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時をかけるアラフォー 〜あの子には性別がない〜  作者: 双子相
第3幕 (ep37〜45)決着(卒業式・告白)
40/50

第40話 2月14日。義理と本命のあいだ


 2月14日。


 (来た。)

 (バレンタインデーだ。)

 (38歳にはもう関係のない日だったのに、16歳に戻ったら完全に関係ある日になった。)


 AO入試の最終合格通知が来たのは去年の12月だった。

 南浜国立大学経営学部。合格。

 それ以来、受験という重石が消えて、3学期が不思議なくらい軽い。


 朝のホームに着いた瞬間、空気が違うのがわかった。

 女子がそわそわしている。

 男子がそわそわしている。

 全員そわそわしている。


 (落ち着けアラフォー。)

 (これが青春というやつだ。)


---


 1時間目が終わった休み時間。


 最初に来たのはミナミだった。


「柳くん!」


 廊下からの声が大きい。

 いつもより大きい。


「はい。」


「はい、義理! キョンの分も!」


 二個のチョコを両手で差し出してきた。

 包み紙がピンクとピンクで、リボンがついている。

 (明らかに手作りだ。)

 (2007年のバレンタインにここまでする女子高生の熱量、忘れていた。)


「ありがとう。キョンの分も?」


「キョン不器用だから。渡すの恥ずかしいって言うから。」


「……そうか。」


「もう! 本人に言わないでよ!」


 ミナミが顔を赤くして去っていった。


 (キョンの分も。)

 (代理人制度。)

 (落ち着けアラフォー。)


---


 2時間目が終わった。


 今度はサナだった。


「柳くん、はい。義理。」


 サナのはコンビニのチョコだった。

 包みも何もない。

 袋のまま。

 (サナらしい。)


「ありがとう。」


「ミナミが手作りで張り切ってたから釣られて買ってきた。いや待って、それ言わなくてよかった。」


「いや言ってくれた方がいい。」


「柳くんってたまに面白いよね。」


 サナが行った。


 (面白いって何だ。)

 (38歳だから面白いんだよ。)


---


 昼休み。


 フミが生徒会室に来た。

 弁当を持って。

 いつも通り。


 席に着いて、弁当を開けて、チョコを一個だした。

 黙って俺の前に置いた。


「……義理か。」


「義理だ。」


「ありがとう。」


「礼はいい。経済の問題、今日はあるか。」


 (フミ。)

 (お前の義理チョコは一番フミらしい。)

 (イベントを完全にルーティンとして処理している。)


 「ある。」と言って問題を出した。


 フミが式を書き始めた。


 (ちなみにリサはどうした。)

 (と思った瞬間。)


 廊下からドアがあいた。


「柳くーん! チョコ! 義理だよ! 手作りじゃないよ! でもおいしいよ!」


 リサだった。

 入口からチョコを投げてきた。


 受け取った。


「ありがとう。」


「じゃあね!」


 去った。


 (3秒だった。)

 (リサのバレンタインは3秒だった。)


 フミが何も言わずに式を書き続けた。


---


 放課後。


 廊下でバータとユースケに捕まった。


「リュウ! お前今日何個もらった!」


 バータが開口一番そう言った。


「数えてない。」


「嘘つけ! 俺は今日まだゼロだ! ゼロ! 生きてる意味!」


「大袈裟すぎる。」


「ゼロだぞ! 俺の愛嬌は何のためにあったんだ!」


 ユースケが横から口をはさんだ。


「俺も一個。クラスの女子から。」


「一個か。」


「一個は一個だろ。充分だろ。」


「いや俺はゼロだ! ゼロと一個の差は無限だ!」


 (バータ。)

 (お前の語彙が今日は感情に引っ張られている。)


「バータ、去年は?」


「去年は……三個。」


「去年三個もらえたなら今年もどこかから来る。」


「ほんとか!?」


「しらん。」


「リュウ!?」


 (俺は占い師じゃない。)


 そのとき。

 廊下の向こうからミナミが走ってきた。


「馬場くん! はい! 義理!」


 チョコを差し出した。

 バータが固まった。


「……え。」


「サナとキョンの分もまとめて! ほら!」


 三個出てきた。


 バータが受け取った。

 まだ固まっていた。


「……サンキュ。」


「どういたしまして! じゃあね!」


 ミナミがまた走っていった。


 バータがユースケを見た。

 ユースケがバータを見た。


「……三個来た。」


「来たな。」


「ゼロから三個!」


「一気に来すぎだろ。」


 (ミナミ。)

 (お前、配達員か。)

 (38歳が思わずツッコんだ。)


---


 図書室。


 9稿目は去年の10月に完成した。

 今日は特に目的もなく座っていたが、手が動いた。


 (AO合格が出てから、机に向かう理由が変わった気がする。)

 (「合格のため」じゃなくて、「次のため」になった。)


 そのとき。


 向かいの席に人が来た。


 顔を上げた。


 キョンだった。


「ここ、いい?」


「どうぞ。」


 キョンが座った。

 リュックを置いた。

 教科書を出した。


 (いつも通りだ。)

 (今日がバレンタインであることを、キョンは意識していないように見える。)

 (……意識していないのか?)


 (落ち着けアラフォー。)

 (集中しろ。)


---


 19時。閉館放送が入った。


 片付けて、廊下に出た。

 二人で並んで歩いた。


 下駄箱。

 外。

 冷気。


 いつも通りの帰り道だった。


 駅の改札を抜けて、ホームへの階段を上がったとき。


 キョンが少し歩みを遅らせた。


「あのさ。」


「うん。」


 キョンがリュックの前ポケットに手を入れた。

 小さい紙袋を出した。


「……今日、これ。」


 俺に向けて差し出した。


 受け取った。


 (……なんだ。)

 (チョコだ。)

 (形からして、手作りじゃない。ちゃんとした店の包みだ。)

 (ミナミのリボンつきとも、サナのコンビニ袋とも、違う。)


「……義理、か。」


 言ってから、少し後悔した。

 なんでそう聞いた。


 キョンが少し間を置いた。


「……義理かどうかは、リュウが決めて。」


 (——。)


 電車が入ってきた。


 (落ち着けアラフォー。)

 (落ち着けアラフォー。)

 (「リュウが決めて」。)

 (今、なんて言った。)


「……ありがとう。」


 それしか言えなかった。


 キョンが前を向いた。

 ドアが開いた。

 二人で乗り込んだ。


 電車が動き始めた。


 (俺はまだ言ってない。)

 (でも今日——キョンが何かを言った。)

 (言葉にしない言葉で、何かを言った。)


---


 家に帰った。


 机に座った。

 紙袋を開けた。


 チョコレートが一個入っていた。

 小さい。

 でもちゃんとした洋菓子屋の包み紙だった。

 リボンもない。

 ただ、丁寧に包まれていた。


 (義理かどうかは、リュウが決めて。)


 (……どっちだ。)

 (38歳の経験値をフル動員しても、わからない。)

 (いや、わかっている。)

 (わかっているから怖い。)


 (お前はまだ「好き」という感覚がわからないと言っていた。)

 (「みんなが言う好きと同じかどうかわからない」と言っていた。)

 (お前が感じていることには、ちゃんと名前がある。)

 (でも2007年には、その言葉がまだ社会に広まっていない。)

 (だから「リュウが決めて」という言い方になった。)

 (それが——お前の今の精一杯だったんだと思う。)


 (俺はまだ言ってない。)

 (でも今夜。)

 (ちょっとだけ近くなった気がした。)


 机の端のチョコを、もう一度見た。


 (——キョン。)

 (「9稿目終わったら」、って言った。)

 (もう終わった。合格も出た。)

 (じゃあ次の曲を受け取る番だ。)


 (明日。)

 (6曲目を、受け取る。)


第40話。バレンタイン回です。ミナミの代理人制度、バータのゼロ→三個逆転劇、リサの3秒納品、フミの完全ルーティン処理——脇役4人がそれぞれの流儀でバレンタインをやりました。そしてキョンの「義理かどうかは、リュウが決めて。」。AO合格の重石が消えた3学期、リュウの頭に残るのはこの一言だけです。次話——6曲目、受け取る。

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