第十四話 使用人が、七人辞めました
最初に辞めたのは、マルタという娘でした。
二十一歳。手先が細かく、繕い物と磨き物をやらせれば屋敷でいちばんでした。三年前からこの家におります。
高いところが、苦手でした。
本人は、一度も言っておりません。使用人が「できません」と口にするのは、職を失う理由になるからです。ですからマルタは、三年間、黙っておりました。
黙っておりましたが、三年間、梯子を使う持ち場に入れられたことは、一度もありませんでした。
十二月の初め、大広間のシャンデリアの掃除が回ってきました。
割り振ったのは、家令補佐の男です。名簿を見て、手先の細かい者、という理由で選びました。間違った判断ではありません。実際、マルタは屋敷でいちばん手が細かいのです。
梯子の七段目で、マルタは動けなくなりました。
下から声をかけられて、返事をしようとして、体をひねって、それで落ちました。
左腕を折りました。医者が言うには、骨はつくけれども、繕い物ができるところまで戻るかどうかは分からない、とのことでした。
マルタは、年明けに暇を願い出ました。
*
次が、ペーターでした。
この男は、朝が弱うございます。どうしようもなく弱いのです。本人の努力ではどうにもならない体質で、六時に起こされると、昼まで頭が働きません。
三年間、ペーターの持ち場は、必ず八時からでした。
十二月から、六時に変わりました。
三日目に、銀器の数を間違えました。四日目に、来客の名を取り違えました。五日目に、夫人の前で茶をこぼしました。
マルグレーテ夫人は、その場で叱りました。人前で、長く、はっきりと叱りました。
ペーターは、その場では何も言いませんでした。
そして三日後、暇を願い出ました。
この男は、叱られると三日引きずります。三日引きずったあと、自分で結論を出す性質です。
それを知っていた人間は、もうこの家にはおりません。
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そこから先は、早うございました。
辞める者が出ると、その分の仕事が残った者に回ります。回された者は、自分の持ち場でないことをやらされます。やらされれば、失敗します。失敗すれば、叱られます。
十二月の末までに、七人が辞めました。
四十一人が、三十四人になりました。
マルグレーテ夫人は、茶の席で、こう仰ったそうです。
「近ごろの使用人は、根性がありませんわね」
*
その話が北の辺境に届いたのは、年が明けてからでした。
王都から流れてきた行商人が、町の宿で話していたのを、ハンナが買い物の途中で耳にしたのです。
夕方、ハンナは帳簿の部屋に来て、扉を閉めて、それから、しばらく立ったまま黙っておりました。
「ハンナ」
「……はい」
「座ってください。立ったままお話しになるのは、膝に障ります」
ハンナは座りました。それから、七人の名前を、ひとりずつ申しました。
マルタのところで、わたくしは羽根ペンを置きました。
「腕は」
「折れました。繕いに戻れるかは、分からないと」
「……そうですか」
わたくしは、窓のほうを見ておりました。
外は、雪です。この領は一月になると、朝のうちに雪をどけないと、通用口が開かなくなります。今朝も兵が二十人がかりでどけておりました。
「奥様」
「はい」
「あの子は、高いところが」
「存じております」
わたくしは、席を立って、棚から手帳を一冊、取りました。
一冊目です。表紙には何も書いておりません。
開くと、三頁目に、その名前がありました。
――マルタ。手先が細かい。ただし高い場所が苦手。梯子を使う仕事は回さない。
三年前の、わたくしの字です。
書いたときのことは、よく覚えております。この家に入って二月目に、マルタが窓拭きの持ち場で顔を青くしているのを見て、その晩に書きました。本人には何も言いませんでした。言えば、この子は「できます」と言ってしまうからです。
ですから、名簿のほうを直しました。
三年間、それで済んでおりました。
わたくしは、手帳を閉じました。
「ハンナ」
「はい」
「わたくしには、もう、関係のないことです」
「……」
「わたくしはこの領の財務補佐官で、来月までに冬の備蓄の見直しを出さなければなりません。それが、今のわたくしの仕事です」
ハンナは、何も言いませんでした。
わたくしも、それ以上は言いませんでした。
ただ、その晩、わたくしは手帳を棚に戻しませんでした。
机の上に置いたまま、夜の十一時まで、備蓄表の数字を追いました。追い終えて、灯りを消すときに、手のひらでその表紙を一度だけ、軽く叩きました。
……関係のないことです。
ええ。関係は、ございません。




