創作能楽小説『黒椿歌仙』 連句の巻
最新エピソード掲載日:2026/07/22
枯野の果ての庵に、一通の文が届く。
「発句は、客じゃ」
戸を叩いたのは、旅装の痩せた年寄り――旅に病んで夢は枯野をかけ廻る、と一句だけ残して、雪の中へ消えていった。
以来、庵には、季ごとに、客が来る。
朽ちた船を悔いる将軍。話に埋もれた小町。歌を捨てた帝。愚痴で三位に上った老武者。忍ぶ恋の斎院。手毬の僧。最古の声。旗を返しにゆく将軍。君と呼ぶほかを知らぬ歌人。石をもて追われた青年。
名は、誰も、名乗らない。
黒い椿の筆を持つ少女が、下りた句だけを、書き留めていく。
亭主は、書物の山に埋もれたセンセ。
酌をすれば右に出る者のない女。
寒い寒いと言うている、貧乏神。
そして、無口な、福々しい大男。
一句が付くたび、庵の外の季節が、動く。
枯野に雪が降り、雪が解け、菜の花が咲き、蠅が飛び、柿が実り――やがて、また、枯野に還る。
三十六句、四百年。俳諧と和歌の亡者たちが、名を伏せたまま巻いていく、一巻の歌仙。
【備考・作品解説】
・本作は、俳諧の連歌「歌仙」(発句+三十五句=三十六句で一巻)の形式を、そのまま物語の構造にしています。
・各話の題は、その回で詠まれる一句。発句「旅に病んで夢は枯野をかけ廻る」(芭蕉)ほか、四季の各折の頭の四句は実在の名句、残る三十二句は作中人物の作です。
・「打越を嫌う」(前々句の世界に戻らない)「花の定座」(花の字は決められた席にのみ置く)等の式目を、物語の掟として用いています。花の一字が、三十五句のあいだ一度も詠まれず、最後の一句まで取ってあるのは、そのためです。
・登場する客は、いずれも実在の歌人・俳人ですが、その言動・逸話には創作を含みます。史実の細部と異なる箇所があります。
「発句は、客じゃ」
戸を叩いたのは、旅装の痩せた年寄り――旅に病んで夢は枯野をかけ廻る、と一句だけ残して、雪の中へ消えていった。
以来、庵には、季ごとに、客が来る。
朽ちた船を悔いる将軍。話に埋もれた小町。歌を捨てた帝。愚痴で三位に上った老武者。忍ぶ恋の斎院。手毬の僧。最古の声。旗を返しにゆく将軍。君と呼ぶほかを知らぬ歌人。石をもて追われた青年。
名は、誰も、名乗らない。
黒い椿の筆を持つ少女が、下りた句だけを、書き留めていく。
亭主は、書物の山に埋もれたセンセ。
酌をすれば右に出る者のない女。
寒い寒いと言うている、貧乏神。
そして、無口な、福々しい大男。
一句が付くたび、庵の外の季節が、動く。
枯野に雪が降り、雪が解け、菜の花が咲き、蠅が飛び、柿が実り――やがて、また、枯野に還る。
三十六句、四百年。俳諧と和歌の亡者たちが、名を伏せたまま巻いていく、一巻の歌仙。
【備考・作品解説】
・本作は、俳諧の連歌「歌仙」(発句+三十五句=三十六句で一巻)の形式を、そのまま物語の構造にしています。
・各話の題は、その回で詠まれる一句。発句「旅に病んで夢は枯野をかけ廻る」(芭蕉)ほか、四季の各折の頭の四句は実在の名句、残る三十二句は作中人物の作です。
・「打越を嫌う」(前々句の世界に戻らない)「花の定座」(花の字は決められた席にのみ置く)等の式目を、物語の掟として用いています。花の一字が、三十五句のあいだ一度も詠まれず、最後の一句まで取ってあるのは、そのためです。
・登場する客は、いずれも実在の歌人・俳人ですが、その言動・逸話には創作を含みます。史実の細部と異なる箇所があります。
一 翁 ――発句は、客じゃ
2026/07/20 20:47
二 発句 ――旅に病んで夢は枯野をかけ廻る
2026/07/20 20:48
三 狂言「脇」 ――筆の氷を焙る囲炉裏火
2026/07/20 20:48
四 実朝 ――大船の朽ちし渚も雪降りて
2026/07/20 20:48
五 狂言「四句目」 ――帰らぬ舟を待つ人のあり
2026/07/21 21:00
六 小町 ――面影は問はず照らすや冬の月
2026/07/22 21:00