第4話 2人きりの生徒会室で、話が止まらなかった
翌日の放課後。
生徒会室に入ると、段ボールが昨日と同じ場所にあった。
誰も手をつけていない。当然だった。
(俺しかやる人間がいない。)
(副会長という役職は、こういうときに動くものだ。)
38歳のSEとして、プロジェクトの整理整頓はそれなりにやってきた。
段ボールの中身を確認する。
文化祭の看板、チラシの残部、備品の空き箱。
捨てるもの、保管するもの、返却するものに分ける。
(これは普通に仕事だ。)
15分ほど作業をしていたとき、ドアがノックされた。
「開いてる。」
キョンが入ってきた。
鞄を置いて、段ボールを見て、少し眉をひそめた。
「多い。」
「多い。」
「昨日から変わってない。」
「誰もやっていなかった。」
「……そっか。」
キョンは上着を脱いで、隣の段ボールを開けた。
何も言わずに作業を始めた。
(キョン。)
(来てくれた。)
(落ち着けアラフォー。)
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「捨てていいやつと残すやつがわからない。」
「捨てていいのはチラシと看板。箱類は残す。」
「わかった。」
しばらく2人で黙って作業をした。
段ボールを開ける音。紙の束が動く音。
それだけが部屋に聞こえていた。
(38歳の余裕。使え。落ち着け。)
(焦るな。ここにいるだけでいい。)
(この沈黙が苦じゃない。)
(キョンと一緒にいると、沈黙が苦じゃない。)
(16歳の頃もそうだったな。)
「キョン、これどっち。」
袋を持ち上げた。
中にテープと画鋲が入っている。
「残す。備品。」
「わかった。」
作業が続いた。
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気がついたら口から出ていた。
「文化祭、どうだった?」
キョンが振り向いた。
「うちのクラスのほうは。」
「まあまあ。お化け屋敷だったけど。」
「お化け屋敷。怖かったか。」
「怖くなかった。でもミナミが途中で叫んで、自分が一番怖かったって言ってた。」
「……それはミナミらしい。」
「そう。」
(笑わなかったが、声が少し緩んだ。)
(アラフォー、静かにしろ。)
「うちは喫茶だった。バータがホットケーキ運んで、客に『かわいい』と言われてた。」
「……バータが?」
「ホットケーキが。」
「そっか。」
少しだけ、キョンの口角が上がった。
笑いとまでは言えない。でも何かが動いた。
(じわっと来た。)
(アラフォー、黙れ。)
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会話が続いた。
途切れない。
途切れそうになっても、また始まった。
(これが、元の歴史にはなかったやつだ。)
(あの頃の俺は、2人きりになると黙り込んだ。)
(何か言わなきゃと焦って、でも何も出てこなくて、気まずくなった。)
(今は違う。)
(38年分の会話が、ちゃんと出てくる。)
「キョン、服作るって聞いた。」
「誰から?」
「ミナミ。」
「……あの子、なんでも言う。」
「どういうの作るの?」
キョンは少し考えた。
「……着やすいやつ。」
「着やすい?」
「体に自然に馴染む感じの。フィットしすぎないやつ。」
「どういう形で?」
「シルエットが、あんまり『男らしい』でも『女らしい』でもないやつ。」
少しの間があった。
「……うまく説明できないけど。」
「いや、わかる。」
キョンが振り向いた。
「わかるの?」
「着る人を選ばない服、ってこと?」
「……そんな感じ。」
(わかる。)
(2026年のキョンが作っていた服が、そういう服だった。)
(でも今はまだ、お前はその言葉を持っていない。)
「面白い発想だな。」
「そう?みんなそう作ってるわけじゃないの?」
「そうでもない。」
キョンはまた段ボールに目を戻した。
「……でも、作り方がまだわからない。」
「学んでいけばいい。」
「時間かかる。」
「かかるだろうな。」
「やる気失せる言葉。」
(しまった。)
(なぐさめる気がなかったが、確かにやる気失せる言葉だった。)
「でも、お前が作りたいと思った形は正しい。それはわかる。」
キョンが少し間を置いた。
「……なんで?」
「なんとなく。」
「なんとなく?」
「なんかそういう感じがした。」
「……変なやつ。」
キョンが段ボールを閉じた。
「変なやつ」は悪口じゃなかった。
そういうトーンではなかった。
(変なやつ。)
(キョンに言われる変なやつは、悪くない。)
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作業が終わって、2人で部屋を出た。
廊下を並んで歩いた。
階段のところで道が分かれた。
「じゃあ。」とキョンが言った。
「ありがとう。」と俺が言った。
キョンが少し立ち止まった。
「服の話。聞いてくれてよかった。」
「別に。」
「別に、じゃなくて。なんか……ちゃんと聞いてくれた感じがして。」
(ちゃんと聞いてくれた感じ。)
(落ち着けアラフォー。)
「……また話してくれ。」
「うん。」
キョンが階段を下りていった。
(俺はまだ言ってない。)
(でも——ちゃんと話せた。)
(元の歴史では、こういう時間がなかった。)
階段を下りながら、明日の朝のことを考えた。
明日、また同じ電車に乗る。
元の歴史ではここで黙り込んでいた。今回は話が止まらない。「着る人を選ばない服」の意味は、第1話のキョンの「ノンバイナリ」と繋がっています。
次回——朝の電車、右のイヤホンが来ます。この作品のプロトタイプシーン。




