『君は何もしていない』——そう言われたので、本当に何もしないことにしました 〜当たり前だと思われていた悪役令嬢が屋敷を出た翌日から、公爵家は三日で崩れ落ちました〜
最新エピソード掲載日:2026/09/26
「君は何もしていない」
夜会の真ん中で、婚約者のユリウス様はそうおっしゃいました。百人からの貴族が聞いている前でした。
わたくしがヴァルトハイム公爵家に入ったのは三年前、花嫁修業という名目でのことです。朝は五時に起きて使用人に一日の指示を出し、厨房に献立を通し、帳簿をつけ、領地から上がってくる陳情を仕分けて、出入りの業者と値段を詰めて、社交シーズンの招待状を百二十通手配しました。去年もその前も、同じことをしています。誰にも申し上げたことはありません。一度も訊かれませんでしたので。
ですから「何もしていない」というお言葉は、たぶん正しいのだと思います。あの方の目には、本当に何も映っていなかったのでしょう。
承知しました。では明日から、本当に何もいたしません。
鍵束をお返しして、帳簿をお返しして、わたくしは屋敷を出ました。引き継ぎ書は書いておりません。どなたからも求められませんでしたから。
三日後、公爵家の朝食は誰も時間を知らないまま冷めていったそうです。一週間で出入りの業者が消えて、二週間で使用人が七人辞めたと聞きました。わたくしはそのころ北の辺境におりましたので、全部あとから人づてに知ったことです。
ところでその辺境の領主様は、わたくしの顔でも家柄でもなく、三年前にわたくしが書いた帳簿の字を見て「これを書いたのはあなたか」とおっしゃいました。三十二歳の、やたらと落ち着いた方です。
これは、やって当たり前だと思われていた女が、自分の名前で呼ばれるようになるまでの話です。
夜会の真ん中で、婚約者のユリウス様はそうおっしゃいました。百人からの貴族が聞いている前でした。
わたくしがヴァルトハイム公爵家に入ったのは三年前、花嫁修業という名目でのことです。朝は五時に起きて使用人に一日の指示を出し、厨房に献立を通し、帳簿をつけ、領地から上がってくる陳情を仕分けて、出入りの業者と値段を詰めて、社交シーズンの招待状を百二十通手配しました。去年もその前も、同じことをしています。誰にも申し上げたことはありません。一度も訊かれませんでしたので。
ですから「何もしていない」というお言葉は、たぶん正しいのだと思います。あの方の目には、本当に何も映っていなかったのでしょう。
承知しました。では明日から、本当に何もいたしません。
鍵束をお返しして、帳簿をお返しして、わたくしは屋敷を出ました。引き継ぎ書は書いておりません。どなたからも求められませんでしたから。
三日後、公爵家の朝食は誰も時間を知らないまま冷めていったそうです。一週間で出入りの業者が消えて、二週間で使用人が七人辞めたと聞きました。わたくしはそのころ北の辺境におりましたので、全部あとから人づてに知ったことです。
ところでその辺境の領主様は、わたくしの顔でも家柄でもなく、三年前にわたくしが書いた帳簿の字を見て「これを書いたのはあなたか」とおっしゃいました。三十二歳の、やたらと落ち着いた方です。
これは、やって当たり前だと思われていた女が、自分の名前で呼ばれるようになるまでの話です。
第一話 「君は何もしていない」
2026/09/14 18:10
(改)
第二話 引き継ぎ書は、ありません
2026/09/14 18:10
第三話 三年分の記録
2026/09/15 10:00
第四話 見送りは、二人だけでした
2026/09/16 10:00
第五話 実家にも、居場所はありません
2026/09/17 10:00
第六話 「わたくしもお供します」
2026/09/18 18:00
第七話 「この帳簿を書いたのは、あなたか」
2026/09/19 06:00
第八話 給金が、出ます
2026/09/20 07:00
第九話 三日で、食堂の空気が変わりました
2026/09/21 08:00
第十話 一方その頃、公爵家の晩餐は冷めていました
2026/09/22 09:00
第十一話 誰も、朝食の時間を知りません
2026/09/24 12:50
第十二話 消えた出入り業者
2026/09/24 13:11
第十三話 リリア様は、笑顔だけは絶やしません
2026/09/24 13:11
第十四話 使用人が、七人辞めました
2026/09/24 13:11
第十五話 辺境の冬支度
2026/09/24 13:11
第十六話 「あなたは働きすぎだ」
2026/09/24 18:00
第十七話 招待状が、届きませんでした
2026/09/25 06:00
第十八話 名もない菓子屋の話
2026/09/25 10:00
第十九話 手紙が、届きました
2026/09/25 13:00
第二十話 「存じません」
2026/09/25 16:00
第二十一話 王都から、馬車が一台
2026/09/26 06:00
第二十二話 三日間、夫人は城にいました
2026/09/26 10:00
第二十三話 公爵夫人が、頭を下げました
2026/09/26 12:00
第二十四話 あれは「教育」だったそうです
2026/09/26 16:00
第二十五話 ユリウス、辺境に立つ
2026/09/26 19:00