第三十九話 祈り色への再挑戦
春の染料は、去年とは別物だった。
新鮮な藍草の葉を摘んで、発酵に入れた。沢の水を使い、温度を管理した。三日後、発酵の状態が良好だった。同じ工程でも、春の植物は生命力が違う。色の素になる成分が豊かだ。
「今日、試してみます」
リゼッテが「祈り色ですか」と緊張した声で言った。
「はい。今回は色定めで変えることを一つ試します」
前回の失敗を分析した結果、仮説を立てた。
「土地の水を魔力に溶かして込める」という方法だ。
祈り色はこの土地の色だ。王都の技法をそのまま使っても「この土地の祈り」にはなれないかもしれない。グラウエンの沢の水——この土地の成分を魔力に混ぜて込めることで、土地固有の何かが加わるのではないか。
理論として確信はない。でも試してみる価値はある。
染色工程を慎重に進めた。藍で染める。媒染の配合は前回の最良のもの。
色定めの段階になった。
沢から汲んできた水を、小さな皿に置いている。
両手を布に重ねて、魔力を流し込む。いつも通りの工程で始めながら——今回は途中で、水を指先に少し含ませた。その感触のまま、魔力に混ぜて込んでいく。
難しかった。
水を混ぜた魔力は、扱いが違う。流れが変わる。布の繊維への入り方が、いつもと違う感触がある。
どちらかというと——深く、ゆっくり浸透する感じだ。
終わったとき、前回より消耗していた。
布を窓の光に透かした。
「……近い」
前回よりずっと深みがある。藍の色が、布の表面ではなく、奥から出ている感じがする。
「前回よりずっと良いです!」とリゼッテが言った。「でも……もう少し?」
「あと少し、という感じがします。届かない何かがある」
「何が足りないんですか」
「分かりません。でも——」
ヨハンが工房の戸口から覗いていた。布を見て、少し考えた。
「ふむ……昔のに近い気がするが、確かにまだ何かな」
「ヨハンさんも感じますか」
「昔見たものは、もっとこう……布が生きてるような感じだった。これは良いが、まだ静かだ」
静かだ、という言葉が残った。
布が生きているような感じ。静かではない色。
それは何だろう。魔力の込め方か、染料の種類か、それとも——
工房の窓から旧染料園が見えた。ヨハンの師匠の木が、春の光の中に葉を広げている。
「あの木の実が、関係しているかもしれない」
独り言で言った。
「どの木ですか」とリゼッテが聞いた。
「ヨハンさんの師匠が残した木です。実がなったら教えてもらうことになっています」
「なったら何かが分かるんですか」
「……分かるかもしれません」
あの木は、染色師が「いつか必要な者が来る」と言って残した木だ。祈り色と関係があるかもしれない。全て、まだ可能性の話だ。
でも確かめたい。
帳面に「ヨハンの木の実が祈り色に関係する可能性」と書いた。
次話も更新されます。引き続きよろしくお願いします。




