第17話 卒業式。キョンに「残してきたもの」と言った
3月に入った。
先生への交渉は、2月の最終週に済ませてあった。
職員室の前で立花先生を捕まえて、生徒会の引き継ぎを名目に、キョンと同じクラスに入れてもらえないか確認した。先生は「文系が複数クラスできるなら、考えてみる」と言った。確約はない。でも可能性は作った。
クラス発表は3月20日だ。
それまでの間、毎日少しずつ何かを待っている感じがあった。
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3年生の卒業式があったのは、3月15日だった。
在校生は式に参加する。
体育館の後方に2年生が並んで、前方で3年生が証書を受け取るのを見る。
それだけのことだが——俺には、普通の2年生と同じ視点では見られなかった。
(38歳の記憶がある。)
(今あの場所に立っている先輩たちのうち、何人かの「その後」を俺は知っている。)
(知っているが——どの顔と名前が一致するかまでは覚えていない。)
(だから知っているようで、知らないままでいるしかない。)
整列した列の中で、前を見た。
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式が始まった。
卒業生が入場した。
担任に引率されて、整然と歩いてくる。
在校生代表の送辞があった。
卒業生代表の答辞があった。
「——3年間、この学校で過ごしたことは、生涯忘れません——」
(生涯忘れない。)
(その言葉を、俺は38歳になってから何度聞いただろうか。)
(でも——この瞬間の熱量は、本物だ。)
(20年経っても忘れないことは、確かにある。)
国歌斉唱のあと、会場がざわめいた。
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式が終わって、外に出た。
3月の外気は冷たいが、日差しが強くなっていた。
春の光だ。
校庭に3年生が出てきた。
卒業証書を持って、友達と写真を撮っている。
泣いている子もいる。
笑っている子もいる。
(俺の卒業式は——どうだったか。)
考えてみると、元の歴史の卒業式の記憶は、思ったより薄かった。
「ごめん」を言ったあの日から半年後のことだ。
あの頃の俺は、どこか上の空だった気がする。
(今度は、ちゃんと迎えたい。)
来年の自分たちの卒業式のことを、少しだけ思った。
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フミが隣に来た。
いつの間にか並んでいた。
「……リュウ。」
「何。」
「あの先輩。」
フミが校庭の一点を顎で示した。
長い黒髪の3年生の女の子が、先生と話していた。
「誰だ。」
「法学部志望の先輩。ゼミの見学に行ったとき話した。」
「そうか。どんな人だった。」
「……厳しい人だった。」
フミが少し間を置いた。
「でも、的確だった。何が足りないかを正確に指摘してくれた。」
「いい先輩だったな。」
「……そうだ。」
また間があった。
「なんか悔しかった。」
「何が。」
「的確に指摘されたことが。自分に足りないところがあることが、わかったから。」
(フミが悔しいと言った。)
(こいつが感情を言葉にするのは珍しい。)
「それは——いいことだと思う。」
「何が。」
「足りないとわかれば、埋められる。わからないまま進むよりずっとましだ。」
フミが前を向いたまま言った。
「……そうだな。」
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別の場所で、バータが3年生の先輩に肩を組まれていた。
「おい、馬場! 来年頑張れよ!!」
「まあ。」
「お前、起業するんだろ。絶対やれよ!」
「俺バカだからよくわかんないけど、やる。」
「バカとか関係ないって! 俺も応援してるから!」
先輩が豪快に笑っていた。
バータは淡々としていたが、少しだけ耳が赤かった。
(バータ。)
(お前は人に応援されている。)
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ユースケが走ってきた。
「リュウ! さっきの件、報告!!」
「ホワイトデーの件か。」
「そう! 昨日また話せて、来月一緒にご飯行くことになった!!」
(おっと。)
(動いた。)
「そうか。よかった。」
「よかった、だけ!?」
「あとは自分でやれ。」
「リュウ冷たい! でも——ありがとう。バレンタインの後、言ってくれたこと。」
「時間をかけても伝わる気持ちはある、か。」
「そう。あれで動けた。」
「よかったな。」
「よかった!! 春だ!!」
ユースケが叫んだ。
(声がでかい。)
(でも——まあ、今日くらいはいいか。)
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式の後半、在校生で片付けを手伝った。
パイプ椅子を折りたたんで、台車に積む。
キョンが近くにいた。
「重いのは俺がやる。」
「いい。私もできる。」
「そうか。」
並んで椅子を運んだ。
しばらく無言で動いた。
「来年、ここに立つんだね。」
キョンが言った。
「そうだな。」
「なんか、実感ないな。」
「今は実感がなくていい。」
「……そっか。来年になったらわかるのかな。」
椅子を積んだ。
台車が重くなった。
「先輩たちって、もう来ないんだよね。この場所には。」
「毎年来る人もいれば、来ない人もいる。」
「リュウはどっちだと思う。自分が卒業したら。」
(俺は——。)
(元の歴史では来なかった。一度も。)
(でも、やり直した今は——)
「来ると思う。」
「なんで?」
「ここに残してきたものがあるから。」
キョンが少し首をかしげた。
「残してきたもの?」
「まだうまく言えないが——たぶん、そういうことだ。」
キョンが「ふうん」と言った。
今回のふうんは「それ以上聞かない」のではなく、「なんかわかる気がする」の「ふうん」だった。
(俺には、その違いが少しずつわかるようになってきた。)
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帰り道。
ユースケとバータとフミと、4人で駅まで歩いた。
「来年はどうなるんだろうな。」
ユースケが言った。
「受験がある。」
バータが言った。
「それはわかってる。それ以外の話だ。」
「……変わる。」
フミが言った。
「全部変わる。それだけだ。」
「……そうだな。」
「バータ。」
「うん。」
「お前は変わらないな。」
「何が。」
「何があっても『まあ』と言いそう。」
「まあ。」
ユースケが笑った。
フミが口元を少し動かした。
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夜。
自室の机で、「やり直しリスト」を見た。
7番:キョンに、ちゃんと言う準備をする
(クラス発表はまだ先だ。)
(でも——先生には頼んだ。可能性は作った。)
(あとは結果を待つだけだ。)
(春が来る。)
(3年が始まる。)
(それからが、本番だ。)
窓から外を見た。
3月の夜風が、今日は少し温かかった。
第17話、卒業式です。先生への交渉は2月末に済ませてあった——という形でep18の時系列と繋げました。フミが「悔しかった」と言い、バータが耳を赤くし、ユースケが「春だ!!」と叫びました。橘さんが「残してきたもの、なんかわかる気がする」と言わなかったのに伝わりました。次回はクラス発表と春休みです。




