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私を捨てた婚約者へ――今、あなたの父上と暮らしています 〜妹に婚約者を奪われた悪役令嬢ですが、元婚約者の父に選ばれました〜

作者: LackRock
掲載日:2026/10/19

挿絵(By みてみん)


「お姉様。レオン様との婚約を、解消してくださいませ」


 妹のリリアがそう言ったのは、三か月後に迫った婚礼の日取りを決めるための昼餐会(ちゅうさんかい)だった。


 春薔薇を飾った卓上には銀食器が並び、祝杯を待っている。その中央で、二十一歳の妹は美しく泣き、私の婚約者レオン・ヴァルケインへ縋(すが)っていた。二十八歳、四年前から私の夫になる予定だった男だ。上座には、その父グラディウス公爵がいる。


「いつから?」


 私が訊くと、レオンがわずかに眉を寄せた。


「セレスティア、その訊き方は――」


「あなたには訊いていませんわ」


 そのまま視線を妹へ戻す。


「いつからなの、リリア」


「……半年ほど前からです」


「あら。案外、我慢したのね」


 リリアの顔が強張った。


「どういう意味ですの?」


 私は紅茶の表面を眺めながら、少しだけ笑った。


「あなた、昔から私のものが欲しかったでしょう?」


 私が持てば欲しがり、手に入れれば飽きる。昔から変わらない。


「まさか、レオン様まで同じとは思わなかったけれど」


「お姉様!」


 リリアが声を上げた横で、レオンが椅子を鳴らした。


「妹を侮辱するな!」


「では、あなたのお話をしましょうか」


 私はようやく彼を見る。


「あなたは、自分より少し愚かな女がお好きでしょう?」


 空気が凍った。


「取り消せ」


 低い声だった。


 私は首を傾げる。


「では言い換えるわ。自分がいなければ困る女の隣でしか、強い男になれないのね」


「セレスティア!」


 レオンが声を荒らげる。


 私は眉ひとつ動かさなかった。


「あなた、言い返せなくなると昔からそうするでしょう」


 レオンは黙った。


 それが答えだった。


 リリアは堪えきれなくなったように涙を溢れさせる。


「私はずっと、お姉様と比べられてきたのよ! 何をしてもセレスティアならもっと上手くできたと言われて、私はいつも二番目だった!」


「知っていたわ」


 妹の呼吸が止まった。


「知って……いた?」


「あなたが私を嫌っていたことも、鏡の前で泣いていたことも」


「だったら、どうして!」


 私は静かに首を傾げた。


「助けなかったのか、って?」


 リリアは答えなかった。


 だから続ける。


「あなたが苦しいからといって、私が劣ったふりをする義務はないでしょう?」


 妹の瞳(ひとみ)へ憎しみが浮かぶ。その顔のほうがよかった。ようやく本音が見えたから。


「そういうところが嫌いなのよ!」


 私は小さく息を吐いた。


「ええ。私もあなたを、それほど好きではなかったわ」


 静寂が落ちた。


 悪役令嬢と呼ばれるなら、少しくらい期待に応えてもいい。


「それと、北棟の別邸」


 二人の顔が同時に変わった。


 私はその変化を見逃さなかった。


「半年ほど前から、何度も一緒に朝を迎えているわね」


「なぜ、それを……」


 レオンの声が掠れる。


「この家の執事長は、誰がどの部屋を使い、どの馬車が夜明け前に戻ったかまで把握しているものよ」


 私は彼へ笑いかけた。


「次の当主になるつもりなら、自分の家の使用人がどれほど優秀かくらい知っておくべきだったわね」


 リリアが唇を震わせる。


「知っていて黙っていたの?」


「ええ」


「どうして!」


 私は二人を見比べた。


「あなたたちが、どこまで醜くなれるのか見ていたかったから」


 レオンが拳を握る。


「俺は、お前といて苦しかったんだ。何でも一人でできる。俺を必要としない。隣にいると惨めになる」


「それで、私が作った領地報告書を自分の成果としてお父様へ提出したの?」


 上座でグラディウスの眉が動いた。


 私は視線だけを父子の間に滑らせる。


「北部鉱山(こうざん)の改善案も、港の税制見直しも、私が作ったものよね?」


「共同で――」


「あなた、最後の三頁しか読んでいなかったでしょう」


 レオンは口を閉ざした。


 私は冷めた紅茶を一口飲んだ。


「私の能力は欲しい。でも私より下に見られるのは嫌。だから成果は自分のものにして、恋人には自分を必要としてくれる女を選んだ」


 そして妹へ視線を移す。


「お似合いですこと」


 リリアは何も返せなかった。


 もう十分だった。


「婚約を解消しましょう」


 二人とも驚いた顔をした。望んでいたはずなのに。


「そんな簡単に……」


 レオンが呟く。


 私は彼をまっすぐ見た。


「簡単ではないわ。四年かけて、あなたを嫌いになったのだから」


 上座のグラディウスが、そこでようやく口を開いた。


「婚約解消は認める。ただしレオン。今日からお前を後継者としての立場から外す」


「父上!」


「恋をしたからではない」


 グラディウスは息子の言葉を遮った。


「責任を捨て、他人の成果を奪い、欲しいものだけを拾った。その未熟さを問うている」


 低い声が広間へ落ちる。


 レオンが何か言おうとしたが、グラディウスは続けた。


「四年は、お前には捨てれば済む時間かもしれん。だが、他人の四年まで軽く扱う権利はない」


 その言葉だけは痛かった。


 私はそれを、レオンから聞きたかったのだ。


◇


 半年後、レオンとリリアは結婚した。


 王都では「真実の愛」ともてはやされたが、レオンは後継へ戻れず、賠償金(ばいしょうきん)を払い、公爵邸からも出された。リリアが手に入れたのは、未来の公爵ではなく、ただのレオンの妻という立場だけだった。


 私は逆に、奇妙な形でヴァルケイン家へ戻った。


「領地経営を手伝ってほしい」


 そう言ったのはグラディウスだった。


 私は思わず彼を見る。


「元婚約者を屋敷へ住まわせるの?」


「領地まで毎日通わせるほうが無駄だ」


「噂になりますわ」


 グラディウスは肩をすくめた。


「もう充分なっている」


 公爵夫人になるために覚えた知識は、男を失って初めて私自身のものになった。


 グラディウスとは、昼は帳簿を挟んで争い、夜は同じ食卓についた。


 ある晩、亡き夫人の話になった。


「奥様を愛していらしたの?」


 彼はしばらく杯を眺めていた。


「分からん」


「二十年以上連れ添って?」


「だから分からんのだ」


 そう言って、ようやく葡萄酒を口にする。


「若い頃は美しいと思った。抱きたいとも思った。だが死ぬと分かって初めて、訊きたくなった。私といて幸せだったか、と」


「訊かなかったの?」


 彼の手が止まった。


「怖かった」


 強い男の弱さというものは、時に裸体より無防備(むぼうび)だ。


 気づけば私は、彼の横顔を見つめていた。


「そんな目で見るな」


「どんな目?」


「息子に向けたことのない目だ」


 胸の奥がざわつく。


 私はそれを隠すように、わざと笑った。


「あなたの息子より、あなたのほうがずっと興味深いだけですわ」


 彼の目が変わった。


 その瞬間、レオンの顔が浮かぶ。


 知ったら、どんな顔をするだろう。


 そう思った自分を、私は嫌いではなかった。


「私を欲しいと思ったことは?」


 グラディウスは呆れたように息を吐いた。


「お前は本当に質が悪いな」


「今さら?」


 長い沈黙のあと、彼は視線を逸らした。


「ある」


「いつから?」


「訊くな」


 私はさらに一歩踏み込む。


「息子の婚約者だったから?」


「違う」


 返答は早かった。


 それが妙に嬉しかった。


 私は彼との距離を詰める。


「今ならまだ逃げられますわよ」


「お前こそ」


 唇が触れた。


 亡き妻も、息子も、妹も、醜聞(しゅうぶん)も頭をよぎった。それでも、その背徳(はいとく)は少し甘かった。


◇


 春、リリアが公爵邸へやってきた。


「レオン様が、他の女のところへ通っています」


 相手は夫を亡くしたばかりの伯爵夫人。領地経営に困り、レオンを頼っているらしい。


 私は思わず笑った。


「何がおかしいの!」


「何も変わっていないと思って。彼は、自分を英雄にしてくれる女が好きなのよ」


「私だって必要としているわ!」


 私はカップを置いた。


「夫になれば、尊敬だけしてはいられないもの」


 リリアの目から涙が落ちる。


「お姉様なら説得できるでしょう?」


「あなたが壊したものを、私に直せと?」


「どうして私が手に入れた途端、全部駄目になるのよ!」


 その言葉で、ようやく確信した。


「あなた、レオンが欲しかったんじゃない」


「違う!」


 私は妹から目を逸らさない。


「私になりたかっただけ」


「違う!」


「なら答えて」


 一拍置いてから、問いを落とす。


「レオンが公爵家を継ぐ男でなくても、私の婚約者でなくても、あなたは欲しがった?」


 リリアは答えなかった。


 それで充分だった。


「ひどい……」


「知っているわ」


「お姉様は昔から残酷よ!」


 私は少しだけ笑った。


「あなたもでしょう?」


 妹の目が揺れる。


「私が泣いて縋(すが)るところを見たかったのよね。残念ね。期待どおりには壊れてあげられなくて」


 そのとき扉が開いた。


 グラディウスだった。


 彼は自然に私の肩へ手を置く。


 リリアの顔が青ざめた。


「……嘘」


「そうだ」


 短く答えたグラディウスを見て、妹の唇が震える。


「気持ち悪い! あなたはレオン様のお父様でしょう!」


 少しだけ胸が痛んだ。


 けれど私は笑った。


「そう?」


「最低よ!」


「ええ」


 私はその言葉を受け入れた。


「最初にこの人を男として意識したとき、少しだけ思ったの。レオンが知ったら、どんな顔をするかしらって」


 リリアが絶句する。


 私はグラディウスの手へ、自分の指を重ねた。


「でも復讐だけなら、こんな暮らしは退屈すぎるわ。それでも隣にいたいと思うから困っているの」


 グラディウスが低く言った。


「私は復讐道具になるつもりはない」


 私は彼を見る。


「知っていますわ」


「ならいい」


 それだけで、充分だった。


◇


 数週間後、一族会議でレオンは正式に後継から外された。


「結局、父上は俺よりその女を選ぶのか!」


 グラディウスは疲れた目で息子を見る。


「お前はまだ、誰かに奪われたと思いたいのか」


「俺から全部奪っておいて!」


 私は思わず笑った。


「全部?」


 レオンがこちらを睨む。


 私はゆっくり立ち上がった。


「私を捨てたのはあなた。責任を捨てたのも、リリアを選んだのも、私の仕事を自分の成果にしたのもあなた」


 レオンの拳が震える。


 私はその正面に立った。


「自分で床へ投げ捨てたものを、誰かに盗まれたと言うのは見苦(みぐる)しいわ」


「悪女め……!」


 その言葉に、思わず笑みがこぼれた。


「ようやく気づいた?」


 一歩だけ距離を詰める。


「でも残念ね。あなたを不幸にするためだけに生きるほど、私はあなたを愛していないの」


 レオンは何も言えなかった。


 それが一番、気持ちよかった。


◇


 今も私はヴァルケイン公爵邸で暮らしている。


 グラディウスとは、まだ結婚していない。


 ある夜、同じソファで本を読んでいると、彼が言った。


「お前は本当に悪女だな」


 私は頁をめくる手を止めた。


「今さら?」


「嫌いになったと言ったら?」


 本を閉じ、彼を見る。


「追い出されるまでは居座りますわ」


 グラディウスが口元を緩めた。


「なら一生だな」


 私は少しだけ目を細める。


「それ、求婚ですの?」


「嫌なら取り消す」


 今度は私が笑った。


「嫌とは言っていませんわ」


 彼の襟元を引き寄せ、軽く唇を重ねる。


 私を捨てた婚約者へ。


 今、私はあなたの父上と暮らしています。


 あなたが知ったときの顔を、少し楽しみにしていたことくらいは認めてあげる。


 だって私は、可憐な令嬢でも、妹を赦(ゆる)す優しい姉でも、すべてを水に流す聖女でもない。


 悪役令嬢なのだから。


挿絵(By みてみん)

最後までお読みいただきありがとうございました。

楽しんでいただけましたら、感想や評価をいただけると嬉しいです。


同じ悪役令嬢ものの全4話完結作『悪役ドリル令嬢』も公開しています。

ページ下部のリンクから、ぜひお読みください。

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― 新着の感想 ―
挿絵良かったです。 こんなおじ様なりありだなって思えて
よくある妹になんでも奪われる姉とは性格が変わっていて、見ていて清々しい主人公でした。 挿絵にAIを使うのは別にいいと思うんです。 でも、ちょっと豪奢すぎると言いますか、ド派手すぎるといいますか。絢爛…
AIイラストを載せていると、小説の方もAI使用なんだなと思われてしまいますよ。 実際にそうなのでしたら余計なお世話になりますが。
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