三組
毎日顔を合わせているはずなのに、昨日の顔が思い出せない。
そんなことが、本当に起こったら。
短いホラー小説です。どうぞお楽しみください。
「おかしいんです。毎日、子どもたちの顔が変わるんです」
職員室でそう訴えると、教頭は書類から顔を上げ、心配そうに私を見た。
「先生、なにかありました?」
「昨日までいた子が、今日は別の子になっているんです。名前も席順も変わっていないのに、顔だけが違うんです」
教頭はしばらく黙っていた。それから、私の肩にそっと手を置いた。
「そんなふうに子どもたちの顔が変わるなんて。先生、無理をされているのでは?」
私は納得できなかった。毎日、子どもたちの顔を見ているからこそ、異変に気づいたのだ。
それなのに、私の努力が足りないのだろうか。いや、今、子どもたちと向き合うのをやめてはいけない。
「私は、大丈夫です」
職員室を出ようとした時、廊下で学年主任に呼び止められた。
「先生、少し顔色が悪いですよ。休んだほうがいいんじゃないですか?」
「大丈夫です。三組の子どもたちが心配なだけですから。あの子たち、いつも私を呼びに来るんですよ」
そう答えると、学年主任は何か言いかけて、結局、困ったように微笑んだ。
「……そうですか。無理はしないでくださいね」
学年主任は、ほかの先生たちと小声で話し始めた。私は気になったが、迎えに来た三組の子どもたちと教室へ向かった。
三組の教室は廊下の突き当たりだ。
教室に入ると、窓際の席に佐藤くんが座っていた。
私は出席簿を開き、佐藤琥太郎くんという名前を確かめた。
間違いない。佐藤くんだ。
それなのに、私にはどうしても、その顔が昨日までと同じには見えなかった。
「おはようございます!」
少年は元気よく挨拶すると、机の上から筆箱を落とした。隣の子が笑い、少年もつられて笑った。
私は挨拶を返した。少年は何の疑いもなく、いつものように私を先生として見ていた。
翌日には、さらに三人の顔が変わって見えた。子どもたちはいつもどおり、「先生、見て見て!」と描いた絵を見せに来たり、休み時間に友達と追いかけっこをしたりしていた。私の顔を見ると、嬉しそうに手を振る子もいた。
けれど、昨日までその子がどんな顔をしていたのか、どうしても思い出せなかった。目の前で笑っている子どもたちの顔が、初めからそうだったように思えた。
私の覚え違いなのだろうか。毎日顔を合わせているのに、こんなにも子どもたちの顔を覚えられないなんて。
ここ最近、集中力が続かない。疲れがたまっているのかもしれない。それでも、子どもたちを放っておくわけにはいかなかった。
私は教頭にもう一度相談しようと考えた。午後の授業のために、教室へ向かう途中、廊下の掲示板に貼られた学年新聞が目に入った。
先月、学年全員で栗拾いに出かけたときの写真だった。子どもたちが、拾った栗を手に笑っている。
——三組の写真がない。
私は立ち止まり、新聞を隅から隅まで確かめた。一組も二組も、楽しそうな写真が載っているのに、三組だけがどこにもなかった。
あの子たちだって、栗拾いを楽しんだのに。
私は新聞を見つめた。こんなの、あんまりだ。今日の授業が終わったら、教頭に報告しなければ。
私は出席簿を抱え、廊下の突き当たりへ向かった。
教室の扉に手をかけたとき、背後から声がした。
「先生、どこに行くんですか?」
振り返ると、二組の児童が不思議そうに私を見ていた。
「自分のクラスですよ?」
「先生は二組の副担任じゃないですか」
「え? 私、三組を……」
児童は困ったように眉を下げた。
「三組なんてないでしょう? 先生、こっちだよ?」
児童は困ったように私を見つめていた。私は手元の出席簿を開いた。
三組の児童の名前は並んでいる。佐藤くんも、田中くんも、鈴木くんも私の生徒だ。
「うん。あとで行くからね」
私はそう答え、出席簿を抱えたまま廊下の突き当たりへ向かった。
私は扉に手をかけた。
扉を開けると、子どもたちが席についていた。机と椅子は整然と並び、教室にはいつものざわめきがあった。
私は入り口に立ったまま出席簿を開き、窓際の席へ目を向けた。
「佐藤君」
窓際の少年が、元気よく返事をした。
その瞬間、佐藤くんの顔がぐらりと揺れた。目の前にいるのに、私はどうしてもその顔を覚えられなかった。
私は出席簿に丸をつけ、次の名前を呼ぼうと顔を上げた。ちゃんとしなければ。顔がわからないままでは、担任として失格だ。
それなのに、子どもたちの顔を、今日も私は認識できないでいた。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
この物語で描きたかったのは、自分の認識がおかしくなっているのではないかと疑いながらも、その恐怖から逃れられないことです。
主人公には、子どもたちの顔が変わって見えています。しかし、周囲の人々には、別の光景が見えているのかもしれません。
では、主人公は何を見ているのでしょうか。
そして、もしあなたがこの教室を外から見ていたら、そこには何が見えるでしょうか。




