↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
4/4

黄金の螺旋は、涙を抱いて天を穿つ

挿絵(By みてみん)


 砲煙の向こうで、アーデルハイトの視線が一瞬だけ観客席へ逸れた。


 正面特等席に、一席だけ空席がある。


 その席が誰のために用意されたものか、エレオノーラは知っていた。


 アーデルハイトの婚約者、エドガー・レインフォード侯爵令息。


 以前は彼女の試合へ必ず姿を見せ、勝てば誰より近くで祝っていた。けれど最近は姿を見せず、手紙も減り、社交界で二人が並ぶこともなくなった。


「アーデルハイト様」


「何ですの!」


「今日も、いらっしゃいませんのね」


 アーデルハイトの表情が固まった。


「……何のお話ですの?」


「エドガー様です」


 黒檀の扇を握る指が強張る。


「公務ですわ。あの方はお忙しいのです。この程度の予選決勝へ毎度――」


「以前は、いらしていました」


「黙りなさい」


「あなたが勝つたび、一番近くで祝ってくださった。けれど、あなたが強くなるほど来なくなった」


「お黙りなさい!」


 声が震えた。


 効いている。


 今なら止められる。


 けれど勝つには、ARPが要る。


「本当は、もうお気づきなのでしょう?」


「……」


「もっと強くなれば、もう一度振り向いてくださる。優勝すれば認めてくださる。本戦を制すれば、昔のように笑ってくださる」


「やめなさい……」


 エレオノーラは息を吸った。


「けれど、アーデルハイト様。あなたが強くなろうとすればするほど――あの方の心は、あなたから離れていったのではありませんか?」


 アーデルハイトの顔から色が消えた。


 光が弾ける。


 +126 ARP


 大舞踏場が沸いた。


「……申し訳ありません」


「謝らないで!」


 絶叫が歓声を切り裂いた。


「わたくしが誰にも触れられたくなかったところを見つけて、そこへ刃を突き立てたのはあなたでしょう!」


「……はい」


「でしたら最後まで悪役令嬢でいなさい! ご自分まで傷ついた顔をなさって、それであなたのしたことが軽くなるわけではありませんわ!」


「分かっています」


「ならば来なさい!」


 アーデルハイトは涙を堪えたまま黒檀の扇を掲げる。


 二十四門の砲塔が一斉に旋回した。


「わたくしはあなたを許しません。今日の言葉も忘れません!」


「……はい」


「それでも戦うつもりなのでしょう!」


 エレオノーラは白手袋で涙を拭った。


「勝ちます」


 アーデルハイトの瞳に炎が戻る。


「ならば、あなたが傷つけたこの心ごと、受け止めてご覧なさい!」


 黒檀の扇が振り下ろされた。


「全門――撃てぇぇぇぇッ!」


 二十四門が火を噴く。


「天空円舞(パニエ・ロンド)!」


 鋼鉄のパニエが唸り、エレオノーラが舞い上がった。


 一発目を右へ。


 二発目を上へ。


 三発目がドレスを裂き、四発目の爆風が頬を焼く。


 それでも前へ。


 両腕に装着した黄金の縦ロールへ、ARPを注ぎ込む。


 回転。


 さらに回転。


 鉄芯十二キロを頭へ載せた朝。階段を転げ落ちた日。天井へ頭から突っ込んだ午後。


 ベアトリスの空席。


 泣かせたリネット。


 自分を見て逃げた少女。


 そして今、自分が傷つけたアーデルハイト。


「忘れませんわ……!」


 黄金の螺旋が吠える。


「一人だって!」


 二本の回転が絡み合い、巨大な一条の螺旋となった。


「全部忘れずに――回りなさい!」


 エレオノーラは叫んだ。


「わたくしの縦ロールッ!」


「来なさい、エレオノーラァァァッ!」


「双螺旋令嬢穿孔《ドゥーブル・ロゼ・スピラル》――ッ!」


 激突。


 黄金のドリルが、髪上戦列艦(ドレッドノート)の艦首へ斜め上から食らいついた。


 鋼鉄が絶叫する。


 一枚目の装甲。


 二枚目。


 三枚目。


 砕けた鋼板が、薔薇の花びらのように宙へ舞う。


「まだですわぁぁぁッ!」


 穿つ。


 艦首の装甲を。


 砲塔を支える甲板を。


 機関部を。


 艦底を。


 黄金の螺旋が巨大戦艦の中心を一直線に喰い進む。


「突き抜けなさいぃぃぃッ!」


 轟音。


 《ドレッドノート》が真っ二つに割れた。


 砲塔、煙突、装甲片、宝石、真紅のリボン。それらがシャンデリアの光を浴び、黄金と紅の雨となって降り注ぐ。


 アーデルハイトが戦艦へ注ぎ込んでいた残りのARPが、艦体もろとも霧散した。空中表示が明滅する。


 アーデルハイト・フォン・グランツ。


 残存ARP――0。


 鐘が鳴る。


「勝負あり! 勝者――エレオノーラ・アルヴェイン!」


 勝負は終わった。


 なのに。


「――え?」


 ドリルが止まらない。


 巨大戦艦を穿った黄金の螺旋は、その勢いを失わず、砕けた艦体の向こうへ突き進んでいる。


 砕けた艦底のすぐ下に、アーデルハイトがいた。


 あと一メートル。


 この一撃は、鐘が鳴る前に放たれたものだ。止められず彼女を傷つけても、競技上は事故として扱われる。


 それでも。


 ――傷つけるだけなら、魔獣にもできます。


 七十センチ。


 ――けれど、あなたは淑女でしょう。


 五十センチ。


 あの日は止められたのに、止めなかった。


 三十センチ。


 回して、止めた。千回。また千回。


 今度こそ、自分で止める。


 パニエを傾け、突進する身体へ制動をかける。


「止まってぇぇぇッ!」


 両腕が軋み、肩へ激痛が走る。


 一回転。


 半回転。


 四分の一。


「止まれぇぇぇぇぇぇッ!」


 黄金の螺旋が悲鳴を上げ――


 止まった。


 アーデルハイトの胸元から、指一本。


 大舞踏場から音が消えた。


 砕けた戦艦の破片だけが白大理石へ落ちる。


 からん。


 アーデルハイトは目の前のドリルを見てから、肩で息をするエレオノーラを見た。


「……なぜ、止めましたの?」


「もう……勝負が終わっていましたから」


「それだけ?」


 エレオノーラは少し黙った。


「……いいえ」


 黄金の縦ロールをゆっくり下ろす。


「わたくしが、止めたかったからです」


 アーデルハイトはしばらく彼女を見つめた。


 エレオノーラが差し出した手には触れない。


「手は取りませんわ。今は、あなたのお顔を見るだけでも腹が立ちますもの」


「……はい」


「ですが、次は負けません」


 アーデルハイトは自分の力で立ち上がり、崩れた巨大ポンパドゥールを片手で整えた。


「……望むところですわ」


「もっと首を鍛えます。砲門も増やします」


「増やすんですの?」


「次は三十六門ですわ!」


「首が折れますわよ!?」


「悪役令嬢の首は、その程度では折れません!」


 エレオノーラは一瞬呆気に取られ、それから笑った。


 観客席を見上げると、ヴィクトリアが立っていた。


 目が合った。


 杖の柄を握りしめていた白手袋の指が、一本ずつ緩む。


 エレオノーラが両腕の螺旋を下げると、師は一度だけ頷いた。



◆



 その夜、屋敷へ戻るとクラウディアは寝台の上で本を読んでいた。


 白粉も口紅もない。


「おかえりなさい」


「ただいま戻りました」


「どうだった?」


 エレオノーラは賞金証書を差し出した。


「勝ちました」


 クラウディアは金額を見て、ゆっくり息を吐く。


「これなら、お父様のお薬もしばらく大丈夫です。お姉様も治療を続けられます」


「そう」


「今夜も、出なくていいです」


「明日も?」


「明日も」


「その次も?」


「しばらくは」


 クラウディアは本を閉じた。


「じゃあ、今日はもう寝ようかな」


「そうしてくださいませ」


「何もしなくていい夜って、まだ慣れないわね」


「これから慣れてください」


「そうする」


 静かに扉を閉じる。


 エレオノーラの胸元には、金縁の封筒があった。


 王国悪役令嬢選手権《グランド・ヴィレネス・トーナメント》本戦招待状。



◆



 翌朝。


 学院の薔薇園で、ヴィクトリアが訊いた。


「出場なさいますの?」


「はい」


「人を傷つけるのが嫌なのに?」


「嫌です」


「では、なぜ?」


 エレオノーラは招待状を見つめた。


「まだ分からないからです。この力を、わたくしがどう使うべきなのか」


 朝の風が黄金の縦ロールを揺らす。


「傷つけずに勝てるとは思っていません。それでも、どこまで使うのか。どこで止めるのか。それだけは、わたくし自身で決めたいんです」


 ヴィクトリアはしばらく黙ってから、ほんの少しだけ微笑んだ。


「ようやく、悪役令嬢らしくなりましたわね」


「褒めてくださいまして?」


「珍しく」


「でしたら、もう少し分かりやすく――」


「では明日から午前四時に訓練です」


「どこが褒め言葉なんですの!?」


「本戦まで二十七日しかありませんもの」


「午前四時は淑女の起床時刻ではございません!」


「悪役令嬢でしょう?」


「その理屈、便利すぎませんこと!?」


 朝の薔薇園へ、二人の声が響いた。


 エレオノーラは金縁の招待状を胸へしまい、黄金の縦ロールへ手を添える。


「……回しますわよ」


 今度は、自分の意思で。


 ――了


挿絵(By みてみん)

最後までお読みいただきありがとうございました。楽しんでいただけましたら、感想や評価をいただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。