月を隠した国
最新エピソード掲載日:2026/06/26
大和の朝は、いつも白かった。
山の端から昇る光が宮の甍を照らすころ、私はまだ乾ききらぬ木簡を前に、昨夜書き写した神の名を数えていた。名は力であり、名は境であり、名は時に、古い民を沈黙させる刃でもあった。
「出雲へ行け」
そう命じたのは、宮の記録を司る老人だった。老人は私の前に一束の木簡を置き、細い指でその端を叩いた。
「国を譲った神々の名を確かめよ。大国主の系譜、事代主の言葉、そして逃れた神の行方をな」
逃れた神。
私はその言葉を胸の奥で繰り返した。記録に残らぬ神は、いずれ神ではなくなる。ならば、逃れた神とは、まだ名を奪われていない神のことではないのか。
出雲へ向かう道は、海を北に見ながら因幡を抜ける。白兎の話を知らぬ者はいない。だが、老人は低い声で言った。
「あれは子どもに聞かせる話ではない。道を知る者だけが、あの兎の意味を知っている」
その夜、私は初めて月を見た。
大和の空に浮かぶ月は、ただ静かだった。だが、これから向かう山々の奥では、月に名を与えず、ただ仰ぐ民がいるという。
神の名を集める旅が、名のない神を探す旅になるとは、そのときの私はまだ知らなかった。
山の端から昇る光が宮の甍を照らすころ、私はまだ乾ききらぬ木簡を前に、昨夜書き写した神の名を数えていた。名は力であり、名は境であり、名は時に、古い民を沈黙させる刃でもあった。
「出雲へ行け」
そう命じたのは、宮の記録を司る老人だった。老人は私の前に一束の木簡を置き、細い指でその端を叩いた。
「国を譲った神々の名を確かめよ。大国主の系譜、事代主の言葉、そして逃れた神の行方をな」
逃れた神。
私はその言葉を胸の奥で繰り返した。記録に残らぬ神は、いずれ神ではなくなる。ならば、逃れた神とは、まだ名を奪われていない神のことではないのか。
出雲へ向かう道は、海を北に見ながら因幡を抜ける。白兎の話を知らぬ者はいない。だが、老人は低い声で言った。
「あれは子どもに聞かせる話ではない。道を知る者だけが、あの兎の意味を知っている」
その夜、私は初めて月を見た。
大和の空に浮かぶ月は、ただ静かだった。だが、これから向かう山々の奥では、月に名を与えず、ただ仰ぐ民がいるという。
神の名を集める旅が、名のない神を探す旅になるとは、そのときの私はまだ知らなかった。
設定
登場人物
2026/06/25 23:27
出雲、兎は海を渡らない
第一部 出雲、兎は海を渡らない 第一章 白い朝の大和
2026/06/25 23:28
(改)
第二章 神の名を数える者
2026/06/25 23:30
第三章 因幡へ向かう道
2026/06/25 23:30
第四章 兎は海を渡らない
2026/06/25 23:32
第五章 出雲の語り部
2026/06/25 23:33
第六章 国を譲った神
2026/06/25 23:34
第七章 事代主の沈黙
2026/06/25 23:34
第八章 逃れた神の名
2026/06/25 23:35
第九章 出雲の夜
2026/06/25 23:36
第十章 東へ向かう足跡
2026/06/25 23:37
諏訪、逃れた神の湖
第二部 諏訪、逃れた神の湖 第十一章 山へ入る
2026/06/26 00:14
第十二章 信濃の道(訂正の為、後ほど削除します)
2026/06/26 00:20
(改)
第十二章 信濃の道
2026/06/26 00:27
第十三章 湖の前で
2026/06/26 00:33
第十四章 水緒
2026/06/26 00:39
第十五章 蛇の古い神
2026/06/26 01:34
第十六章 逃げたのではない
2026/06/26 01:39
第十七章 石に宿る名
2026/06/26 01:44
第十八章 出雲の神、諏訪の神
2026/06/26 01:48
第十九章 湖上の誓い
2026/06/26 01:54
第二十章 月の山へ
2026/06/26 01:59
第三部 飛騨、月に名はない
第三部 飛騨、月に名はない 第二十一章 山は月を待たない
2026/06/26 21:16
第二十二章 白い夜道
2026/06/26 21:20
第二十三章 月を指すな
2026/06/26 21:24
第二十四章 名を持たぬ灯
2026/06/26 21:35
第二十五章 月見ぬ者
2026/06/26 21:42
第二十六章 空の名
2026/06/26 21:49
第二十七章 多加津の影
2026/06/26 21:57
第二十八章 月を隠す山
2026/06/26 22:05
第二十九章 書かれぬ神
2026/06/26 22:11
第三十章 月に名はない
2026/06/26 22:20