第四十話 領の経費と工房
「奥方様、念のため確認なのですが」
フリッツが帳簿を手に工房に来たのは、夕方のことだった。
「工房の費用が、最近領の経費に計上されているのを……ご存知でしたか?」
「……え?」
「はい」とフリッツは帳簿を開いた。「先月から、工房の材料費、染料植物の購入費、それから助手の手当——エルナさんとクリスさんの分ですね——が、領の経費として記載されています」
「それは……わたしが申請したわけではありません」
「存じております。辺境伯様が、帳簿に明示的に組み込まれたようで」
クラウスが。
「それは……領主夫人の裁量範囲として、当然のことではないですか」
「それが」とフリッツは少し困った顔で言った。「当然といえば当然なのですが——わざわざ帳簿に記載して、明示的に組み込まれています。誰がどう見ても、辺境伯の意思決定として。普通は自然に処理されるところを、あえて残してある」
「あえて、残している?」
「そういう帳簿の書き方をされています」
イレーネはしばらく帳簿を見た。
染料植物の購入費。工房の消耗品費。助手の手当。それぞれが、整理された字で記録されている。クラウスの筆跡だろうか。
「クラウス様にお話を聞いてまいります」
廊下を歩きながら、「なぜ」と考えた。
許可はもらっていた。工房を使う許可も、使用人を動かす許可も。でも費用を領の経費として記録するのは別の話だ。わざわざそうする必要はない。自分の裁量の範囲で処理するのが自然だ。
なのにクラウスは、帳簿に残した。
クラウスを執務室で見つけた。
「工房の経費のことを伺いたくて」
「ああ」とクラウスは言った。書類から目を上げた。
「なぜ領の経費に」
「当然だ。この領の事業だから」
「この領の……」
「染色師が復元した色は、この領の文化になる。領の経費として計上するのが正しい」
「でも——」
「当然だ」とクラウスは繰り返した。
それだけだった。
また書類に目を戻した。会話を続けるつもりがない。
廊下に出た。
「この領の事業だから」という言葉が、耳に残った。
染色師が復元した色は、この領の文化になる。
クラウスは、イレーネの仕事をグラウエンの一部として——最初から、そう見ていたのか。
「当然だ」と言った。
何も特別なことではない、という言い方で。でもフリッツが言っていた。「あえて残してある」と。
「あの人はこういうことは言わないんですよ」
後でフリッツが教えてくれた。「でも、やるんです。言わずに、やる」
廊下の石の壁に手をついた。
体に力が入らなかった。
「この領の事業」——それが、「あなたの仕事はここにある」という言葉と同じだった。
どう反応していいか、分からなかった。
次話も更新されます。引き続きよろしくお願いします。




