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夫は色の名前をひとつも知りませんでした。けれど私が染めた布を、一枚も手放しませんでした  作者: ヲワ・おわり


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第四十五話 褫奪令の名のもとに

「正式名称は、第三王統五十二年制定——辺境領染色規制令、です」


書斎の机に、書類が広げられていた。ディートリヒが丁寧に手で示す。


「通称、色の褫奪令。グラウエン辺境伯領における染色活動を、王の承認なしに行うことを禁じた令です」


イレーネは書類を見た。古い書体で書かれた正式文書だ。封印の跡がある。ディートリヒが説明する部分を手で示しながら、文書全体は読ませない位置に置いている。


「この令は、正式に撤回されていません。したがって現在も有効です」


「その令が制定された経緯を教えていただけますか」


「三十年前の王位継承争いにおいて、グラウエン辺境伯家が敗者側についた。その罰として制定されました」


「政治的な制裁として」


「その通りです」


「現在の国王は、その継承争いの勝者の家系ですね」


「その通りです」


「では——」とイレーネは言いかけて、文書の一行に目が止まった。


「発令より——」という文字の続きがあった。が、ディートリヒが次のページをめくった。


待て。


「発令より、という文字が見えましたが」


「令の効力期間の記述ですが——」


「読ませていただいてもよいですか」


ディートリヒが少し間を置いた。


「概要を説明しますと、令の効力は発令より無期限、とされています」


「無期限と」


「はい」


嘘ではないかもしれない。でも「発令より——」の後に何か続きがあった気がした。読めなかった。


クラウスは同席している。窓の外を向いている。


「活動の停止を、正式にお願いします」とディートリヒは言った。「従っていただけない場合は——王都への報告義務が生じます」


「活動の停止」


「はい。これは私個人の意見ではなく、令に基づく正式な要請です」


「ご回答は今すぐでなくて構いません。辺境伯様とご相談の上、明朝いただければ」


「……承知しました」


ディートリヒが一礼して退室した。


机の上に、書類が残っている。


イレーネは書類を見た。ディートリヒが持ち帰ったのは写しで、原本がここに置かれている。


「発令より——」


その続きを、読みたかった。


クラウスがまだ窓を向いていた。


「クラウス様」


「……」


「この令のことを、いつから知っていましたか」


長い沈黙があった。


「……ずっと」


「ずっと、というのは」


「生まれた時から」とクラウスは言った。「この家に生まれた者は、全員知っている」


「では——」


「時期ではなかった。今まで」


「今は?」


クラウスは窓の外を向いたまま、何も言わなかった。

次話も更新されます。引き続きよろしくお願いします。

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