第三十章 月に名はない
飛騨の奥へ入るほど、道は静かになった。
人の気配が消えたわけではない。
むしろ、痕跡は増えていた。枝を払った跡。雪に備えて高く積まれた薪。獣除けに置かれた石。木の皮を剥いだ跡。小さな火の跡。沢のそばに残された空の木片。
だが、声は少なかった。
大きな道はない。
大きな集落もない。
人々は、山に背を預け、木と火と月と、名を置かぬ場の間で暮らしている。
それは、豊かと言えば豊かだった。
木がある。
水がある。
獣がいる。
夜には月があり、火もある。
だが、大和の目で見れば、足りぬものばかりでもあった。
田は少ない。
人は少ない。
道は狭い。
海は遠い。
富は見えにくい。
声は外へ広がらない。
名は伏せられ、記録へ渡すことを好まない。
これを国と呼ぶには、頼りない。
これを中心と呼ぶには、静かすぎる。
真鹿人は、そう思ってから、苦く息を吐いた。
それは、大和の目だった。
足りぬ、足りぬ、と言う目。
米が足りぬ。
人が足りぬ。
道が足りぬ。
鉄が足りぬ。
海への手が足りぬ。
山を越える力が足りぬ。
神々の名も、まだ足りぬ。
大和は、いつも足りぬと言っている。
その嘆きは、貪りだけではない。
山間の日は短い。
日を求める土地は、先を見ようとする。
今だけでは足りぬ。
今夜だけでは足りぬ。
次の代へ、さらにその先へ渡すものが要る。
だから大和は、足りぬと言う。
足りぬから、調べる。
足りぬから、聞く。
足りぬから、並べる。
足りぬから、神の名を求める。
真鹿人は、自分の旅が、その「足りぬ」から始まっていることを思い出した。
出雲へ行け。
神々の名を聞け。
残されぬものはどうなるか、見てこい。
志斐の宿禰は、そう言った。
あの時、真鹿人は自分が大和の命を受けて旅に出るのだと思っていた。
大和は中心であり、他の土地はそこへ名を渡すものだと、どこかで信じていた。
だが、旅を重ねるほど、その中心は揺らいだ。
出雲は疲れていた。
海を見て、広がり、人を呼び、富を得た土地だった。だが、来る者がいれば去る者もいる。富があれば争いもある。海は恵みであり、別れであり、生と死を同じ水で運ぶ。
出雲は大きい。
だが、疲れていた。
人は流れ、声は割れ、国を渡すという美しい言葉の下には、長い痛みがあった。
阿蘇は、まだ見ぬ火の地である。
けれど、真鹿人はすでに火の気配を知り始めていた。夜に人を集める火。戻った者の顔を照らす火。火は強い。火の勢いは近いものを動かす。だが、近いものほど争いも近い。火の勢が互いにぶつかれば、山の外へ広がる前に、近場で力を削り合うのかもしれない。
諏訪は、水を抱いていた。
湖は美しく、豊かで、人も声も集まる。飛騨から見れば眩しい土地である。水辺の幸があり、山の幸が降り、遠く南から来た者の話さえ受ける。子を授かったという語りも残る。
だが諏訪は、諏訪で手一杯だった。
湖には湖の声がある。
逃れた神をそのまま受けるのではなく、変わるなら立てと求める水がある。蛇の古い信仰があり、石の沈黙があり、強い名をそのまま受けぬ湖がある。
諏訪は、他の地を治めるためにあるのではない。
自らの水を保つだけでも、すでに大きな務めを負っていた。
では飛騨はどうか。
飛騨は、表に立たない。
山に入り、名を伏せ、月に名を与えず、木を読み、火を守り、戻り方を空けて暮らす。
力はある。
古さもある。
承認の重さもある。
だが、治めるには労ばかりが多いと知っている。
人を数え、名を並べ、争いを受け、道を整え、富を分け、祭りの順を定め、後の代へ語りを渡す。そんな務めは、山の奥で月を隠す民にとって、あまりに騒がしい。
だから飛騨は、言うのだろう。
それでは、主が立つがよい。
その言葉が、大和を選んだのか。
それとも、大和を押し出したのか。
真鹿人には分からない。
ただ、大和は強くて立ったのではない。
足りぬがゆえに、立たされた。
力なき者は、知恵で答えるしかない。
大和は、嘆きながらも調べる。
足りぬと騒ぎながら、飛騨が言うならと耳を傾ける。
出雲が疲れていれば、その疲れを名目へ変えようとする。
諏訪が手一杯なら、その水を試練として置こうとする。
阿蘇や高千穂の火の勢が争うなら、その武威を天の物語へ移そうとする。
変えるのは楽だ。
真鹿人は、南の方角を思った。
まだ行っていない火の地。
高千穂。
阿蘇。
火の山。
そこでは、力が近く、争いも近いのだろうか。
もし物語を整えるだけなら、変える方が楽だ。
火は天から降りたと言えばよい。
勝った者を天の子と呼べばよい。
山の火を、天の系譜へ入れればよい。
だが、それで火の夜に集った人々の顔は残るのか。
戻った者を照らした火は残るのか。
火のそばで子の頭に触れた狩人の手は、どこへ行くのか。
真鹿人は、南を向かなかった。
まだ見ぬものを、先に書いてはならない。
しかし、大和が南を向く理由は、少し分かるようになっていた。
月では足りぬ。
火でも足りぬ。
水でも、海でも、山でも、どれか一つでは足りぬ。
足りぬものを、どうにか一つの時へ並べようとする。
それが大和の知恵であり、罪でもあるのだろう。
その日の夕方、三人は飛騨のさらに奥にある高い尾根へ出た。
そこへ導いたのは、人ではなかった。
細い沢の音だった。
昨日の信濃めいた休息地から続いていた急き立ては、まだ胸にあった。足を休めても、心が行けと言う。行け。行け。どこへ行くのか分からぬまま、それでも足は進む。
やがて水音が消え、木々が開け、尾根の上に小さな平場が現れた。
そこには、何もなかった。
祠はない。
石積みもない。
木の札もない。
白い布もない。
ただ、平らな石が一つ、地面に半ば埋もれていた。
石は、月を見る方角へ向いているようにも見えた。
だが、そう見たいだけかもしれない。
多加津は周囲を調べた。
「ここで夜を越せる」
佐那は空を見た。
「火は使えますか」
「小さく」
「飯は」
「少ない」
「それは知っています」
佐那は諦めたように荷を下ろした。
真鹿人は、平らな石のそばに立った。
山々が見えた。
幾重にも重なっている。
西の空には、日が沈みかけていた。山間の日は、やはり短い。光は斜めに差し、木々の上を赤く染めたと思うと、すぐに影へ沈んでいく。
日が沈む。
大和が求めた日が、山に奪われる。
いや、奪われるのではない。
山があるから、日が短い。
山に住む者は、その短さを知る。
だからこそ、日を求める者がいる。
月を待つ者がいる。
火を守る者がいる。
人は、自分の足りぬ光を信じる。
飛騨では、月に名を与えない。
だが、月を軽んじているのではない。
夜に離れた者を結ぶ光として、欠け、満ち、隠れ、また出るものとして、近づきすぎぬ距離を保つ。
大和では、日を求める。
長き時を綴るために。
月の夜だけでは足りぬものを、日の下へ置こうとする。
その二つは、対立しているだけではない。
どちらも、人が足りなさの中で生きるための光だった。
だが、光は違う。
違う光を、一つの名へ入れてはならない。
夜が来た。
火は小さく焚かれた。
佐那は残り少ない飯を湯に浸し、三人で分けた。あまりに少ないので、誰も冗談を言わなかった。だが、温かさはあった。薄い湯気が上がり、火の赤が椀の縁を照らした。
多加津は、火に当たりながらも周囲を見ていた。
真鹿人は、月が出る方角を見た。
山の端が、まだ暗い。
月は、なかなか出なかった。
佐那が小声で言った。
「今日は、遅いですね」
「山が高い」
多加津が答えた。
「月がないと、暗いです」
「火がある」
「火は近いです。遠くが暗いです」
その言葉に、真鹿人は頷いた。
火は近い。
月は遠い。
日もまた遠いが、月とは違う遠さを持つ。
日がある時、人は働き、測り、築き、数える。
月がある時、人は待ち、思い、数え、祈る。
火がある時、人は集まり、顔を見て、帰った者を確かめる。
どれか一つでは足りない。
どれか一つだけを神にすれば、他の光がこぼれる。
月が出た。
山の向こうから、ゆっくりと。
今夜の月は、満ちきってはいない。
だが、かなり丸みに近づいていた。
佐那が息を呑んだ。
「もうすぐ満ちますね」
「そうだな」
「次の満月には帰る、と言う人も、きっとこういう月を見て数えたのでしょうね」
真鹿人は、月を見た。
狩りに出た者。
里に残る者。
戻らぬ者を待つ老人。
月を見ぬ者。
火のそばで帰った者の顔を見る者。
名を変えて歩く多加津。
大和で日を求める者。
出雲で海を見た者。
諏訪で水を受ける者。
阿蘇の火をまだ見ぬ自分。
それらが、月の光の下に、別々のまま浮かんだ。
真鹿人は、荷へ手を伸ばした。
佐那が気づいた。
「書くのですか」
真鹿人は答えなかった。
多加津も、こちらを見た。
真鹿人は、荷の奥から木簡を取り出した。
普通の木簡ではない。
空の木簡だった。
志斐の宿禰から渡された、あの白い木簡。
どうしても書かねばならぬものに出会うまで、空のまま持てと言われた木簡。
因幡を越え、出雲を越え、諏訪を越え、信濃の道を通り、飛騨の山へ入り、なお空のままだった木簡。
月明かりの下で開くと、その白い面は、月そのものよりも近く、火よりも遠く見えた。
佐那は息を潜めていた。
多加津は何も言わなかった。
真鹿人は、木簡を膝の上に置いた。
書きたい言葉はあった。
月に名はない。
そう書くことはできる。
飛騨の民、月に名を与えず。
そう書くこともできる。
名を与えれば、神は人のものになる。
名を奪えば、民は国のものになる。
そう刻むこともできる。
だが、どれも足りなかった。
月に名はない、と書けば、まるで飛騨の月に本当に名がないかのようになる。
だが、老人は言った。
月に名がないわけではない。
名を置かぬ場があるのだと。
飛騨の民、月に名を与えず、と書けば、飛騨の者たちが一つの作法を同じように守っているように見える。
だが、月を見る者もいた。
月を見ぬ者もいた。
子どももいた。
火を見る老人もいた。
鍋を見ていた佐那もいた。
名を与えれば、神は人のものになる、と書けば、正しすぎる。
正しすぎる言葉は、人を安心させる。
安心した者は、それ以上見なくなる。
真鹿人は、筆を取らなかった。
小刀も取らなかった。
ただ、空の木簡を見た。
その白さの中に、いくつもの土地があった。
出雲の海。
諏訪の湖。
信濃の沢。
飛騨の山。
まだ見ぬ阿蘇の火。
大和の日。
そして、月に照らされた多くの顔。
神の名を書くべき場所に、何も書かない。
その予感は、確かにあった。
だが、今ここでそれを完結させてはならない。
まだ阿蘇を見ていない。
まだ火の山を知らない。
まだ大和へ戻っていない。
まだ志斐の宿禰と対峙していない。
まだ、自分がどこまで大和の者であり、どこから旅で変わった者なのかも分からない。
だから、真鹿人は書かなかった。
書かぬことで、逃げたのかもしれない。
守ったのかもしれない。
まだ分からない。
分からぬまま、空の木簡を閉じる。
それもまた、重かった。
佐那が、そっと言った。
「何も書かないのですか」
「書かない」
「なかったことには、しませんよね」
「しない」
真鹿人は答えた。
「なら、よいと思います」
「なぜ」
佐那は月を見た。
「今、書いたら、真鹿人さまは少し安心すると思います。でも、安心したら、もう少し見なくなる気がします」
真鹿人は黙った。
佐那は続けた。
「まだ、見た方がよいです。阿蘇にも行くのでしょう。火も見るのでしょう。大和にも戻るのでしょう。なら、今はまだ、全部の答えにしない方がよいです」
多加津が、火に枝を足した。
「佐那の言う通りだ」
佐那が少し驚いた。
「珍しく褒められました」
「時々よいことを言う」
「時々ですか」
「普段は飯のことを言う」
「飯も大事です」
「それもそうだ」
小さな笑いが、火のそばに生まれた。
月は、山の上にあった。
名を求めず、名を拒まず、ただ夜の空にあった。
真鹿人は、空の木簡を荷へ戻した。
その時、彼の胸には、ひとつの言葉が浮かんでいた。
月に名はない。
だが、それは答えではなかった。
題であり、予兆であり、まだ閉じてはならぬ入口だった。
月に名はない。
なぜなら、名がないからではない。
名を置かぬ場が必要だからだ。
離れた者がそれぞれの夜を重ねるため。
戻らぬ者を一つの悲しみに閉じ込めないため。
狩りに出た者と里の者が、同じ時を数えるため。
月を見ぬ者が、月を知らぬ者として扱われないため。
火のそばに戻った者の顔を、月より先に見る夜を残すため。
そして、大和が日の下へ引き出そうとするものの中に、どうしても夜に残さねばならぬものがあると知るため。
しかし、真鹿人はそれらを木簡には書かなかった。
まだ、木の上へ置くには早い。
夜は長かった。
佐那は眠り、多加津はしばらく起きていた。
真鹿人もまた、眠れなかった。
月は少しずつ傾いた。
山の端へ近づき、枝に裂かれ、雲に薄れ、やがて見えなくなった。
だが、真鹿人は、月がなくなったとは思わなかった。
見えないものと、ないものは違う。
隠れたものと、消されたものも違う。
書かれぬものと、なかったものも違う。
その三つの違いを、彼はようやく同じ胸の内に置いた。
夜明け前、東の空がかすかに白んだ。
月はもう見えない。
日はまだ出ていない。
火は小さく残っている。
その狭間の時に、真鹿人は思った。
どこに、誰の安住の地があるのだろう。
出雲は海を見て広がり、富み、疲れた。
諏訪は水を抱き、多くを受けながら、自らの水で手一杯だった。
飛騨は山に隠れ、名を守り、しかし寒さも抱いた。
阿蘇と高千穂は、まだ見ぬ火の中で争いと集いを持っているのだろう。
大和は足りぬと嘆き、日を求め、知恵で立とうとする。
どこも完全ではない。
どこも足りない。
だから、人は歩く。
だから、名を求める。
だから、名を伏せる。
だから、火を守り、月を見上げ、日を待つ。
安住の地とは、足りぬものがない場所ではないのかもしれない。
足りぬと知りながら、それでも戻りたいと思える場所。
良いところにいても、胸を急き立てる場所。
見えなくなっても、なくなったとは思えない場所。
名を変えても、どこかで足が覚えている場所。
それを国と呼ぶのか。
郷と呼ぶのか。
神の土地と呼ぶのか。
まだ分からない。
断ずるべからず。
朝日が、山の端から差した。
大和が求めた日である。
飛騨の山にも、その日は届いた。
夜の月を隠した同じ山が、今度は日の光を受けて白く立っている。
月の夜と、日の朝。
どちらも同じ山だった。
真鹿人は立ち上がった。
空の木簡は、まだ空のままだった。
だが、その空白は、もう何も待っていないわけではない。
むしろ、待つことを知った。
名を書かずに待つ。
見捨てずに待つ。
恐れずに待つ。
そして、いつか書かねばならぬ時が来たなら、その時は空白さえも逃げ場にしない。
そう思った。
まだ、そう断じてはならないとも思った。
佐那が目を覚まし、眠そうに言った。
「朝ですか」
「朝だ」
「飯は」
多加津が、静かに答えた。
「ほとんどない」
佐那は目を閉じた。
「厳しい朝です」
真鹿人は笑った。
多加津も、ほんの少しだけ笑った。
飛騨の朝は、静かだった。
月は見えない。
火は灰へ移る。
日は山の上へ昇る。
三人は荷を整えた。
次に向かうべき地は、南にある。
火の山。
まだ見ぬ阿蘇。
月を名づけぬ山を離れ、火の名を与えられていく土地へ向かわねばならない。
真鹿人は最後に、月が隠れた山を見た。
何も言わなかった。
名も呼ばなかった。
拝みもしなかった。
ただ、見た。
そして、見たことをすぐには書かなかった。
第三部 飛騨、月に名はない。
その旅は終わった。
だが、月の名は、まだどこにも置かれていなかった。




