表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夫は色の名前をひとつも知りませんでした。けれど私が染めた布を、一枚も手放しませんでした  作者: ヲワ・おわり


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

64/70

第六十四話 あなたの仕事を、一番大切なものに

翌日の昼、クラウスが工房に来た。


珍しかった。クラウスが工房に来ることは、あまりない。来た時は何か用がある時だ。


「贈答品を決めた」


「……何にしますか」


「お前が染めた布を使う」


工房の中が、静かになった。


「この国の最上位に届けるものに」とクラウスは続けた。「グラウエンの染色師の仕事を使う。それが——この令を撤回させる最も確かな方法だ」


「……」


政治的な意味は分かった。国王への贈答品に、グラウエンの染色を使う。令が撤回されていない土地の色が、国王の手元に届く。贈答品として届けることで、グラウエンの染色の存在を最高位の人物に示す。法的な上申と合わせれば、圧力になる。


でも、それだけではない気がした。


「あなたは」とイレーネは言った。「わたしの仕事を、信頼しているのですね」


クラウスが少し動いた。


「戦略として有効だ」


「それだけですか」


「……」


沈黙があった。「それだけでは、ない」という沈黙だった。


「この人はいつも、行動で言う」という確信が来た。言葉にしないのではなく、行動が先に来る人だ。工房の費用を領の経費に入れたのも、上着を肩に置いたのも、「この土地の色は、この土地のものだ」と宣言したのも——全部が、言葉の前に行動だった。


「一番大切なものに」という言葉を、心の中でゆっくり繰り返した。


「何を染めますか」とイレーネは聞いた。「指定はありますか」


「あなたが選んでいい」とクラウスは言った。


「……わたしが」


「グラウエンの染色師が選ぶ布、と言う意味だ。わたしには選ぶ基準がない」


「分かりました」


クラウスが工房の中を見た。布が並んでいる。染料の桶が並んでいる。乾燥台に仕上がった色がある。


視線がイレーネに戻った。


「疲れているか」


「……え」


「顔が疲れている」


「少し、眠れていなかっただけです。最近色々と——」


「無理をするな」とクラウスは言った。「最良の仕事ができる時に染めればいい。国王への贈答品だ。焦る必要はない」


「……」


「焦って作ったものを届けても、意味がない」


その言葉は実用的な説明だ。でも実用的な説明が、深い配慮として届いた。疲れに気づいた。言った。焦るなと言った。


「……ありがとうございます」


「あとはヨハンと決めてくれ」とクラウスは言って、工房を出た。


夜、布を選んでいた。


どの布を使うか、どの色を染めるか。桶の前に座りながら、候補を並べた。


ふと気づいた。


「クラウスは——この仕事の何を信頼しているのか、聞いたことがない」


技術か、結果か、この土地への影響か——何を見て「信頼している」と感じているのか。


「聞いてみたい」という気持ちが、静かに来た。

次話も更新されます。引き続きよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ