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彼方の星で君を想う

掲載日:2026/10/20

「誰か……誰か返事してくれ!」


 赤い警告灯が明滅している。天井から垂れ下がった配線が火花を散らし、床には砕けた金属片が散乱していた。


「おい! 無事か!?」


 操縦席の脇に膝をついて、倒れている乗組員の肩を揺すった。


 反応はない。

 ただ死体がそこにあるだけだった。


「クソ……勘弁しろよ」


 震える手で通信機を手に取る。


「こちら探査船技師、リゲル・カーター。未確認の惑星に墜落(ついらく)した。生存者は……」


 そこで言葉が詰まった。こらえきれない孤独が襲いかかってきて唇が震える。


「生存者は、一名」


 ※※※


 その惑星はひどく静かだった。  

 緑色の空からは怪しい光が降り注ぎ、うっそうと茂る植物が視界の邪魔をする。宇宙服に身を包んでぬかるんだ沼地に足をつけた。


「隕石(いんせき)が機体を掠ったか……クソッ、痛ッ!」 


 船体の被害を分析しながら、苦し紛れに鉄板を殴った。分厚いグローブで殴ったのに、かなり痛い。


「何者だ」


「ギャア!」


 背後から聞こえた低い声に驚きすぎて、沼地に突っ込んだ。 

 泥まみれで振り返った先には、フード姿の生き物がいた。フードの中は怪しい赤色に光っている。


「えーっと……俺はリゲル、よろしく。君の名前は?」


 両手を上げて敵意がないことを示した。フードの赤い光は徐々に落ち着いていく。


「ロスだ」


「そうか、ロス。いい名前だな」


 頷きかけて、違和感に気づく。


「……待った。君、なんで俺と話せるんだ?」


 地球上ですら言葉が通じない場所があるのに、異星人同士が言葉を交わしているのはおかしい。


「私はお前の心が読める。お前の思考を理解して、真似ているだけだ」


 ロスはフードを脱ぎ去り、顔をさらした。彼は地球人の男に近い顔で、黒目(くろめ)がちの小宇宙のような瞳を瞬かせる。


「すげぇ……それにキレイだ」


 彼の黒髪の隙間からは、緑色に光る二本の触覚が生えていた。


 テレパシーを使えるということは、彼は人間よりもはるかに知能の高い宇宙人なのだろう。そんな彼が友好的かどうか分からないが、助けを求めてみる。


「突然で悪いんだけど、手を貸してくれないか? 船が壊れちまって」


「そうしたいが、難しい」


 ロスは残念そうに首を横に振って、真上を指さす。

 つられて見上げると、雲の向こうに巨大な影があった。


「なんだ、あれ……」 


「あの小惑星は、この星に降りかかった『災(わざわ)い』だ」


 静かで淡々としたロスの声が遠く聞こえる。


「災(わざわ)いは一年前に現れた。作物は腐り、泉は枯れ、病が流行し……人々は死に絶えた」


 ロスはそこで初めて、顔を伏せた。その横顔は諦めと、痛みに耐えているような悲しげなものだった。


「三日後、あれは地に堕(お)ちる」 


 突然告げられた終焉に言葉を失う。俺は背中に滲んだ汗に気付かないふりをして、つとめて明るい声で告げた。


「じゃあ三日で直して、二人でこの星を出なくちゃな」


 ロスの瞳の中で星が瞬く。


「ここで終わってたまるかよ」


 ロスは答えない。しかし、その表情にはわずかな期待が滲んでいた。


 ※※※


 一日目。


 部品を集めるために、ロスは大規模な廃墟(はいきょ)へ案内してくれた。建物や道は崩れ、干上がった水路には灰色の砂が積もっていた。


「綺麗な街だったんだろうな」


「災いは紛争までも引き起こした。ここにはもう誰も住んでいない」


 ロスは歩きながら話した。


「生存者は南へ移ったが、私は行かなかった」


「どうして?」


 ロスは丘の上に視線を向けた。そこには崩れた岩があるだけだ。


「あそこに家があったからだ」


 それだけ言って、ロスは廃墟の奥へ迷いなく進んでいく。


「……家、か」 


 ロスにかける言葉が見つからなくて、俺はただ黙って彼の後ろについて行った。 


 ※※※


 緑色の空が紺(こん)色になり、満天の星空に変わる。俺は船の影に座って写真を見ていた。


「それは?」


 写真を覗(のぞ)き込むロスに笑いかけ、隣に座るように促す。


「メアリっていうんだ。綺麗だろ?」


「優しい顔をしている」


 ロスはメアリの膨らんだお腹を指さし、不思議そうに首を傾げた。


「腹が大きいのはなぜだ。病か?」


「違う違う。お腹に赤ん坊がいるんだよ、俺の子供」


 ロスはわずかに目を見開いた。


「父親になるのか」


「そう。これでも、一応な」


 頬をかこうとして、コツンとヘルメットに当たる。顔が熱くて、ヘルメット内が息苦しくなった。


「俺の星では女性の胎内(たいない)で子供を育てるんだ。君のところは?」


「番が神木(しんぼく)に祈りを捧げると、翌朝には生まれる」


「へぇ、神秘的だな」


 なるほど、惑星が違えば繁殖(はんしょく)方法はこうも違うのか。


「君の故郷について教えてくれないか? 俺、自分の惑星のことしか知らないんだ」


「あぁ、構わない」


 それから俺とロスは惑星の子孫繁栄(しそんはんえい)の違いに花を咲かせた。お互いの文化の違いについて、多くのことを話した。


「こんな穏やかな夜は久しぶりだ」


 話がひと段落する頃には、ロスはよく笑うようになっていた。


「俺も。君と話すのは楽しいよ」


 ロスは一瞬躊躇(ためら)い、質問を重ねる。


「お前はなぜ宇宙に出たんだ?」


「昔から宇宙人に会いたかったんだ。その為に宇宙船の技師になった」


 ロスの大きな目に反射したヘルメット姿の俺は、なんとも間抜けな顔をしていた。


「ありがとう、ロス。君のおかげで夢が叶(かな)ったよ」


「どういたしまして」


 それだけ言うと、ロスは立ち上がって宇宙船の方へと戻って行った。彼の触覚が青色に光り、落ち着かなげに揺れていることには触れない方がいいだろう。


 ※※※


 二日目。


 冷却装置(れいきゃくそうち)が復旧し、電力系統(でんきけいとう)も動き始めた。船内の照明が光り、操作盤が作動し始めた。


「すごいな! 超順調だ!」 


 ロスの飲み込みが早いおかげで、昼過ぎには隕石(いんせき)にぶつかって開いた大穴を塞ぐことができた。


「最適ではないが、応急処置はできている」


「ありがとう、相棒! 君がいてくれてよかったよ」


 俺は感極(かんきわ)まって宇宙服のグローブでロスの手を握った。ロスは突然の接触に驚きつつも、ふっと口角をあげた。


「相棒か。悪くない響きだ」


「君ならそう言ってくれると思った」


 ロスの触覚が緑色に光る。俺のこの喜びの感情を読んでいるのだろう。言葉にしきれない感情がこうして伝えられるのは、意外と便利かもしれない。


「よーし。エンジンさえ直ればオンボロだけど飛べる! 絶対に生きてこの星を出ような、ロス!」


 ロスは眩(まぶ)しそうに目を細めると、俺のグローブにコツンと拳をぶつけたのだった。


 *


 三日目。


 この星に堕(お)ちる小惑星はもう目前に迫っていた。俺は操縦席に座り、隣に座るロスは緊張の面持ちで見守っている。


「エンジンの最終チェックだ。いくぞ!」


 エンジン音が鳴り響き、船体が揺れる。何度もオイル漏れをしたため、もう燃料は残り少ない。これ以上失敗はできなかった。 


 ガクン、と大きな揺れで身体が傾く。突っ伏しそうになりながらもレバーを抑えて、浮上を試みた。


「……やった!」


 窓の外の景色が少しずつ流れていく。上へ、上へと昇る船体に成功を確信した。


 これで帰れる。

 メアリに、我が子に会える!

 ロスもこの星で死ななくても済む!


 頭上に迫る小惑星は、もうはっきりと見えていた。地面は絶え間なく揺れ、遠くの山脈から土煙が上がっていた。


「ロス?」


 反応がないロスを見上げると、彼は目を見開いたまま硬直(こうちょく)している。彼の触覚の先端は赤く光っていた。


 ——ドンッ! 


 船体が大きく揺れた。耳をつんざく地響(じひび)きと轟々(ごうごう)と鳴る風の音。そして船体のアラート音が鳴り、警告灯が赤く光った。


「リゲル!」


 隣から背中を押される衝撃とともに、世界が裏返り……暗転した。


 ※


 何が起きた?


 世界がひっくり返っている。いや、船体が傾いたのか。

 頭上には煙をあげる操作盤と、正面モニターを突き破った大岩が見えた。


 ——ぽた……


 額に生ぬるい感触がした。それは青色の粘ついた液体だった。


「なんだ……これ」


 呼吸が苦しいのは、肺がなにかに圧迫されているからだ。そのなにかの正体に気づいて、呼吸が止まった。


「ロス……?」


 ロスは俺の身体に覆(おおい)い被(かぶ)さるように倒れている。そして彼の下半身は見えなかった。あるのは青い粘液が飛び散った岩だけだ。


「おい……おい、嘘だろ、ロス!」


 俺はロスの頭を抱え、彼の頬を叩いた。初めて素肌で触れるロスの肌はひどく冷たかった。


「……リゲル」


 大きな瞳がわずかに開かれる。


「すまない」


「君が謝ることじゃない」


「いいや……謝るべきだ」


 ロスは目を伏せた。


「私は故郷を捨てようとした」


 彼の掠(かす)れた声を聞き逃すまいと必死に縋(すが)り付く。今にも消えそうな命の灯火をかき抱いた。


「その罰にお前を巻き込んでしまった」


「罰なわけがあるか。生き残ろうとして何が悪い!」


 俺たちはただ生きたかっただけだ。 

 それなのに、なんで、どうして!


「私にも妻と幼い息子がいた。二人とも災いで死んだ。この地で……」


 ロスの大きな瞳から大粒の涙がこぼれた。


「彼らは私を引き止めたかったのだろう」


「家族なら君が生きることを望んだはずだ。これはただ運が悪かったんだよ」


 俺はロスの髪を撫でる。


「そう……俺たちはただ、運がなかっただけだよ」


 宇宙船は大破した。小惑星はあと数分で地に落ちる。俺たちはもう、どこにも行けない。


「一人で終焉(しゅうえん)を迎えるのが怖かった」


 ロスはそう言って俺の頬に触れた。優しい手つきに目の前が滲(にじ)む。ロスは安堵したように笑った。


「だが、お前と共に逝ける」


「ロス……!」


 ロスの嬉しそうな声に胸が張り裂けそうだ。

 俺はロスを力いっぱい抱きしめた。離れないように、強く、強く。


「ありがとう、リゲル」


 掠(かす)れた声が鼓膜(こまく)を揺らす。

 外は白い光に包まれて、何も見えない。何も聞こえない。


 ただ腕の中のロスが、俺を強く抱きしめる感触だけが残っている。


「おやすみ、相棒」 


 俺は光の中でゆっくりと目を閉じた。


 ※※※


 夜明け前。女性は呼び鈴で目を覚ました。

 廊下に出てきた幼い娘を抱き上げ、あやしながら玄関のドアを開ける。


「メアリ・カーターさんですね」


 玄関先に立つ男は、宇宙センターのバッジをみせて女性に静かに告げた。


「旦那様からのメッセージが届いています」

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― 新着の感想 ―
シリアスで切なく、胸がぎゅっとなりました。
最初の「生存者は一名」から一気に引き込まれました! とても設定が作り込まれていて、世界観に入り込んで行けました まさか最後にこんなことになるとは。最後の余韻に言葉を失いました
宇宙、それは人類に残された最後の……
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