第四十一話 フリッツの何気ない一言
朝食の席に、フリッツが来た。
クラウスは今日も書類を持ち込んでいて、食事の半分は書類を読んでいる。フリッツがそれを見慣れた顔で「辺境伯様は食事中も働かれているんですよ」とイレーネに小声で言った。
「昔からそうなんですか」
「物心ついた時からそうらしいです。十五歳で辺境伯を継いでから、ずっと」
十五歳で。
領地全体の責任を、十五歳で背負った。それから十年。一人で続けてきた。
「書斎でも古い書類をよく読んでいます」とフリッツが言った。世間話の延長だ。「何の書類か分からないんですが、十年以上前から。夜遅くまで」
「どんな書類ですか」
「拝見したことはないんですが……古いものらしくて。領の記録か、それとも……まあ、辺境伯様のことは聞いても教えてくれないので」
「そうですか」
深く考えずに返した。
スープを飲みながら、窓の外の朝の光を見た。春になって、日が長くなった。
「最近、辺境伯様の表情が少し変わった気がします」とフリッツが続けた。
「変わった?」
「以前より……生きてるっていうか。特に工房の話をしている時」
クラウスが書類から目を上げた。「何の話だ」
「辺境伯様の表情が変わったという話です」
「……余計なことを言うな」とクラウスが言った。書類に戻った。
フリッツが「ほら、こういう感じです」と小声で言った。
「……確かに」とイレーネは言った。
「良かったです。あの人は普段、本当に何も見せないから」
朝食が終わって工房に向かっていると、廊下でエルナが「奥方様、手紙が届いています」と言った。
リンデン伯爵家の紋章入りの封蝋。母からだ。
急いで書いたらしく、文字が少し乱れている。
封を開かずに工房の机に置いた。今日の試染が終わってから、落ち着いて読もう。
でも——なぜか、母の手紙が少し怖かった。
クラウスの「書斎で古い書類を読んでいる」という話が、まだ頭の隅にあった。
クラウスは何を知っているのか。
次話も更新されます。引き続きよろしくお願いします。




