↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
創作能楽小説『黒椿歌仙』 連句の巻  作者: 堀吉 蔵人


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
18/38

十八 狂言「十七句目」 ――旅の餞鶴と亀とを

文台の上に、句が、十六。


 順は、勝手に回った。大男の番である。


 座には、前の折の記憶があった。あの鐘のような声と、七七に五品盛りの膳である。よって今回は、待つ側にも、支度があった。


「五品と見た」とセンセが言うた。

「七品」と女が言うた。

「……三品」と、爺までが、湯呑みの陰から参加した。


 賭けの中身は、誰も口にしなかったが、全員が了解していた。盛り数である。


 大男は、燗の徳利を置き、前掛けで手を拭い、のっそりと文台の前に立った。

 巻を、上から下まで、一度、読んだ。

 行く春や、告げぬ別れの、のところで、大きな指が、すこし、止まった。


 息を、吸うた。


「——旅の餞鶴と亀とを」


 鐘の声が、鳴った。


 執筆の筆が、下りた。


 座は、勘定に入った。


「……二品」


 とセンセが、呆然と言うた。


「二品じゃと? 鶴と、亀。それだけじゃと? 前の折は五品盛ったであろうが! 賭けが、全員、外れたわ!」


 女も、指を折り直して、首をかしげた。


「……いえ、センセ。待ってください。品数は二つですけど——鶴は千年、亀は万年ですよ。……盛った量なら、千年と万年。過去最大じゃありませんか」


 センセが、文台に飛びついた。


「……む。……むむ。数を減らして、嵩を増やしおった。……盛りの、格が上がっておる……」


 盛りの道にも、精進というものがあるのである。


 気を取り直して、センセは検分に入った。


「付けは——前句、告げぬ別れの旅衣。別れを告げずに発つ人に、餞を、と。……ふむ。旅立ちに餞。順当と言えば順当じゃが。しかし鶴と亀を旅人に持たせてどうする。荷になるわ。歩けんわ。生き物ぞ」


「持たせるんじゃありませんよ」と女が言うた。「祈りですよ。千年でも万年でも、道中、息災でって。……告げずに発った人は、餞を、もらいそこねてますからね。誰かが、後からでも、持たせてやらないと」


 告げぬ別れに、餞を置く。

 言われてみれば、それしかない付けであった。言われるまで、誰にも見えない付けでもあった。


 さて、その晩、もうひとつ、妙なことが起きた。


 大男が、詠み終えて勝手へ戻ると思いきや、のっそりと表へ出ていったのである。

 戻ってきた手に、梅が、一枝あった。

 どこの梅か、誰も知らない。庵の周りに梅の木があったかどうかも、誰も知らない。あることに、なったのであろう。この庵の表は、そういう表である。


 大男は、徳利に水を張り、梅を活け、客の円座の、かたわらに据えた。

 据えて、勝手へ戻った。


「……誰か、来るのかい」


 と爺が聞いた。

 大男は、答えなかった。無口なのである。答えないのが、答えであった。


 戸の開く神には、来る客が、匂うのかもしれない。


 センセが、活けられた梅を見て、みるみる、青くなった。


「……梅。……梅と、来客。……おい、まさか。まさか次の御方は、あの——いや、それより、待て。あの御方の、あのいちばん有名な歌には、確か——花の字が、入って——」


 センセは、頭を抱えた。


「——ご法度を、どう、申し上げればよいのじゃ! よりにもよって、あの御方に!」


 誰も、助け舟を出さなかった。式目の番人は、センセなのである。番人の胃だけが、春の夜に、きりきりと鳴った。


 文台の上に、句が、十七。


 ——旅の餞鶴と亀とを


 表の夜風が、いつからか、東から吹きはじめている。

面白かったら評価とブックマークいただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。