夫は色の名前をひとつも知りませんでした。けれど私が染めた布を、一枚も手放しませんでした
最新エピソード掲載日:2026/04/09
イレーネは伯爵家の令嬢にして、王都でも指折りの染色師だ。
令嬢らしからぬ指先の染みも、藍瓶の発酵臭も厭わない。茜を煮出すときの工房の熱気も、布を引き上げた瞬間に現れる色の深さも、彼女にとっては何ものにも代えがたい。
ところが、政略結婚の相手は北の辺境を治める若き辺境伯クラウス。噂では「灰色の城」と呼ばれ、色のある調度も衣服もないという。
嫁いだ先は、本当に灰色だった。城壁も食器も使用人の衣も全て無彩色。——けれど城の地下蔵には、褪せた古い染め布が大量に眠っていた。
この土地にはかつて、鮮やかな染色文化があった。なぜ失われたのか、誰も教えてくれない。
イレーネは夫にひとつだけ頼んだ。
「染めることを、お許しいただけますか」
無口な夫は、短く頷いた。
——そして彼女が最初に染め上げた茜色の布を、翌朝、執務室の壁にそっと掛けていた。
忘れられた色を取り戻す染色師と、色の名前を知らない夫の物語。
令嬢らしからぬ指先の染みも、藍瓶の発酵臭も厭わない。茜を煮出すときの工房の熱気も、布を引き上げた瞬間に現れる色の深さも、彼女にとっては何ものにも代えがたい。
ところが、政略結婚の相手は北の辺境を治める若き辺境伯クラウス。噂では「灰色の城」と呼ばれ、色のある調度も衣服もないという。
嫁いだ先は、本当に灰色だった。城壁も食器も使用人の衣も全て無彩色。——けれど城の地下蔵には、褪せた古い染め布が大量に眠っていた。
この土地にはかつて、鮮やかな染色文化があった。なぜ失われたのか、誰も教えてくれない。
イレーネは夫にひとつだけ頼んだ。
「染めることを、お許しいただけますか」
無口な夫は、短く頷いた。
——そして彼女が最初に染め上げた茜色の布を、翌朝、執務室の壁にそっと掛けていた。
忘れられた色を取り戻す染色師と、色の名前を知らない夫の物語。
第一話 藍瓶の香りがする工房で
2026/04/04 07:30
第二話 嫁入り道具は染料百色
2026/04/04 12:30
第三話 北の街道を行く馬車
2026/04/04 17:30
第四話 灰色の城門
2026/04/04 19:30
第五話 辺境伯クラウス
2026/04/04 21:30
第六話 灰色の城の中へ
2026/04/05 07:30
第七話 侍女長ヘルミーネの歓迎
2026/04/05 12:30
第八話 リゼッテという侍女
2026/04/05 17:30
第九話 地下蔵の古い染め布
2026/04/05 19:30
第十話 茜色を染める
2026/04/05 21:30
第十一話 執務室の壁に掛かる茜色
2026/04/06 07:30
第十二話 工房になった空き部屋
2026/04/06 12:30
第十三話 旧染料園への道
2026/04/06 17:30
第十四話 野生の染料植物
2026/04/06 19:30
第十五話 藍の失敗
2026/04/06 21:30
第十六話 水と土の違い
2026/04/07 07:30
第十七話 媒染の調整
2026/04/07 12:30
第十八話 ヨハンの話す昔のこと
2026/04/07 17:30
第十九話 藍の染め直し
2026/04/07 19:30
第二十話 深い藍が染まる日
2026/04/07 21:30
第二十一話 夫の「きれいだな」
2026/04/08 07:30
第二十二話 古い布の裏の文字
2026/04/08 12:30
第二十三話 霧朝という色の名前
2026/04/08 17:30
第二十四話 リゼッテの色への目覚め
2026/04/08 19:30
第二十五話 クラウスが工房を覗く
2026/04/08 21:30
第二十六話 祈り色とは何か
2026/04/09 07:30
第二十七話 ヨハンの師匠の木
2026/04/09 12:30
第二十八話 祈り色の調合への挑戦
2026/04/09 17:30
第二十九話 季節の変わり目
2026/04/09 19:30
第三十話 婚礼の依頼
2026/04/09 21:30