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消印のない夏

作者:四方 闇
最終エピソード掲載日:2026/10/23
「私、あんたのこと、ずっと嫌いだった」

十年前の夏、僕は灯にそう言われた。

高校最後の夏休み。
海辺の小さな町で育った僕と灯は、いつも一緒だった。

東京の大学への推薦が決まった僕に、灯は突然「東京へ行け」と言った。
二週間ぶりに返ってきたメッセージ。
左手に巻かれた不自然な包帯。
知らない男の車。
そして、何かを隠しているような、灯の目。

問い詰めても、灯は何も答えなかった。

最後に僕へ残した言葉は、
「ずっと嫌いだった」
だった。

その日を境に、灯は僕の前から消えた。

僕は東京へ行き、故郷を離れた。
灯のことを忘れようとした。
忘れたつもりだった。

十年後。

父の葬儀のため故郷へ戻った僕は、実家の郵便受けに一通の手紙を見つける。

差出人は、灯。

十年前の日付が記された、古い手紙だった。

なぜ、今まで届かなかったのか。
なぜ灯は、あの夏に僕を突き放したのか。

封を開けることができないまま、僕は灯を知る人たちを訪ね始める。

すると、十年前の夏、町で起きたある出来事が少しずつ浮かび上がってくる。

僕が知らなかった事故。
灯が隠していた秘密。
そして、灯が最後まで守ろうとしていた「ある人」の存在。

記憶の中の灯は、僕を嫌っていた。

けれど、手紙に残されていた言葉は、その記憶とはまったく違っていた。

――手紙は、切手を貼ってこそ手紙なんだよ。

一度、誰かの手を離れた言葉は、もう自分の思い通りには届かない。

十年前、灯が僕に嘘をついた理由を知ったとき、
僕は初めて気づく。

あの夏、僕が失ったと思っていたものは、
本当は灯が命を懸けて守ろうとしていたものだったのだと。

そして最後に僕が読むことになる一通の手紙には、
十年間、誰にも言えなかった灯の本当の気持ちが綴られていた。

それは、愛している人に嫌われることでしか守れなかった、
ひとりの少女の最後の嘘だった。
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