彼方の星で君を想う
「誰か……誰か返事してくれ!」
赤い警告灯が明滅している。天井から垂れ下がった配線が火花を散らし、床には砕けた金属片が散乱していた。
「おい! 無事か!?」
操縦席の脇に膝をついて、倒れている乗組員の肩を揺すった。
反応はない。
ただ死体がそこにあるだけだった。
「クソ……勘弁しろよ」
震える手で通信機を手に取る。
「こちら探査船技師、リゲル・カーター。未確認の惑星に墜落した。生存者は……」
そこで言葉が詰まった。こらえきれない孤独が襲いかかってきて唇が震える。
「生存者は、一名」
※※※
その惑星はひどく静かだった。
緑色の空からは怪しい光が降り注ぎ、うっそうと茂る植物が視界の邪魔をする。宇宙服に身を包んでぬかるんだ沼地に足をつけた。
「隕石が機体を掠ったか……クソッ、痛ッ!」
船体の被害を分析しながら、苦し紛れに鉄板を殴った。分厚いグローブで殴ったのに、かなり痛い。
「何者だ」
「ギャア!」
背後から聞こえた低い声に驚きすぎて、沼地に突っ込んだ。
泥まみれで振り返った先には、フード姿の生き物がいた。フードの中は怪しい赤色に光っている。
「えーっと……俺はリゲル、よろしく。君の名前は?」
両手を上げて敵意がないことを示した。フードの赤い光は徐々に落ち着いていく。
「ロスだ」
「そうか、ロス。いい名前だな」
頷きかけて、違和感に気づく。
「……待った。君、なんで俺と話せるんだ?」
地球上ですら言葉が通じない場所があるのに、異星人同士が言葉を交わしているのはおかしい。
「私はお前の心が読める。お前の思考を理解して、真似ているだけだ」
ロスはフードを脱ぎ去り、顔をさらした。彼は地球人の男に近い顔で、黒目がちの小宇宙のような瞳を瞬かせる。
「すげぇ……それにキレイだ」
彼の黒髪の隙間からは、緑色に光る二本の触覚が生えていた。
テレパシーを使えるということは、彼は人間よりもはるかに知能の高い宇宙人なのだろう。そんな彼が友好的かどうか分からないが、助けを求めてみる。
「突然で悪いんだけど、手を貸してくれないか? 船が壊れちまって」
「そうしたいが、難しい」
ロスは残念そうに首を横に振って、真上を指さす。
つられて見上げると、雲の向こうに巨大な影があった。
「なんだ、あれ……」
「あの小惑星は、この星に降りかかった『災い』だ」
静かで淡々としたロスの声が遠く聞こえる。
「災いは一年前に現れた。作物は腐り、泉は枯れ、病が流行し……人々は死に絶えた」
ロスはそこで初めて、顔を伏せた。その横顔は諦めと、痛みに耐えているような悲しげなものだった。
「三日後、あれは地に堕ちる」
突然告げられた終焉に言葉を失う。俺は背中に滲んだ汗に気付かないふりをして、つとめて明るい声で告げた。
「じゃあ三日で直して、二人でこの星を出なくちゃな」
ロスの瞳の中で星が瞬く。
「ここで終わってたまるかよ」
ロスは答えない。しかし、その表情にはわずかな期待が滲んでいた。
※※※
一日目。
部品を集めるために、ロスは大規模な廃墟へ案内してくれた。建物や道は崩れ、干上がった水路には灰色の砂が積もっていた。
「綺麗な街だったんだろうな」
「災いは紛争までも引き起こした。ここにはもう誰も住んでいない」
ロスは歩きながら話した。
「生存者は南へ移ったが、私は行かなかった」
「どうして?」
ロスは丘の上に視線を向けた。そこには崩れた岩があるだけだ。
「あそこに家があったからだ」
それだけ言って、ロスは廃墟の奥へ迷いなく進んでいく。
「……家、か」
ロスにかける言葉が見つからなくて、俺はただ黙って彼の後ろについて行った。
※※※
緑色の空が紺色になり、満天の星空に変わる。俺は船の影に座って写真を見ていた。
「それは?」
写真を覗き込むロスに笑いかけ、隣に座るように促す。
「メアリっていうんだ。綺麗だろ?」
「優しい顔をしている」
ロスはメアリの膨らんだお腹を指さし、不思議そうに首を傾げた。
「腹が大きいのはなぜだ。病か?」
「違う違う。お腹に赤ん坊がいるんだよ、俺の子供」
ロスはわずかに目を見開いた。
「父親になるのか」
「そう。これでも、一応な」
頬をかこうとして、コツンとヘルメットに当たる。顔が熱くて、ヘルメット内が息苦しくなった。
「俺の星では女性の胎内で子供を育てるんだ。君のところは?」
「番が神木に祈りを捧げると、翌朝には生まれる」
「へぇ、神秘的だな」
なるほど、惑星が違えば繁殖方法はこうも違うのか。
「君の故郷について教えてくれないか? 俺、自分の惑星のことしか知らないんだ」
「あぁ、構わない」
それから俺とロスは惑星の子孫繁栄の違いに花を咲かせた。お互いの文化の違いについて、多くのことを話した。
「こんな穏やかな夜は久しぶりだ」
話がひと段落する頃には、ロスはよく笑うようになっていた。
「俺も。君と話すのは楽しいよ」
ロスは一瞬躊躇い、質問を重ねる。
「お前はなぜ宇宙に出たんだ?」
「昔から宇宙人に会いたかったんだ。その為に宇宙船の技師になった」
ロスの大きな目に反射したヘルメット姿の俺は、なんとも間抜けな顔をしていた。
「ありがとう、ロス。君のおかげで夢が叶ったよ」
「どういたしまして」
それだけ言うと、ロスは立ち上がって宇宙船の方へと戻って行った。彼の触覚が青色に光り、落ち着かなげに揺れていることには触れない方がいいだろう。
※※※
二日目。
冷却装置が復旧し、電力系統も動き始めた。船内の照明が光り、操作盤が作動し始めた。
「すごいな! 超順調だ!」
ロスの飲み込みが早いおかげで、昼過ぎには隕石にぶつかって開いた大穴を塞ぐことができた。
「最適ではないが、応急処置はできている」
「ありがとう、相棒! 君がいてくれてよかったよ」
俺は感極まって宇宙服のグローブでロスの手を握った。ロスは突然の接触に驚きつつも、ふっと口角をあげた。
「相棒か。悪くない響きだ」
「君ならそう言ってくれると思った」
ロスの触覚が緑色に光る。俺のこの喜びの感情を読んでいるのだろう。言葉にしきれない感情がこうして伝えられるのは、意外と便利かもしれない。
「よーし。エンジンさえ直ればオンボロだけど飛べる! 絶対に生きてこの星を出ような、ロス!」
ロスは眩しそうに目を細めると、俺のグローブにコツンと拳をぶつけたのだった。
*
三日目。
この星に堕ちる小惑星はもう目前に迫っていた。俺は操縦席に座り、隣に座るロスは緊張の面持ちで見守っている。
「エンジンの最終チェックだ。いくぞ!」
エンジン音が鳴り響き、船体が揺れる。何度もオイル漏れをしたため、もう燃料は残り少ない。これ以上失敗はできなかった。
ガクン、と大きな揺れで身体が傾く。突っ伏しそうになりながらもレバーを抑えて、浮上を試みた。
「……やった!」
窓の外の景色が少しずつ流れていく。上へ、上へと昇る船体に成功を確信した。
これで帰れる。
メアリに、我が子に会える!
ロスもこの星で死ななくても済む!
頭上に迫る小惑星は、もうはっきりと見えていた。地面は絶え間なく揺れ、遠くの山脈から土煙が上がっていた。
「ロス?」
反応がないロスを見上げると、彼は目を見開いたまま硬直している。彼の触覚の先端は赤く光っていた。
——ドンッ!
船体が大きく揺れた。耳をつんざく地響きと轟々と鳴る風の音。そして船体のアラート音が鳴り、警告灯が赤く光った。
「リゲル!」
隣から背中を押される衝撃とともに、世界が裏返り……暗転した。
※
何が起きた?
世界がひっくり返っている。いや、船体が傾いたのか。
頭上には煙をあげる操作盤と、正面モニターを突き破った大岩が見えた。
——ぽた……
額に生ぬるい感触がした。それは青色の粘ついた液体だった。
「なんだ……これ」
呼吸が苦しいのは、肺がなにかに圧迫されているからだ。そのなにかの正体に気づいて、呼吸が止まった。
「ロス……?」
ロスは俺の身体に覆い被さるように倒れている。そして彼の下半身は見えなかった。あるのは青い粘液が飛び散った岩だけだ。
「おい……おい、嘘だろ、ロス!」
俺はロスの頭を抱え、彼の頬を叩いた。初めて素肌で触れるロスの肌はひどく冷たかった。
「……リゲル」
大きな瞳がわずかに開かれる。
「すまない」
「君が謝ることじゃない」
「いいや……謝るべきだ」
ロスは目を伏せた。
「私は故郷を捨てようとした」
彼の掠れた声を聞き逃すまいと必死に縋り付く。今にも消えそうな命の灯火をかき抱いた。
「その罰にお前を巻き込んでしまった」
「罰なわけがあるか。生き残ろうとして何が悪い!」
俺たちはただ生きたかっただけだ。
それなのに、なんで、どうして!
「私にも妻と幼い息子がいた。二人とも災いで死んだ。この地で……」
ロスの大きな瞳から大粒の涙がこぼれた。
「彼らは私を引き止めたかったのだろう」
「家族なら君が生きることを望んだはずだ。これはただ運が悪かったんだよ」
俺はロスの髪を撫でる。
「そう……俺たちはただ、運がなかっただけだよ」
宇宙船は大破した。小惑星はあと数分で地に落ちる。俺たちはもう、どこにも行けない。
「一人で終焉を迎えるのが怖かった」
ロスはそう言って俺の頬に触れた。優しい手つきに目の前が滲む。ロスは安堵したように笑った。
「だが、お前と共に逝ける」
「ロス……!」
ロスの嬉しそうな声に胸が張り裂けそうだ。
俺はロスを力いっぱい抱きしめた。離れないように、強く、強く。
「ありがとう、リゲル」
掠れた声が鼓膜を揺らす。
外は白い光に包まれて、何も見えない。何も聞こえない。
ただ腕の中のロスが、俺を強く抱きしめる感触だけが残っている。
「おやすみ、相棒」
俺は光の中でゆっくりと目を閉じた。
※※※
夜明け前。女性は呼び鈴で目を覚ました。
廊下に出てきた幼い娘を抱き上げ、あやしながら玄関のドアを開ける。
「メアリ・カーターさんですね」
玄関先に立つ男は、宇宙センターのバッジをみせて女性に静かに告げた。
「旦那様からのメッセージが届いています」




