが鳴った。
ユースケからだった。
「リュウ!!明日卒業式だ!!俺絶対言うから!!」
(ユースケ。)
(夜中にこれを送ってくるのはお前しかいない。)
「応援してる。」
「リュウも頑張れよ!!橘さんのこと!!!」
(声がないのにうるさい。)
「わかった。寝ろ。」
「冷たい!!でもありがとな!!おやすみ!!!」
(落ち着けアラフォー。)
(38歳が17歳と同じタイミングで告白する。)
(おかしくない。おかしくない。それだけのことだ。)
(ユースケ。お前はいつも全力だ。それでいい。頑張れ。)
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電気を消した。
窓の外、3月の夜空が静かだった。
天気予報は晴れだ。昨日調べた。
(3年前にここに戻ってきて、「やり直しリスト」を作った。)
(7番:キョンに、ちゃんと言う準備をする。)
(準備は終わった。)
(あとは言うだけだ。)
(元の歴史では声が出なかった。全部頭の中にあって、声だけが出なかった。)
(今回は——言う。「言える」じゃない。「言う」だ。)
(落ち着けアラフォー。)
(明日だ。)
第44話。前夜の話です。ノートに「好きだ」と書いた男がいます。練習、と本人は言っています。フミの合格通知もバータの一言もユースケのメールも、全部今日あったことで、今夜ひとりで順番に確認していました。やり直しリスト7番の準備は終わっています。次回——卒業式当日。「好きだ」を言います。




