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夫は色の名前をひとつも知りませんでした。けれど私が染めた布を、一枚も手放しませんでした  作者: ヲワ・おわり


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第六十三話 国王への贈答品

昨日の賑やかさの余韻が、まだ城の中に残っている気がした。


木の実は小さかった。


親指の先ほどの大きさで、まだ緑色だ。熟していない。でも——実がついている。師匠が植えた木に、ヨハンが十年以上手入れをし続けた木に。


「今年ですね」とヨハンが静かに言った。


「……今年、実がつきました」


「染料の実になるのは、来年以降です。でも——いつかなると分かって待つのと、分からずに待つのとでは、違います」


「そうですね」


ヨハンが木に手を触れた。葉の裏を確認している。大切に扱っている。


翌日、クラウスが書斎に呼んだ。


「王都への上申の機会がある」と言った。


「どういうことですか」


「毎年、辺境伯は国王に贈答品を届ける慣習がある。上申書を添える形で送る。今年はその機会を使う」


「上申書と一緒に」


「褫奪令の正式撤回を求める上申書を、贈答品と共に届ける」とクラウスは言った。「ディートリヒへの対応は引き分けだった。次の手は王都への直接上申だ」


イレーネは少し考えた。


「贈答品は何を」


「……まだ決めていない」


「何か染められるものがあれば」とイレーネは言った。「申し出させてください。この土地の色を、贈答品にできるのであれば——色そのものが、撤回を求める理由になります」


クラウスが少し間を置いた。


「……考えてみる」


それだけ言って、話を切った。しかし「考えてみる」と言った時の顔が、何かを決めた人の顔だった。


フリッツが廊下で待っていた。


「贈答品のことをお聞きになりましたか」


「はい」


「例年は——王都の工芸品を購入して届けていました」とフリッツは言った。「今年は……変わりそうですね」


「そうなりそうです」


「よかった」とフリッツは言った。


「よかった?」


「例年の贈答品は、良いものですが——グラウエンらしさがない。今年は、違うものになる。それがよかった、という意味です」


工房に戻った。


「何を染めれば、国王の目に留まるか」という問いが頭の中に来た。染色師としての問いだ。誰かの手に届く時、何がその人の心に届くか。


色だけではない。布の質も、形も、込めたものも——全部が届く。


グラウエンでしか出ない色。この土地の水と植物で作った色。それが国王の手に届く時、この土地の三十年が一緒に届く。


「何を染めよう」


桶の前に立ちながら、考えた。

次話も更新されます。引き続きよろしくお願いします。

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