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離縁いたします。今年の葡萄酒は、どうぞご自分で

作者:樫野かおる
最新エピソード掲載日:2026/09/02
夫が愛人に贈った「私の最上の一樽」は、まだ澱も引いていない、飲めない酒でした。

公爵夫人アニエスは十二年、ドレニエ家の葡萄酒をひとりで仕込んできました。
王室御用達の「ドレニエの黒」——けれど夫は一度も蔵に降りたことがなく、
その仕事を「趣味」と呼びます。

離縁を告げられたアニエスは、抗議も涙もなく承知しました。
持参財として引き揚げたのは、金でも土地でもなく、
目録の末尾に「壺一つ」とだけ書かれた品。三代続いた、酵母の母液です。

その壺がなければ、ドレニエの黒は二度と同じ味になりません。
しかも、育て直すには三年かかります。

「離縁いたします。今年の葡萄酒は、どうぞご自分で」

アニエスは辺境のクレール谷で、村ごとに一樽ずつ、自分の名の酒を仕込みはじめます。
——置いてきた蔵が静かに傾いていくのを、彼女はまだ知りません。

第1部(全21話)毎日更新予定。ハッピーエンド。
主人公は誰も罵らず、誰にも仕返しをしません。壊れるのは、置いてきた側が勝手にです。

静かなスカッと(手を汚さない因果応報)と、手仕事の匂いがする再生譚がお好きな方へ。
恋愛はゆっくり進みます。
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