SF恐怖の未来都市二〇二六
西暦二〇二六年。
ここは東京未来都市。
半球形の住宅、円盤型高層棟、逆円錐の公共施設を透明連絡管がつなぎ、丸い発着場へ空中自動車が出入りする。
等間隔の街路樹の脇を、円筒形の清掃ロボットが滑っている。
五十年以上前の未来予想図を、実物大の模型にしたような街だ。
街頭表示板には赤い文字が流れている。
〈われらの明るい未来 東京未来都市〉
午前七時、第三生活区の朝が点灯する。
フクは学校指定の銀色の全身服に腕を通し、白い丸テーブルについた。
中央が開き、白、黄、赤の完全栄養錠を載せた小皿がせり上がる。
「黄色もちゃんと飲みなさい。今日は運動時間があるでしょう」
母は自分の白い錠剤を水で流し込む。
父は青い全身服の胸元を閉じながら、赤を一粒つまんだ。
壁際では二本アンテナの万能ロボットが、小皿を待っている。
フクは三色まとめて口へ入れた。
朝食は十秒で終わる。
学校へ向かう高速自動歩道で、二つ年上のマナが待っていた。
淡い桃色の全身服には皺ひとつない。
透明連絡管の外では〈科学で築こう 豊かな明日〉の球形広告塔と、原色の通勤客が後ろへ流れていた。
「今日のお昼、白なんだ」
フクがマナの携帯ケースを見る。
「フクも同じでしょう」
マナはケースを開き、昼食用の白い錠剤を一粒取り出した。
「ねえ、フク。これって、もともと何だったの?」
フクは錠剤を見る。
「何って、昼食じゃないの」
「その前の段階」
考えたことがない。
「調べれば分かるかな」
マナがケースをしまう。
「そのつもりで聞いたの」
放課後、二人は球形校舎の地下にある中央電子頭脳室へ入った。
壁一面の機械には丸いランプが並び、厚いガラスのブラウン管に緑色の文字が浮かんでいる。
下には紙テープと大小の押しボタンが並ぶ。
マナは鍵盤の前へ座る。
〈完全栄養錠とは、人体の成長および健康維持に必要な――〉
「それは知ってる」
指がすぐ次の検索語を打つ。
〈植物性澱粉原料、動物性蛋白質、脂質調整素材――〉
フクは画面を指した。
「植物性澱粉って何?」
「それを今から調べるの」
表示が切り替わる。
〈米 麦 大豆 鶏卵 牛乳 魚 豚肉〉
一番下でフクの指が止まる。
「豚肉って、肉?」
マナが首を傾げた。
「豚って何?」
二人とも答えられない。
今度はフクが原料供給地を押す。
〈都市環境管理区域外〉
「外?」
学校では、未来都市の管理基準に達していない旧生活圏と習っている。
次の項目へ触れると、画面が赤く点滅する。
〈警告!〉
二人は顔を見合わせた。
〈児童利用時間を超過しました。保護者承認を受けてください〉
マナが椅子を戻す。
「続きは大人を使おう」
夕食前、フクの家で父がブラウン管の表示を覗き込んだ。
「米なら知ってるよ」
マナの手が止まる。
「どんなものですか」
「食べ物だよ」
フクは父を見上げた。
「錠剤みたいなもの?」
父は首を振る。
「いや、そうじゃないんだ」
指先で卓上に小さな山を作った。
「白い粒でね。炊くと湯気が出る」
フクには「炊く」も分からない。
父は目を細める。
「魚も焼いたよ。皿に載せて、箸で食べた」
母が夕食錠を並べながら夫を見る。
「そんなの、まだ覚えてたの」
「僕は七つまで、外で暮らしてたからね」
工場が閉じた年、両親は住宅と仕事付きの移住募集に応じ、七歳の父も来た。
「じゃあ、外って昔は普通だったの?」
フクの問いに、父はすぐ答えない。
「僕が覚えてるのは、匂いとか音とか、そのくらいだよ。今どうなってるのかは分からないなぁ」
母が赤い錠剤を取り出す。
「道路を人が運転する車が走ってるんでしょう。食べ物だって毎日、自分で選ぶのよ」
マナの眉がわずかに動く。
「毎日ですか」
「そう習ったわ」
母はフクを見る。
「ここで困ったことなんて、一度もないでしょう」
窓の外では、空中自動車が円盤状の高層棟へ吸い込まれていく。
フクはその列を見てから父へ向き直る。
「今の外がどうなってるか、知ってる人はいないの?」
父は少し考えた。
「そうだなぁ、カズさんに聞いてみよう。僕よりずっと詳しい筈だ」
カズさんは中央生活区の古い研究者住宅にいる。
赤い全身服に黄色い髪。
部屋は本と旧式端末で埋まっている。
机の小型ブラウン管には、橙色の文字が流れていた。
窓の向こうを透明連絡管が交差する。
父が、子どもの頃に外で米を食べていた記憶を話すと、都市社会学者のカズさんは本を閉じ、父を見た。
「今も食べていますよ」
父とフクが同時に顔を上げる。
「今も?」
カズさんは旧式端末を操作した。
画面には道路、電柱、店、制服姿の学生が映る。
「ちなみに妻は外の生まれです」
フクは目を丸くする。
「カズさんが連れてきたの?」
「逆ですよ。向こうから来ました」
マナが身を乗り出す。
「どうして?」
「面白そうだったから、だそうです」
「外から来る人って、ほかにもいるんですか」
「見学に来る人なら、珍しくありませんよ」
カズさんは別の資料を開いた。
「完全栄養錠の原料も、今も外で作られています。米も野菜も、魚も肉も」
「秘密じゃないんですか」
マナの問いに、カズさんは首を振る。
「全て一般に公開されています」
フクは画面とカズさんを見比べた。
「じゃあ、なんでみんな知らないの?」
「そこまで知ろうとしないからでしょうね」
「未来都市って、ずっと実験してるんだよね」
「最初は未来そのものを造る実験でした。万博の次の年に始まって、全国へ広げる予定だったんです」
「広がらなかった?」
「費用が掛かり過ぎたんです。それで、今ある町をそのまま使う方が選ばれた」
「じゃあ、ここはどうして残ったんです?」
「既に人が住んでいたからです。解体するにもお金が掛かる。だから時代ごとに目的だけを変えてきた」
フクは首を傾げる。
「今は何を調べてるの?」
カズさんは少し笑う。
「最初は未来を試すためだった。でも今は、この街を残すために実験を続けているようなものです」
「いつ終わるの?」
「それがね、終了条件が決まっていないんですよ」
フクが眉を寄せる。
「終了条件?」
「そう……つまり、何をやったら実験は終わり、という決まりがないんです」
マナが窓の外へ目を向けた。
「カズさんは、外に住みたいと思わないんですか」
「行ったことはありますよ。でも僕はここが好きです」
空中自動車が透明連絡管の向こうを滑る。
「妻は外の雑然とした感じが好きで、僕はこの街の静けさが好きなんです」
フクは画面の町を見る。
「じゃあ、僕たちは?」
「一度、見てくるといい」
フクが目を見開く。
「外に行けるの?」
「外出承認があれば大丈夫です」
カズさんは二人を見る。
「知らないままアレコレ決めるより、一度自分の目で、見た方がいいでしょう」
フクは市民証を取り出す。
「お金は?」
「市民証で払えます」
「本当に?」
カズさんが笑う。
「ここは日本ですからね」
母はいい顔をしなかった。
「生ものなんて食べたら、お腹を壊すかもしれないのよ」
フクは鞄を肩に掛ける。
「食べるって決めてないよ」
マナが母へ頭を下げた。
「気をつけます」
父が外出承認を送る。
「僕が知ってる外の世界は三十年近く前のものだ。カズさんの言う通り、自分の目で見ておいで」
母は二人の市民証を順番に確認する。
「約束よ。夕食錠の時間までには帰ること」
連絡所への歩道は、半球形の住宅と逆円錐の公共棟の間を伸びる。
頭上を空中自動車が流れていた。
銀色の連絡所には二重扉と消毒灯が並ぶ。
制服姿の係員が二人へ近づいてきた。
「君たち、外へ行くのかな?」
フクは市民証を握り直した。
「は、はい」
係員は受け取った市民証を読み取り機にかざす。
表示を確認すると、フクへ返した。
「今日は暗くなるのが早いから、遅くならないようにね」
二人は立ったままだ。
係員が扉の向こうを指す。
「ああ、それと向こうは自動車が地面を走るから、横断歩道では気をつけるんだよ」
そう言って開閉盤へ向かい、丸いボタンを押した。
「じゃあ、楽しんでおいで」
警告灯が回り、銀色の扉が左右へ開く。
その向こうに最初に見えたのは、一本の電柱だった。
アスファルトと信号があり、軽自動車が赤信号で止まっている。
雑草の脇でカラスが袋をつつき、自転車の女が二人を見て通り過ぎる。
コンビニの前では制服姿の高校生が何かを食べている。
マナが辺りを見回す。
「……普通だね」
「何が?」
フクの問いに、マナはもう一度町を見る。
「分かんない」
二人はコンビニへ入った。
棚にはパン、弁当、菓子、飲料が、色も形も違って並んでいる。
マナが三角形の包みを一つ手に取る。
「フク。これ」
裏面に〈米〉と書いてある。
二人はおにぎりを一個だけレジへ持っていく。
フクがおそるおそる市民証を差し出した。
機械が短く鳴る。
「未来都市から?」
店員が二人を見る。
「はい」
フクが答えると、店員は商品を渡した。
「珍しいね」
それだけだった。
店の外で包装を開く。
マナが先に一口かじった。
「噛むんだ」
フクも反対側からかじる。
「うん」
マナはしばらく口を動かす。
「時間かかるね」
「うん」
飲み込んでから指先を見る。
「手にもついた」
フクも指を見る。
「うん」
朝なら十秒で終わっていた。
マナは残ったおにぎりへ目を落とす。
「面倒ね」
「うん」
二人とも、もう一口食べる。
夕方、第一外部連絡所の向こうで帰還チャイムが鳴る。
高層棟の間を空中自動車が流れ、透明連絡管には帰宅客が並んでいた。
ゲートの上では赤い文字が光っている。
〈われらの明るい未来〉
背後では国道を車が走る。
コンビニから買い物袋を下げた男が出てきた。
マナが、食べかけのおにぎりを持つフクを見る。
「帰る?」
フクは答えない。
もう一度、チャイムが鳴る。
銀色の扉が、ゆっくり動き始めた。




