第3話 フミが弁当持ってきた。全部わかってる目で。
文化祭から3日が経った。
(あの日からもう3日か。)
授業中、時々思い出す。
廊下でキョンに言われたこと。
「なんか変わった?」
(わかりやすすぎる。まだ3日しか経っていないのに。)
(38歳が3日で見破られた。)
昼休みになった。
教室がざわめく。弁当箱を出す音。
ユースケが「今日の弁当見て」と騒いでいる。
(ユースケは毎日弁当を作ってくるんだった。)
(料理が得意なんだよな、こいつ。)
自分の弁当を出した。
母が作ったものだ。
(母さん。俺が38歳だとは知らず、今日も弁当を作ってくれている。)
(申し訳ない気持ちもあるが、ありがたい。)
「リュウ。」
声がした。
振り向くと、フミがいた。
弁当箱を片手に、隣の席の椅子を引いていた。
「座っていいか」とも聞かずに座った。
笑っていない。
(フミ。古川文。)
(弁当を毎日自分で作ってくる。バイトが週3〜4ある。)
(笑わない。でも笑うと顔が変わる。)
「何か用?」
「別に。」
フミは弁当箱を開けた。
卵焼き、ほうれん草のおひたし、白米。
地味だが栄養が考えられている。
(全部自分で作ってる。)
(こいつは、弁当ひとつにも手を抜かない。)
2人でしばらく黙って食べた。
ユースケがどこかで「でしょ?」と言っている声がする。
バータが「まあ」と言っている声がする。
(いつもの昼休みだ。)
(でも、俺にとっては2度目の昼休みだ。)
フミが口を開いた。
「お前、何かあったのか。」
笑わずに言った。
断言でも問いでもない、どちらとも取れる声だった。
「特には。」
「そうか。」
それだけだった。
フミはまた弁当を食べ始めた。
追及しない。問い詰めない。
でも「そうか」の中に「信じていない」が入っていた。
(フミ。)
(お前は初日から本当に怖い。)
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バータが向かいに座ってきた。
「なんの話?」
「別に。」
「まあ。」
バータも弁当を食べ始めた。
こいつの弁当は量が多い。おかずが少なくてご飯が多い。
「バータ、もう少し野菜食え。」
「俺バカだからわからん。」
「野菜の食べ方がわからないのか。」
「そういうことじゃない。」
フミが片眉だけ上げた。
笑いではない。でも何かが動いた。
(フミ、笑いそうになったな。)
(こいつが笑うと顔が変わるんだよな。)
「俺が変わったと思うか、フミ。」
「思う。」
即答だった。
「どのあたりが。」
「全部。」
「全部か。」
「全部。」
フミはおひたしを食べた。
会話が終わった。
(全部。)
(そうか。お前の目には全部映ってるか。)
窓の外を見た。
グラウンドに体育の授業がある。
白いライン、走り回る生徒。
(俺はまだ言ってない。)
弁当を食べながら、そう思った。
言ってないのは、キョンへの気持ちだけではない。
俺がここに戻ってきた理由も。
何を変えようとしているかも。
全部、まだ言っていない。
(でもフミには、いつかわかる。)
(それが一番怖い。)
「フミ、将来何になりたいんだ。」
突然聞いた。
フミが少し止まった。
「……弁護士。」
「そうか。」
「なんで急に。」
「なんとなく聞いてみたかった。」
フミは何も言わなかった。
でも弁当箱の蓋を閉めながら、少しだけ何かを考えているような顔をした。
(フミ。)
(お前は弁護士になれる。元の未来でも、お前はそこに向かっていた。)
(ただ、途中でつまずいた。)
(今回は、そうさせない。)
「なんで俺に聞く。」
「まあ、気になったから。」
「……そうか。」
フミはまた「そうか」と言った。
今度の「そうか」は、少し違う温度だった。
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午後の授業が終わって、廊下を歩いていたら、生徒会室のドアに貼り紙があった。
「文化祭後片付け 今週中に完了のこと 副会長:柳龍」
(俺の名前だ。)
(そうか、俺が仕切らなきゃいけない。)
扉を開けた。
部屋の中に、段ボールが積まれていた。
想像以上の量だった。
(一人じゃ無理な量だな。)
廊下の向こうに人の気配がした。
顔を出すと、キョンが歩いてくるのが見えた。
鞄を持っている。帰り道だろうか。
「キョン。」
呼んだら振り向いた。
「何。」
「生徒会の片付け、今週中にやらなきゃいけなくて。時間があれば手伝ってほしいんだけど。」
キョンは段ボールの山を見た。
少しの間があった。
「……いつ。」
「明日の放課後でも。」
また少しの間。
「わかった。」
それだけ言って、キョンは歩き始めた。
(来る。)
(明日、来る。)
(落ち着けアラフォー。ただの片付けだ。)
(でも生徒会室に2人でいる時間が生まれる。)
(落ち着け。)
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帰り道。
ユースケとバータと3人で駅まで歩いた。
「リュウって最近なんか落ち着いたな。」
ユースケが言った。
「そうか。」
「前もっと、なんていうか、空回りしてる感じがあったじゃん。」
(空回り。)
(正確だな。)
「今はそうでもない?」
「でしょ?そう思う!」
(ユースケはすぐ「でしょ?」になる。)
バータが「まあ」と言った。
「変わるタイミングってあるんだろ。」
(バータ。お前それ本能で言ってるか。)
駅が近づいてきた。
電車を待ちながら、今日のことを整理した。
フミに「全部」と言われた。
フミの将来の夢を聞いた。
キョンが明日来ることになった。
(フミ。)
(お前は全部見える。)
(俺はまだ何も言っていないのに、お前には全部届いている。)
(それが怖くて、それが頼もしい。)
電車が来た。
ドアが開いた。
(明日、生徒会室にキョンが来る。)
(落ち着けアラフォー。)
フミの「全部」の一言は今作屈指の名台詞だと思っています。詳しく話す権限もなく、心当たりもあるのに、答えない男。
次回——生徒会室で2人きり。テンポも話題も全部が活きた回です。




