第四十八話 クラウスの沈黙
廊下でクラウスを見つけたのは、昼過ぎだった。
「少しよろしいですか」
振り返った顔は、いつも通りだった。石のような顔。感情が表に出ない、あの顔。
「……何だ」
「この状況について、何かお考えはありますか」
言葉を選んだつもりだった。責めていない。答えを求めているだけだ。
「……考えている」
短い返答だった。
「何を、考えているのか……教えていただけますか」
「今はまだ」
それだけ言って、クラウスは廊下を歩いていった。
追いかけなかった。
「今はまだ」という言葉が頭の中で繰り返された。今はまだ、教えられない。今はまだ、話せない。「今はまだ」の後に何が来るのか、分からない。いつになれば教えてもらえるのか。七日以内に署名が必要なのに、「今はまだ」で時間は止まらない。
部屋に戻った。
窓の外に城の庭が見えた。春の光の中で、木が葉を出し始めている。三週間前に春祭りがあって、色の旗を出した。あの日クラウスは旗を見ていた。石みたいな顔が少し違った、と感じた。
「この人はわたしの工房の費用を、領の経費に入れた」
それを知ったのは、フリッツが何気なく言ったからだ。クラウス本人は何も言わなかった。言わずに、やっていた。
婚礼の後、冬の夜。外が冷えていた時、クラウスの上着が肩にかかっていた。何も言わずに、置いていった。
「……この人は」
何も言わない人だ。でも、やる人だ。
だから、今の沈黙は何なのか。
「無関心」という言葉が頭に浮かんで、すぐに打ち消した。無関心ではない。工房の費用も、上着も、無関心の人のする行動ではない。
「でも——今は、何も言わない」
七日のうち、もう一日が過ぎた。残りは六日だ。
夕食の場で、ディートリヒが礼儀正しく「お考えはまとまりましたか」と聞いた。
「もう少しお時間をください」と答えた。
「もちろん。期限内であれば」
クラウスは食事をしながら、黙っていた。その沈黙が、今日はいつもより重く感じた。
助けてほしい、とは言えない。
なぜ言えないのか、自分でも分からない。頼む言葉が喉にある。「どうすればいいか分からない、助けてください」という言葉が、あるのに出てこない。クラウスに弱みを見せることへの奇妙な誇りがある。染色師として来た。染色師として、自分の問題は自分で——でも、これはもう染色師の問題だけじゃない。
夕食の後、フリッツが廊下で声をかけてきた。
「辺境伯様、最近ずっと書斎にいらっしゃいますね」
「……そうですか」
「何か調べているみたいです。古い文書を引っ張り出しているのを見ました」とフリッツが言った。何気ない口調だった。情報を伝えようとしているというより、独り言に近い調子で。
古い文書。
「何の文書か、分かりますか」
「さあ……領の記録か、法律の書か。分かりません」とフリッツは肩をすくめた。「辺境伯様が文書を調べるのは珍しいことじゃないんですが、最近は時間が長くて」
「……そうですか」
「お邪魔でしたら」
「いいえ。教えてくれてありがとうございます」
フリッツが去った後、廊下に一人残った。
書斎で、古い文書を調べている。
「今はまだ」という言葉の意味が、少しだけ変わった気がした。何かを探しているのかもしれない。相談できる段階にないのではなく、まだ答えを見つけている途中なのかもしれない。
でも、それは確認できない。
部屋に戻って、寝台に横になった。眠れなかった。
天井を見ながら、初めて思った。
「ここにいていいのか、わたしは」
グラウエンに来て、半年近くが経つ。染色を続けてきた。少しずつ色を戻してきた。でも今、活動停止を求められて、夫は沈黙していて、自分一人で答えを出せない。
こんな問いが浮かんだのは、グラウエンに来てから初めてだった。
次話も更新されます。引き続きよろしくお願いします。




