宇宙人ケムの憂鬱
僕の名前はケム。
キュム星から地球侵略の先兵として日本へ送り込まれた。
5年が経ったが、まだ地球は侵略できていない。
僕の身体は厚さ1センチしかない。
目は4つあり、配置は左右非対称。
肘は前にも後ろにも曲がるし、歩けば膝が一度、地球人なら骨折と診断されそうな方向へ折れる。
どう見ても、地球人には見えない。
侵略前線基地は、谷野ビル3階にある円央キャリアサービス株式会社。
表向きは人材派遣会社という事に為っていて、僕ら侵略要員も普通に派遣社員として登録されている。
朝礼になると、目が縦に並んだ者、脚が6本ある者、首が背中から生えた者が会議室へゾロゾロ集まる。
容姿に多少の違いはあるが全員、キュム星人だ。
「えー、今月も派遣先からのクレームゼロでお願いしまーす」
所長がホワイトボードの前で言った。
侵略計画の話ではない。
「遅刻はしない。勤怠表は金曜までに出す。契約更新の面談は早めに受ける。以上、徹底してくださーい」
僕らは地球を征服しに来たはずなのだが、まず社会人としてちゃんとするよう求められていた。
僕の派遣先は株式会社三矢理工。
通信機器やレーダー、航空、防災、衛星関係に使われる高周波部品を作っている中小企業だ。
僕の仕事は営業管理と在庫管理。
本来の任務は、どこへ何が何個流れているかを調べ、地球側の通信網や警戒設備の配置を探ることだった。
「ケムくーん、東央通信さんの追加分、今月いけるー?」
部長が伝票を持って走ってきた。
僕は端末を開いて現状を確認した。
「第2倉庫に84個あります。来週分を引いても27個は出せます。ただ、そうすると月末の防災システム向けが足りなくなるので、今日中に製造へ前倒しを掛けます」
「助かるよー。君が来てから出荷が止まらなくなったからねー」
僕は端末を閉じた。
敵の警戒網を調べるために潜入したのに、その警戒網へ部品を切らさず送り込んでいる。
どこかがおかしい。
「ケム君さ」
部長が伝票を脇へ挟んだ。
「もう5年だろ。そろそろ正社員にならないか?」
僕は4つの目を順番に瞬いた。
どうしてそうなる。
「そうですよー。ケムさんがいなくなったら私、困ります」
隣の席からレイちゃんが顔を出した。
ショートカットの髪が揺れた。
彼女はいつも明るい。
「昨日の返品処理も助かりましたよー。ほんとケムさんてシゴデキですよね」
4つ目を見ろ。
4つあるだろ。
午後、レイちゃんからメッセージが届いた。
『駅前に新しい洋食屋できたの知ってます? 今度の休み、よかったら一緒に行きません?』
僕は予定表を開いた。
作戦会議は長引いても午前中には終わるだろう。
『午後なら大丈夫です、ぜひ行きましょう!』
素早く返信した。
その日の帰りも、僕はいつものコンビニへ寄った。
夜番のサヤさんがいるからだ。
サヤさんは、いつものように長い髪を後ろで束ね、レジの中から僕の弁当を見た。
「またそれ?」
「何がです?」
「揚げ物ばっかりじゃない。もっと野菜入ってるの選びなよ」
サヤさんは棚の下から別の弁当を出し、僕の袋へ滑り込ませた。
「今日、廃棄だから。黙って持ってって」
「いいんですか」
「捨てるよりいいじゃない。それに、ただでさえケムくん細いんだから、もっと食べなきゃ」
細いのではない。
薄いのだ。
レイちゃんもサヤさんも、僕の外見には一切触れなかった。
毎日がそんな調子で、侵略は遅々として進まなかった。
そこで僕は先発隊に声を掛け、休日に作戦会議を開いた。
敵に悟られないよう、場所は公園、名目はピクニック。
僕が着くと、バム、ゼム、ロムは全員家族連れだった。
「お前ら……何やってんだ?」
「何って、今日は作戦会議だろ?」
同期のバムはレジャーシートの上で唐揚げを食べていた。
隣には地球人の妻が座っている。
その膝元で、腕が6本ある小さな生き物が積み木を重ねていた。
頭の中央に口がある。
「そ、それは一体何だ」
「何って、ウチの息子だよ」
「息子?」
「どうだー、かわいいだろ?」
「ど、どこがどうかわいいんだ」
「昨日からつかまり立ちするんだぞ」
ゼムの娘は目が7つあった。
ロムの息子は腰から下が一本だった。
父親たちは写真を撮り、妻たちは弁当を広げていた。
ゼムが紙コップを置いた。
「そうだ、保育園、決まった?」
ロムが焼きそばを取り分けながら答えた。
「ああ。ま、第3希望だけどな」
バムが胸を張った。
「うちは住宅ローン通ったよ」
「いやいやいやいや、侵略の話をしよう!」
僕が立ち上がったところで、スマホが震えた。
レイちゃんからだった。
『日曜、13時に駅前でどうです?』
『大丈夫です!』
素早く返信してスマホをしまった。
「だいたい皆さ、侵略者としての自覚が足りないよ。もっと真面目に侵略やろうよ、侵略!」
3人が黙って僕を見た。
なぜかバムの妻まで不思議そうな顔で僕を見ていた。
その日を境に、僕は体調を崩した。
もともと1センチだった身体が8ミリになり、6ミリになり、とうとう5ミリを切った。
三矢理工ではレイちゃんに顔色が悪いと言われた。
電車では、優先席に座っていた老婆が僕を見上げた。
「あなた、ずいぶんお疲れねえ。ここ、お座りなさい」
「いえ、でも」
「いいのよ。顔色もかなり悪いし。倒れたら大変だから」
僕らには顔色という概念がない。
なのに、この老婆には何かが見えているらしい。
敵意なら対処できる。
侵略兵として訓練も受けた。
しかし親切にされた場合の対処法は教わっていない。
翌朝、とうとう熱が出た。
僕は5年間で初めて三矢理工を休んだ。
「大丈夫、仕事はこっちで回すから。ちゃんと治るまでムリして来るんじゃないぞ」
電話口で部長が言った。
少ししてレイちゃんからメッセージが来た。
『食べられそうなもの、持って行きましょうか?』
続いてサヤさんからも来た。
『今日も夜いるから。お弁当、取っておくね』
どうしてだ。
どうして誰も僕を怖がらないんだ。
スマホを伏せ、布団をかぶった。
熱にうなされながら眠りに落ちた。
目を閉じたのは、ほんの一瞬だった気がする。
突然、目覚ましが鳴った。
もう朝だった。
「何だ、何かおかしいぞ」
僕は起き上がり、スマホの奥に隠してある軍用AIの管理画面を5年ぶりに開いた。
『おはようございます、侵略兵ケム』
「僕の睡眠時間は」
『現地時間で8時間です』
「標準宇宙時では」
『1時間57分です』
「なに?」
僕は布団から身を起こした。
「この惑星の自転周期は」
『5時間59分48秒です』
「地球は」
『約24時間です』
僕はしばらく画面を見た。
「と、いう事はつまり、ここは地球じゃないのか」
『はい』
「じゃ、ここは一体どこなんだ」
画面に惑星情報が表示された。
大陽系第三惑星。
地休。
「……ホントーに、地球じゃない?」
『はい、地休です』
「きゅうの字が違う、と」
『はい』
AIの説明によれば、地休は旧版の『宇宙の歩き方』に掲載されていた有名な保養惑星だった。
太陽系第三惑星・地球と名称も位置もよく似ていたため誤訪問が多く、しかも一度滞在した異星人がなかなか帰らない。
新版では混乱防止のため掲載そのものが削除された。
キュム星軍の航法データも、その後更新されたという。
「じゃあ、つまり僕らは」
『旧版データを使用して出発しました』
「後続の部隊は?」
『現行データでは地休は目的地候補から除外されているので問題ありません』
僕は画面をにらんだ。
「そんな大事な事、知ってたなら、どうして教えてくれなかったんだ!」
『お問い合わせがありませんでしたので』
言葉が出なかった。
AIは恒星間通信で何年も前に更新されていた。
僕は何も知らないまま、5年もここで暮らしていたのだ。
「それにしても、どうして地休人は僕たちを見ても平気なんだ」
『地休人の視覚器官は、形態情報を主要情報として取得していません』
「では彼らは何を見ている」
『精神的情報……つまり、心です』
僕は絶句してしまった。
『対象の人格、感情、意図等を視覚像として構成します』
「ちなみに僕は、彼らにどう見えているんだ」
AIが少し間を置いた。
『勤勉で誠実。他者への配慮が強い存在として認識されているものと推測します』
「……最悪だ」
僕は額を押さえた。
「本物の地球はどうなった」
『後発の侵略部隊が到着済みです』
「おお! で、侵略は進んでるのか?」
『キュム星技術の民生転用に関する地球企業とのライセンス契約が拡大しています。第三四半期営業利益は過去最高です』
「……ホントかよオイ」
どうやら、本物の地球へ向かった連中も、侵略どころではなくなっているらしい。
そんな事より、もっと大事な問題がある。
窓の外では大陽が昇っていた。
ものすごい速度で空を横切り始めた。
僕はヘナヘナと力なく布団へ倒れ込んだ。
レイちゃんは明るい。
よく笑う。
休日にも僕と会いたがっている。
サヤさんは無愛想に見えるが、僕の食生活を覚えている。
疲れていると何も言わず弁当を足してくれる。
2人とも僕を見ると笑顔になる。
困ったことに、僕も2人を見るのは嫌いではない。
むしろ、かなり好きだ。
大陽はもう空の半分を越えていた。
僕がいま迫られている選択は、地球侵略なんかより、ずっとずっと、難しい。




