愛してるバカ三代 ~だから私は、今日も娘に「愛してる」と言う~
娘が十五歳になった朝、私はいつもより大盛りの愛を盛りつけた。
「美羽、誕生日おめでとう。生まれてきてくれてありがとう。今日も愛してるよ」
食卓の向こうでトーストをかじっていた美羽が、露骨に顔をしかめる。
「朝からその三点セットはヘビィだからやめて」
「今日は誕生日だから増量中です」
「いつも二点は入ってるじゃん」
「お得だね~」
「得してな~い~」
十五歳といえば難しい年頃だが、反抗期になったからといって食欲までなくなるわけではないらしい。皿に残った最後のウインナーへ、美羽のフォークが伸びた。私はその一瞬前に、自分のフォークを突き刺した。
「あっ」
「お母さんへの態度が悪い子は没収です」
「愛の増量分は?」
「あるよ。ウインナーは別会計」
美羽はウインナーと私の顔を見比べたあと、仕方なさそうに手を合わせた。
「お母様。いつも深い愛をありがとうございます」
「よろしい」
ウインナーを譲ると、美羽は勝ち誇った顔で口に放り込んだ。まだ頬をもごもご動かしたまま鞄を肩にかけ、玄関へ向かった。私は皿を流しに運びながら、その背中へ声を投げた。
「いってらっしゃい。大好きだよ」
「はいはい」
「車に気をつけて。あいらーびゅー!」
「もう、一回でいい!」
靴べらが床に落ち、扉が閉まった。
ところが十秒もしないうちに、また扉が開いた。
「お弁当、忘れてるよ~」
冷蔵庫の上に置かれたままの弁当を渡し、私はにっこり笑った。
「愛してるよ」
「忘れ物につけて足さなくてもいいから!」
今度こそ扉が閉まった。
私は一人になった食卓で、二枚目のトーストを焼いた。誕生日の朝に娘の好物を人質に取るような母親にも、朝食は必要なのだ。
美羽が生まれてから今日まで、私は一日も欠かさず、あの子に愛情を伝えてきた。
大好き。かわいい。生まれてきてくれてありがとう。愛してる。
まだ言葉も分からない赤ん坊だったころは、抱き上げる時に。保育園へ通うようになってからは、手を繋ぐたびに。小学生になってからは、朝と夜と寝る前に。
中学生になると本気で嫌がるようになったので、一日数度に減らした。娘の言い分では、それでも十分すぎるらしい。
単身赴任中の夫が帰ってくるたび、私たちは同じやり取りをした。
「何歳まで続ける気?」
「死ぬまで言い続けるわよ?」
「だってさ」
「お父さん、笑ってないで止めてよ」
もはや我が家では決まりきったやり取りだったから、その日の美羽がいつもより本気で怒っていることに、私はすぐには気づかなかった。
◆
夕方、美羽は不機嫌を持って帰ってきた。
「おかえり。愛し——」
「今日、駅でなんであんなこと言ったの?」
ただいまも言わず、靴を脱ぐ。ローファーの踵が壁に当たり、鈍い音を立てた。
思い当たることは一つしかなかった。ケーキ屋へ向かう途中、駅前で友達三人と一緒にいる美羽を見かけたのだ。
道路を挟んだ反対側だったので、私は手を大きく振りながら叫んだ。
『美羽ー! 誕生日おめでとう! 愛してるよー!』
片側二車線の道路には、思った以上によく声が通った。
「あれはごめん。ちょっと声が大きかった」
「そこだけじゃない」
「愛してるのほう?」
「全部!」
美羽が鞄をソファへ落とした。
いつもなら、私が「本当のことだからいいじゃん」と返し、美羽が「はいはい」と言って終わる。けれど今日は、美羽の耳が真っ赤だった。あの子は本気で怒ると、耳から赤くなる。
「みんなに笑われたんだけど」
「本当にごめん。友達の前では言わないって約束してたのに」
「もう、家でも言わないで」
冷蔵庫へ入れようとしたケーキの箱が、手の中で少し傾いた。
「それは無理かな」
「なんでよ?」
美羽は、まっすぐ私を見た。
「なんで、そんなに毎日言うの?」
声は大きくなかった。
怒鳴られるより、その聞き方のほうが困った。
「ケーキ、夕飯のあとでいい?」
「話そらさないで」
「そらしてないよ。ちょっと考えてるの」
私は冷蔵庫を開け、牛乳と麦茶を端へ寄せて、箱を押し込んだ。そうしている間も、美羽はリビングの入口から動かなかった。
冷蔵庫の扉を閉めると、低いモーター音だけが残った。
「おばあちゃんの話、したことあったっけ」
「少しは」
「日記の話は?」
美羽が首を振る。
美羽は、私の母をほとんど知らない。
写真の中の祖母と、法事で親戚から聞く話と、私がときどき作る煮物の味。あの子の中に残っている母は、そのくらいだ。
私は食卓の椅子を引いた。
すぐには座ろうとしなかった美羽も、やがて鞄からスマートフォンを出し、画面を伏せて机の端へ置いた。それから私の向かいに腰を下ろした。
十五歳の誕生日にするには、あまり楽しくない話だ。それでも、いつかは話さなければならなかったのだと思う。
「私ね、おばあちゃんに愛されてないと思ってたんだ」
◆
私の母は、必要のないことを話さない人だった。
朝は六時に起き、味噌汁と卵焼きを作る。前の晩のおかずを弁当箱に詰め直し、私が起きてくる前に朝食を並べる。眠そうにしている私へ、母がかける言葉はいつも同じだった。
「早く食べなさい」
朝食を残せば、また言った。
「そんなんじゃ、昼までもたないよ」
それ以上は、ほとんど何も言わなかった。
小学校二年生のとき、図工で金賞を取ったことがある。画用紙いっぱいに描いた朝顔の絵だった。
私は賞状を両手で持って帰り、台所で煮物をしていた母に見せた。
「おかーちゃん、みて、これ」
母は火を弱め、濡れた手を前掛けで拭いてから賞状を受け取った。
「金賞」と、私は言った。
「書いてあるね」
「クラスで一人だけ」
「そう」
母は賞状が汚れないように箪笥の上へ置いた。それだけだった。
翌朝、賞状は額に入れられ、私の机の正面に掛けられていた。家に額なんてなかったから、きっと夕飯のあとで買いに行ったのだろう。それでも母は何も言わなかったから、私は「褒めてもらえなかった」と思った。
中学一年の冬には、四十度近い熱を出した。
母は仕事を休み、夜中まで何度も額のタオルを替えた。汗をかいた私の寝間着を着替えさせた。翌朝、熱が下がると、台所に立って雑炊を作った。
「昨日、一睡もしてないんでしょ」
「少しは寝た」
「仕事、いいの?」
「休むと電話した」
「ごめん」
「親なんだから、しょうがないじゃない」
母は卵を溶きながら、一度も私を見なかった。
あのとき、ありがとうと言えばよかったのかもしれない。だが当時の私は、親なら子どもの看病をして当たり前だと思っていた。眠らずにタオルを替えることも、食べやすいものを作ることも、母親の仕事の一つにしか見えなかった。
母も感謝を求めなかった。私たちの間では、言葉の代わりに用事だけが行き来していた。
高校生になるころには、私は母に期待しなくなっていた。
部活で帰りが遅くなると、居間の明かりがついていた。母はテレビの前で編み物をしたり、新聞を読んだりしながら、私が帰るまで起きていた。
「遅い」
「部活」
「連絡くらいしなさい」
「忘れてた」
「お風呂、冷めてるよ」
心配したとも、私の帰りを待っていたとも言わない。ただ時計を見て、台所へ行き、冷めた夕飯を温め直す。
私は、それを母の習慣だと思うことにした。
母はただ寝るのが遅いだけで、夕飯を温めるのは親として当然のこと。そう思っていれば、期待しなくて済んだ。
ある日、友達の家へ泊まった。
夜になると、その子の母親は寝る前に友達の妹を抱きしめた。
「おやすみ。大好きよ」
「もう、暑いって」
二人は笑っていた。
私は借りた布団の中で、天井に貼られた蓄光の星を見上げていた。電気を消したばかりの星は緑色に明るく光っていた。しばらくすると光は薄れ、どこにあるのか分からなくなった。
うちでは、言わない。
そういう言葉は、小さな子どもにだけ言うものなのかもしれない。あるいは、ドラマの中の家族だけが言うものなのかもしれない。いくつか理由を考えて、私は一番簡単な答えを選んだ。
母は、私を嫌ってはいない。
だけど、愛してもいないのだ。
大学進学で家を出る朝も、母は泣かなかった。
「ガスの元栓、毎日見ること」
「分かってる」
「野菜も食べなさい」
「分かってるって」
「お金が足りなくなったら、なくなる前に言いなさい」
「はいはい」
靴を履いて重い鞄を持つと、母は私の襟を一度引き、曲がっていたところを直した。
「じゃあね」
「……」
「着いたら電話しなさい」
最後まで、それだけだった。
駅へ向かう電車の中で、私は少し泣いた。母と離れるのが寂しかったのか、引き留めてもらえなかったのが悲しかったのか、自分でもよく分からなかった。
ただ、これでよかったのだと思った。
母と私は、たぶん、これ以上近くならない。
◆
大人になってから、母は月に一、二度だけ電話をかけてきた。それでも、「元気?」とは訊かない。
『米、ある?』
『だいぶ少なくなった』
『そう』
『ほかに何か用?』
『別に』
それだけで電話は切れ、三日後には実家の米と乾物と、私が子どものころに好きだった菓子が届いた。
結婚すると伝えたときも、母は相手の勤め先と家族構成を訊いただけで、おめでとうとは言わなかった。けれど結婚式の日には誰より早く会場へ来て、控室の隅で私のベールの皺を何度も伸ばしていた。
美羽が生まれたとき、母は病室まで会いに来たが、赤ん坊を抱こうとはしなかった。
「抱かないの?」
「首がすわってないから怖い」
「私のことは抱いたんでしょ」
「忘れた」
母はベッドの脇から覗き込み、美羽の小さな手に人差し指を一本だけ差し出した。美羽がその指を握ると、ほんの少しだけ口元を緩めた。
「あんたに似てる」
「どこが?」
「よく泣くところ」
それが母なりの褒め言葉だったのかもしれない。
けれど、そのころの私には分からなかった。
母が亡くなったのは、それから六年後だった。
朝、近所の人が倒れている母を見つけ、病院から連絡を受けて駆けつけたけれど、私は間に合わなかった。
葬儀では泣かなかった。喪主には決めることが多すぎた。花の種類、弁当の数、遺影に使う写真。
母の写真は驚くほど少なく、ようやく見つけた一枚も、親戚の結婚式で誰かの横にたまたま写り込んでいたものだった。
母は写真の中でも、こちらを見ていなかった。
四十九日が終わってから、私は一人で実家を片づけた。
母の服は少なく、食器も必要な数しかない。
戸棚の缶には輪ゴム、菓子箱には領収書、空き瓶には釘。何もかも母らしくて、捨てるものと残すものを分ける作業は簡単だった。
迷ったのは、押し入れから紙箱を見つけたときだ。
紐で固く縛られた箱は、ずっしりと重かった。
畳へ下ろして紐を切り、蓋を開けると、同じ形の日記帳が隙間なく詰まっていた。一冊ずつ、背表紙に年が書かれている。
新しい年から古い年へたどり、箱の底に近い一冊を抜いた。そこに書かれていたのは、私が生まれた年だった。
畳に座り、最初のページを開く。
『四月十七日。今日、生まれた。三一二〇グラム。よく泣く』
私の誕生日だった。
次の日には、こうあった。
『三時間続けて眠った。息をしているか何度も見た』
母の字は昔から変わらない。縦の線が少し左へ傾き、句点だけが妙に大きい。感情らしい言葉はなく、天気や買い物の金額に交じって、赤ん坊の私のことが書かれていた。
『初めて笑ったように見えた。もう一度は笑わなかった』
『寝返り。右から』
『夜、ほとんど眠らない。抱いて歩くと静かになる』
『熱、三十八度四分。夜になっても下がらない』
『薬を飲んだ。半分こぼした』
次の年の日記を開く。
『立った。二歩』
『転んだ。机で額を打つ。たんこぶ』
『今日も二歩。昨日より速い』
どこまで読んでも母らしい文章だった。短くて、素っ気なくて、必要なことしか書いていない。
それなのに、どのページにも私がいた。
気づけば、窓から差し込んでいた日の光が、畳の端から消えていた。私は電気をつけ、次の箱を開けた。
『幼稚園。門の前で泣いた。先生に抱かれて入った。帰りは笑っていた』
『遠足。弁当、全部食べたらしい』
『朝顔の絵、金賞。額を買う。もう少し豪華なものでもよかった』
そこで、指が止まった。
賞状を見せた日のことを思い出す。
母は「すごい」とも「頑張ったね」とも言わなかった。それでも、あの額を選んだのは母だった。
日記を膝に置いて顔を上げる。賞状はもう私が持ち出していたが、壁紙には、額が掛かっていた場所だけ白い四角が残っていた。
私は次のページを開いた。
『給食の牛乳を残しているらしい。家では飲むのに』
『傘をなくした。今月二本目』
『前髪を自分で切った。変だが本人は気に入っている』
思わず笑ってしまった。誰もいない家に自分の声が響き、すぐに消えた。
中学校の日記には、私の知らない母がいた。
『部活から帰ってすぐ寝た。夕食は食べないと言った。顔色が悪い』
『まだ熱が高い。仕事を休む』
『明け方、三十七度二分。よかった』
母は、一睡もしていないとは書いていなかった。
ただ、ページの下に一時間ごとの体温が小さく並んでいた。
『最近、あまり話してくれない』
『今日も返事だけ』
『友達の家に泊まる。夕飯はいらない』
その友達の家で見た、蓄光の星を思い出した。
私がよその母娘を羨ましがっていたあの夜、母は一人で夕飯を食べたのだろう。日記の端には、友達の家の住所と電話番号が書き留められていた。
高校三年の冬。
『不合格。部屋から出てこない』
『夕食をドアの前に置いた。食べた』
『合格。何度も紙を見ている』
『お祝いのケーキを買ったが、友達と食べてくるらしい。明日にする』
そのケーキを、私は覚えていなかった。
大学進学で家を出た日。
『今日、家を出た。駅まで送ると言ったが、いらないと言われた』
『電車、十時二十二分』
『十一時五十分、着いたと電話』
『部屋は寒くないとのこと』
私には何も言わなかったのに、日記の中の母は、私が乗る電車の時間まで覚えていた。
次の日も、その次の日も、私のことが書かれていた。
『電話をしようと思ったが、まだ早いと思ってやめた』
『米を送る。菓子も入れた』
『電話。元気そう』
結婚した年には、夫の名前が何度も出てきた。
『結婚するらしい』
『相手はよく笑う人』
『写真が届いた。幸せそうでよかった』
美羽が生まれた日。
『孫、三〇〇二グラム。娘に似て、よく泣く』
『指を握った。小さい』
『帰りに肌着を買う。どれがいいか分からず、店の人に聞いた』
箱の底には、そのとき買った肌着のレシートまで挟まっていた。
日記は何十冊もあった。私が生まれた日から、母が亡くなる前の日まで、一日も欠けていない。
雨の日も、正月も、母が風邪をひいた日も、私たちが喧嘩した日も、離れて暮らすようになってからも、どのページにも必ず私のことが一行は書かれていた。
私は、自分の人生を母の字で読み直した。
愛されていなかったと思っていた日々の裏側に、ずっと母がいた。
賞状を入れる額を選び、夜中に体温を測り、帰りの遅い私を待ち、電話をかけるかどうか迷っていた。私の知らないところで、母はずっと私を見ていた。
胸の奥に温かいものが満ち、もう取り戻せないと思っていた日々が、少しずつ違うものに見えてきた。
そう思ったとき、ふと気づいた。
これだけ私のことが書かれているのに、あの言葉がない。
私は最初の一冊へ戻った。
生まれた日。
初めて笑った日。
歩いた日。
ない。
金賞を取った日。
熱を出した夜。
母に口を利かなかった日。
ない。
ページをめくる指が、どんどん速くなった。
紙の端が爪に引っかかり、小さく裂ける。
私は息を止め、その傷を指で撫でてから、またページをめくった。
受験に受かった日。
家を出た日。
結婚した日。
美羽が生まれた日。
どこにもない。
最初から読んでいれば、見落とすはずのない言葉を、私は何十冊もの中から探し始めた。
好き。
大好き。
愛してる。
どれも、一度も書かれていなかった。
夜が明けるころ、私は最後の一冊を開いた。
母の字は少し震え、文字が大きくなったり、罫線からはみ出したりしていた。それでも日付だけは、きちんと続いていた。
『娘から電話。孫は来年、小学生になる。早い』
『写真が届く。二人とも元気そう』
『今日は少し具合が悪い。早く寝る』
最後のページは、母が亡くなる前の日だった。
『娘はちゃんと食べているだろうか』
その下にはもう何もなく、ページをめくっても空白の罫線が続くだけだった。
私は日記を閉じ、両手で持った。表紙の角は丸く擦れていた。母が一年間、毎日触った跡だった。
疑いようもなかった。
私は母に愛されていた。
私は、ずっと、母に愛されていたのだ。
それが分かった瞬間、どうしようもなく腹が立った。
日記を畳へ置こうとしたのに、手が離れなかった。まるで胸に抱いているような形になり、それがまた悔しかった。
「だったら、言ってよ」
誰もいない家に、私の声だけが響いた。
母の字が滲んで読めなくなった。袖で目を拭うと、今度は日記の上に涙が落ちた。丸い染みができ、慌てて指で押さえたけれど、消えなかった。
「一回でよかったのに」
返事はない。
「私、ずっと愛されてないと思ってたんだよ?」
何十年分もの日記が、私の周りに積まれていた。
どの一冊にも母と私がいるのに、今はもういない。
「こんなの、いなくなってから読ませないでよ……」
最後は、声にならなかった。
私は日記を抱いたまま、畳に額をつけて泣いた。
母が私を愛していたことは分かった。
けれど、それで全部が救われたわけではない。
愛されていないと思って生きた何十年も、本当にあったのだ。
温かくて、悲しくて、腹が立った。
どれか一つではなく、その全部を母は私に遺していった。
◆
そこまで話して、私は水を飲んだ。
美羽は、いつの間にか肘を食卓についていた。伏せたスマートフォンの画面が一度だけ光ったが、美羽は見なかった。
「その日記、今もあるの?」
「押し入れに。捨てられなかったから」
「今度、見てもいい?」
「字、すごく読みにくいよ」
「そういうことじゃなくて」
「分かってる。いいよ」
美羽はテーブルの木目を爪でなぞり、口を開きかけて、一度やめた。それから、もう一度口を開いた。
「でも、それならさ」
「うん」
「言えばよかったじゃん。おかあさんに」
「そういうこと、言う人じゃなかったから」
思っていたより、普通の声が出た。
「日記を読むまで分かんなかった。私はずっと、愛されてないと思ってた」
美羽の爪が止まった。
「じゃあ、おばあちゃんが悪いじゃん」
賞状の額、卵雑炊、一時間ごとに記された体温。
母がしてくれたことを思い出した。
それでも私は、母を庇わなかった。
「うん。たぶんね」
「たぶんなんだ」
「でも、私もバカだから」
「何が?」
「言われなきゃ、分かんなかった」
美羽が眉を寄せた。朝、「愛してる」と言ったときと同じ顔だった。
「それ、バカっていうの?」
「さあ? でも、私は分からなかったから」
冷蔵庫のモーター音が止まり、部屋から音が一つ消えた。
「だから、あんたに言うの」
「毎日?」
「毎日」
「うざいって言っても?」
「言う」
「なんで?」
「だって私、あんたに愛してるって伝える方法、これしか知らないもん」
美羽は長いため息をついた。
「極端すぎ」
「誰に似たんだろうね」
「おばあちゃんの逆方向」
「おばあちゃんの娘だもん」
美羽の口元が少しだけ緩み、私も笑った。
しばらくして、美羽はスマートフォンを手に取った。誕生日を祝うメッセージがいくつも届いていたが、返事をする前に立ち上がり、冷蔵庫を開けた。
「ケーキ、今食べる」
「夕飯は?」
「ケーキが先」
「じゃあ切ろうか」
「私がやる。お母さん、大きさ適当だから」
箱からケーキを出しながら、美羽はこちらを見ずに言った。
「でも、友達の前では本当にやめて」
「はい」
「道路の反対側から叫ぶのも」
「はい」
「一日一回まで」
「うぅ~」
「一回」
「……善処します」
美羽は、二つの苺が同じ数ずつ入るよう、包丁を入れる位置を何度も確かめた。
「誕生日おめでとう」
「それは朝も聞いた」
「生まれてきてくれてありがとう」
「それも」
「愛してるよ」
包丁が止まった。
美羽は顔を上げ、壁の時計を見た。
「今日、もう四回目」
「誕生日だから」
「……しょうがないか」
切り分けられたケーキは、片方がほんの少しだけ大きかった。美羽はそちらを、私の皿に載せた。
◆
それから三年が過ぎた。
美羽が家を出る朝、玄関は段ボール箱で狭くなっていた。
進学先は電車で二時間ほどの街だった。通えない距離ではなかったが、美羽は一人暮らしを選び、私は反対しなかった。
ただし、ガスの元栓と戸締まりと、知らない人には扉を開けないことを、一週間かけて十回ずつ言った。
「忘れ物ない?」
「ない」
「充電器は?」
「入れた」
「薬は?」
「入れた」
「ちゃんと食べるんだよ」
「それ、毎日メッセージで送ってきそう」
「いい案だね」
「やーめーて」
美羽は新しい靴の踵を指で直し、立ち上がった。
いつの間にか、私より少しだけ背が高くなっていた。
私は曲がってもいない襟に手を伸ばし、一度だけ整えた。指先に触れた肩は、十八年前よりずっとしっかりしていた。
「美羽」
「なに?」
「愛してるよ」
娘は心底呆れた顔をした。
「最後まで言うの?」
「死ぬまで言うよ」
「重い」
「荷物よりは軽いでしょ」
「比べるものじゃないし」
美羽は段ボール箱を一つ持ち、開けた扉から外へ出た。朝の日差しが、玄関のたたきに長い四角を作った。
私は玄関に立ち、その背中を見送った。
門を出る手前で、美羽が振り返った。
「お母さん」
「なに?」
「それ、わたしはもう知ってるから」
胸の奥で、何十冊もの日記がいっせいに開いたような気がした。けれど、ページをめくる音はしなかった。
「そっか」
美羽は前を向き、歩いていった。
私は、それ以上、何も言わなかった。




