第十章 東へ向かう足跡
出雲を離れる朝、道は霧の中に沈んでいた。
山も、川も、社の屋根も、すべてが白くぼやけている。因幡の白は剥がれたものの色だった。出雲の白は、闇がまだ消えきらずに残っている色だった。
私は宿の前に立ち、荷の紐を締め直した。
木簡の束は、大和を出たときより重くなっている。実際には、数枚増えただけだ。重くなったのは木ではない。そこに書けなかった声、書くことをためらった沈黙、持ち帰らずに置いてきた石や骨や歌の重さだった。
佐那は、いつになく静かに荷を背負っていた。
彼は出雲へ来る前より少し痩せたように見えた。旅の疲れもある。だがそれだけではない。因幡で白兎を聞き、出雲で沈黙と傷の話を聞き、彼の中にも何かが残ったのだろう。
多加津は道を見ていた。
彼は出雲へ来る前から寡黙だったが、出雲を離れる今、その沈黙はさらに深く見えた。逃げたことがある、と彼は言った。名を変えなければ持って行けないものがあった、とも。だが、その先は今は言わぬ、と閉じた。
私は、その沈黙を急がない。
それが、出雲で学んだ最初のことだったのかもしれない。
宿の主は、戸口で私たちを見送った。
「東へ行くのか」
「はい」
「諏訪まで」
「そこへ向かいます」
宿の主は頷いた。
「出雲を持って行きすぎるな」
宇都志と同じことを言った。
私は頭を下げた。
「諏訪の声を聞きます」
「そうだ。諏訪には諏訪の沈黙がある」
「出雲とは違うものですか」
「違う。だが、水は似た音を立てることがある」
宿の主はそれだけ言うと、手に持っていた小さな包みを佐那に渡した。
「道中で食え」
佐那の顔が明るくなった。
「ありがとうございます」
「食わねば、神の話も聞けぬ」
「私はそう思っていました」
佐那は真面目に頷いた。
その様子を見て、私も少し笑った。
宇都志の姿はなかった。
昨夜、彼は出雲の夜を閉じると言った。そして、出雲の語りを自分の名ではなく、出雲にそう語る夜あり、と書けとも言った。だから彼は、今朝見送りには来ないのだろう。語り部の名を持って行かせないために。
だが、古杉の下で見た三つの石は、私の中に残っていた。
黒い石。沈んだ言葉。
白い石。剥がれた道。
赤茶けた石。運ばれる傷。
私はその石を持たなかった。けれど、その重さは確かに荷の中にある。
私たちは歩き出した。
出雲の集落を抜けると、道は川沿いに東へ伸びていた。霧の中で川は姿を見せたり隠したりしている。水の音だけは変わらず聞こえた。出雲の水が、どこかへ流れていく音。
沈んだ言葉は、水のあるところへ行く。
私はその一文を何度も思い返した。
事代主の沈黙が水へ沈んだなら、その沈黙は川を下るのか。海へ出るのか。それとも地の下を通り、別の水辺へ届くのか。
諏訪の湖は、出雲の水を知っているのだろうか。
まだ分からない。
だが、分からないまま歩くことにも、少しずつ慣れてきていた。
昼前、霧は薄れた。
背後を振り返ると、出雲の山々がまだ見えた。完全に遠ざかったわけではない。だが、すでにその輪郭は曖昧になり始めている。
佐那も振り返った。
「逃れる神も、こうやって振り返ったのでしょうか」
「宇都志殿は、そう語る夜もあると言っていた」
「見えない出雲を見た、と」
「そうだ」
佐那はしばらく山を見つめていた。
「見えないものを見るために振り返る、というのは、少し分かる気がします」
「なぜ」
「遠ざかると、見えなくなる前に、見ておきたくなります。でも、本当に見ているのは景色ではなく、自分がそこにいたということなのかもしれません」
私は佐那を見た。
彼は自分の言葉に照れたのか、すぐに視線を逸らした。
「出雲の人たちのせいです。私まで難しいことを言うようになりました」
「悪くない」
「そうでしょうか」
「そう思う」
多加津が前を歩きながら言った。
「振り返る回数が多すぎると、足が遅くなる」
「多加津殿は現実的ですね」
佐那が苦笑する。
「だが、一度も振り返らぬ者は迷う」
多加津は続けた。
「今来た道を知らぬ者は、次の道も読めない」
私はその言葉を覚えた。
振り返りすぎれば進めない。
振り返らなければ迷う。
タケミナカタも、そうだったのだろうか。
出雲から東へ逃れる神。追われ、敗れ、傷を負い、それでも何かを運んだ神。彼は何度振り返ったのか。何を置き、何を持ち、何を忘れまいとしたのか。
そして、どこから諏訪の神になり始めたのか。
その問いは、これから向かう第二の土地でしか聞けない。
出雲を出て最初の宿は、山へ入る手前の小さな駅家だった。
そこには旅人が数人いた。商人、役人らしき者、山へ入る猟師。火のそばで休んでいると、猟師の男が私たちの荷を見て声をかけてきた。
「大和の者か」
「はい」
「出雲から来たのか」
「そうです」
「なら、東へ行くのか」
「諏訪を目指します」
男は火に枝をくべた。
「遠いな」
「はい」
「山は、海より道を隠す」
その言葉に、私は顔を上げた。
「海も道を隠すのでは」
「海は広く隠す。山は細かく隠す」
男は枝の先で火を整えた。
「海で迷う者は、戻る場所を失う。山で迷う者は、いま立っている場所を失う」
佐那が嫌そうな顔をした。
「怖いことを言いますね」
「山は怖い」
猟師は淡々と言った。
「神も獣も、道を間違えた者には優しくない」
私は尋ねた。
「逃れた神が山へ入るなら、何を頼りに進むと思いますか」
猟師は私を見た。
「神なら、神の道を行くだろう」
「人なら」
「水と尾根と獣の跡」
「神も、同じものを頼りにしたかもしれません」
そう言うと、猟師は少し笑った。
「大和の記録官にしては、神を高く置かないのだな」
「出雲で、土地に触れる神の話を聞きました」
「なら、少しは山に入れる」
それが褒め言葉なのかは分からなかった。
猟師は続けた。
「山へ入るなら、神の名より水の音を聞け。名は腹を満たさぬ。水は満たす」
佐那が深く頷いた。
「その通りです」
私は笑いながらも、その言葉を胸に留めた。
神の名より水の音。
出雲から諏訪へ向かう道で、水は何度も現れる。沈んだ言葉。運ばれる記憶。山へ入るための頼り。やがて湖へ至る流れ。
水は、第一部から第二部への道そのものになり始めていた。
夜、私は駅家の隅で木簡を開いた。
出雲を離れてまだ一日目だというのに、すでに書くべきことが増えている。だが、今夜は長くは書かなかった。
出雲を離る。霧深し。
川沿い東へ。水音続く。
出雲を持って行きすぎるべからず。諏訪には諏訪の沈黙あり。
振り返りすぎれば進めず。振り返らねば迷う。
山へ入るなら、神の名より水の音を聞け。
書き終えて、私は木簡を見た。
これもまた、道の杭だ。
道そのものではない。だが、後で迷ったとき、私はこの杭に戻ることができるかもしれない。
佐那は早々に眠っていた。
多加津は火の前で、猟師と何か短く話していた。二人とも言葉は少ない。だが、少ない言葉の間に、道や天候や山の危うさを交換しているのが分かった。
私はその光景を見ながら、ふと思った。
多加津は、山の者に近い。
大和の宮にいたころは、ただ寡黙な護衛だと思っていた。だが旅を続けるほど、彼の沈黙の中にあるものが少しずつ見えてくる。彼は言葉を惜しんでいるのではない。言葉にしなくてもよいものを、無理に言葉へ落とさないだけなのだ。
私にとって、それは学ぶべき姿勢だった。
翌日から、道は少しずつ険しくなった。
平らな土地が減り、山の影が近づく。川は細くなり、流れは速くなった。空は狭くなり、木々の枝が頭上を覆う。歩くたびに、出雲の湿った低さから、山へ入っていく感覚が強まった。
山道に入ると、佐那の口数が戻った。
ただし、不満としてだった。
「なぜ山は上るのですか」
「山だからだろう」
「下るだけの山はないのですか」
「それは山ではなく谷だ」
「谷も嫌です」
多加津が短く言った。
「黙って歩け」
「はい」
佐那は口を閉じたが、しばらくするとまた小さく呟いた。
「諏訪の神は、もう少し近くにいてくれればよかったのに」
私は苦笑した。
けれど、佐那の不満にも意味がある。
神話の上では、出雲から諏訪へ逃れる、と一文で済む。だが実際に歩けば、そこには山があり、谷があり、雨があり、腹の減りがあり、足の痛みがある。
一文で書かれた逃走の中に、どれだけの息切れと迷いと恐れがあったのか。
タケミナカタが神であるとしても、その名を運んだ人々がいたのなら、彼らはこのような道を歩いたのではないか。荷を背負い、子を連れ、水を探し、追手を恐れ、何度も振り返りながら。
神の道は、人の足で残る。
私はそう思った。
その日の昼過ぎ、私たちは古い峠の手前で休んだ。
そこには、小さな石積みがあった。誰が積んだものか分からない。旅人が無事を祈って置いた石なのか、山の神への供えなのか、道の境を示すものなのか。
佐那が何気なく近づこうとすると、多加津が止めた。
「触るな」
「また石ですか」
「峠の石は、山の耳だ」
佐那はすぐに手を引っ込めた。
「山の耳」
私は石積みを見た。
「誰の言葉だ」
「昔、聞いた」
「どこで」
多加津は少し黙った。
「北の山で」
それ以上は言わなかった。
私はその沈黙を受け入れた。
山の耳。
峠とは、こちらの土地と向こうの土地の境だ。因幡では白兎が海と陸の境にいた。出雲では川を渡るとき、渡る前の名を置いていけと言われた。そして山では、峠の石が耳となる。
境には、聞くものがいる。
ならば逃れる神は、境ごとに何かを聞かれていたのかもしれない。どこから来たのか。何を持っているのか。何を置いていくのか。どの名で通るのか。
私は峠の石に向かって、心の中でだけ言った。
出雲から来た。
まだ諏訪ではない。
持っているのは、名ではなく重さだ。
風が吹いた。
石積みの上の小さな葉が一枚、ゆっくりと落ちた。
峠を越えるころ、空が曇り始めた。
山の天気は変わりやすい。猟師の言葉通りだった。遠くで雷が鳴り、風が冷たくなる。多加津は足を速めた。
「下る」
「どこまで」
「水のあるところまで」
「なぜ」
「雷の前に、開けたところを離れる」
その判断は的確だった。
しばらく下ると、雨が降り出した。大粒の雨が葉を叩き、道はすぐに泥へ変わる。佐那は滑り、私は荷を庇い、多加津は前後を見ながら私たちを急がせた。
山の雨は、出雲の雨とは違った。
出雲の雨は言葉を沈める雨だった。山の雨は、すべての輪郭を壊す雨だった。道も、石も、足跡も、水に塗りつぶされていく。
逃れる神の足跡も、こうして消えたのだろうか。
いや、足跡は消える。
だが、水は流れる。
消えた足跡の代わりに、水が道を覚えるのかもしれない。
ようやく谷の小屋に着いたとき、私たちは全身濡れていた。小屋は猟師たちが使うものらしく、壁は粗く、屋根も低い。だが雨を避けるには十分だった。
佐那は座り込むなり、深く息を吐いた。
「神の道は過酷です」
「人の道だ」
多加津が言った。
「神の名がついただけだ」
その言葉に、私は強く反応した。
神の名がついただけの人の道。
大和の記録では、神が東へ逃れたと書かれる。だが、その道を実際に歩いた者たちがいたとすれば、神話は彼らの足跡を神の名で包んだものでもある。
タケミナカタは神であり、傷を運ぶ名であり、逃れた者たちの器でもある。
強い名は、遠くへ運ぶ。
宇都志の言葉が、雨音の中で再び響いた。
小屋の中で火を起こすのに苦労した。
湿った枝はなかなか燃えず、煙ばかりが上がる。佐那が咳き込み、多加津が無言で乾いた皮を削って火を育てた。ようやく小さな炎が安定すると、小屋の中に少しだけ暖かさが戻った。
私は荷を確かめた。
木簡は無事だった。外側の布は濡れていたが、内側までは達していない。空の木簡も、水を含んでいなかった。
それを確認した瞬間、自分がこの空白を強く守ろうとしていることに気づいた。
まだ何も書いていない木簡。
だが、今やそれは何よりも大事なもののように感じられる。
なぜか。
おそらく、この空白にはまだ閉じられていない道があるからだ。
夜、小屋の外では雨が降り続いていた。
雷は遠ざかったが、谷の水音が強くなっている。昼には細かった流れが、今は太く、荒くなっているのだろう。暗闇の中で水が岩に当たり、低く響く。
私は火のそばで木簡を開いた。
今日は長く書くべきだと思った。出雲を出て、山へ入り、足跡が消え、水音だけが残る。これは第一部の終わりであり、次の部への始まりでもある。
筆を取り、ゆっくり書いた。
東へ向かう。
出雲遠ざかるも、水音なお続く。
逃れた神の足跡、雨に消ゆ。されど、水は流れを残す。
神の道とは、人の道に強き名のつきたるものか。
タケミナカタの名、逃れた者たちの器とも思わる。
山に入る。峠の石、山の耳と聞く。境には聞くものあり。
こちらより来た名、向こうへ渡る名、持つもの、置くもの、すべて問われる。
諏訪へ向かうにあたり、出雲を持ちすぎるべからず。
されど、出雲の重さは置くべからず。
重さを持ち、形は置く。
水の音を聞くべし。
最後の一文を書いたとき、外の水音が少し強くなったように聞こえた。
私は筆を置いた。
佐那は火の向こうで眠りかけていた。多加津は入口近くで、雨を聞いている。彼の横顔は火に照らされ、いつもより古く見えた。
「多加津」
私は小さく呼んだ。
「何だ」
「山の道を、どこで覚えた」
沈黙。
私は待った。
小屋の外で雨が落ちる。谷の水が鳴る。火が小さく爆ぜる。
やがて、多加津は言った。
「逃げる途中で」
それだけだった。
私は頷いた。
「そうか」
「聞かぬのか」
「今は、聞かない」
多加津はしばらく私を見た。
それから、少しだけ息を吐いた。
「いつか話す」
「道が合えば」
私がそう言うと、多加津はわずかに口元を動かした。
笑ったのかもしれない。
その夜、私は夢を見た。
出雲の川が、山の中を流れていた。川の水は黒く、ところどころに白い泡が立ち、その泡の中に赤い石が沈んでいる。私は川沿いを歩いていた。前方に誰かの足跡がある。大きな足跡ではない。人のものでも獣のものでもない。水が岩を避けて流れた跡のような、形のない足跡だった。
その足跡を追うと、やがて湖に出た。
湖はまだ遠く、霧の向こうにある。水面は見えない。ただ、大きな静けさだけがあった。
その静けさの中で、声がした。
出雲の名で呼ぶな。
私は立ち止まった。
誰の声か分からない。宇都志の声にも、水辺で聞いた沈黙にも、多加津の低い声にも似ていた。
声はもう一度言った。
ここには、先に水がある。
そこで目が覚めた。
小屋の中はまだ暗かった。雨は止んでいる。谷の水音だけが続いていた。火はほとんど消え、赤い炭がわずかに残っている。
私はしばらく横になったまま、夢の言葉を思い返した。
出雲の名で呼ぶな。
ここには、先に水がある。
諏訪の声だろうか。
いや、そう決めるのは早い。
夢は夢だ。だが、夢もまた語りの一部になることがある。
私は起き上がり、短く木簡に書いた。
夢。湖あり。声あり。
出雲の名で呼ぶな。ここには、先に水がある。
諏訪にて確かむべし。断ずるべからず。
書いてから、私は少し笑った。
最近の私の木簡には、「断ずるべからず」が増えている。
それは弱さかもしれない。
だが、今はそれでいい。
夜明け、山の空は晴れていた。
雨に洗われた木々が光り、谷の水は勢いを増して流れている。小屋の外へ出ると、冷たい空気が肺に入った。出雲の湿りとは違う、山の冷たさだった。
佐那は体を伸ばし、顔をしかめた。
「全身が痛いです」
「歩けるか」
「歩かないと置いていかれるので歩きます」
多加津は谷の水を見ていた。
「今日は水沿いを行く」
「諏訪へ近づくのか」
私が尋ねると、彼は首を横に振った。
「まだ遠い」
「そうか」
「だが、水の行く方へ進めば、いずれ大きな水に出る」
大きな水。
湖。
私は谷の流れを見た。
この水がそのまま諏訪へ行くわけではないのだろう。山の水は分かれ、潜り、消え、別の谷へ現れる。だが物語の中では、水は水を呼ぶ。出雲の沈黙も、タケミナカタの傷も、こうして別の水辺へ届いていくのかもしれない。
私たちは再び歩き出した。
山道はまだ険しい。だが、昨日までとは違い、私は足元だけでなく水の音を聞いていた。右から聞こえる。遠ざかる。足元に潜る。少し先でまた現れる。
水の音は、道案内のようだった。
昼ごろ、山の斜面が開けた場所に出た。
そこから、遠く東の山並みが見えた。いくつもの山が重なり、その向こうは霞んでいる。諏訪はまだ見えない。だが、道は確かにそちらへ向かっている。
私は立ち止まり、東を見た。
出雲は背後にある。
諏訪は前方にある。
私はその間にいる。
どちらにも属さない場所。
渡る途中の場所。
名が変わる前の場所。
因幡の兎も、そういう境にいたのだろう。
私は荷の中の空の木簡に触れた。
まだ書かない。
第一の土地、出雲は終わった。だが、この空白はまだ満ちていない。諏訪の湖、飛騨の月、阿蘇の火、大和の記録。すべてを通ったあとでなければ、ここに書くべきものは分からない。
佐那が私の隣に立った。
「真鹿人殿」
「何だ」
「諏訪に着いたら、少しは楽になりますか」
「分からない」
「そう言うと思いました」
彼はため息をついたが、どこか笑っていた。
多加津が先を見て言った。
「山は、下りてからが危ない」
「なぜですか」
佐那が尋ねる。
「着いたと思うからだ」
その言葉は、旅だけでなく物語にも当てはまるように思えた。
出雲を聞いたからといって、分かったと思ってはならない。諏訪に着いたからといって、出雲の答えが見つかると思ってはならない。土地には土地の声がある。出雲を持ちすぎれば、諏訪を消す。
私は東の山並みに向かって、静かに頭を下げた。
まだ見ぬ諏訪へ。
そこに先にある水へ。
出雲の名で覆わぬために。
そして歩き出した。
背後の出雲は、もう見えない。
けれど、出雲で聞いた夜は、私の中でまだ続いている。
それは閉じないまま、道の杭となり、東へ運ばれていく。
逃れた神の足跡を追う旅は、ここから本当に始まるのだと思った。
第一の土地は、終わった。
だが、終わったものは消えるのではない。
水のように、次の土地へ姿を変えて入っていく。
その先に、諏訪の湖がある。




