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『正史審問 青銅仮面―簒奪された史実(青銅器文明/三星堆遺跡)と失われた技術』

作者:東曌
最新エピソード掲載日:2026/10/22
中国・四川省、三星堆。

今からおよそ三千年前、この地には、黄河流域の青銅器文化とは異なる、独自の造形と技術を持つ人々が暮らしていた。

彼らは巨大な青銅の仮面を作り、神樹を鋳造し、人間の顔を思わせる不思議な像を残した。

しかし、その王国について、私たちは多くを知らない。

『史記』には古蜀に関する伝承がある。けれども、三星堆から出土した巨大な仮面や青銅像について、直接語る記録は残されていない。

一方、後世に編まれた『華陽国志』には、蚕叢という古蜀の君主について、目が「縱」であったと記されている。

その一文と、三星堆から出土した、目が大きく突き出した青銅の仮面。

二つは、同じ世界を指しているのだろうか。

もちろん、それを証明するものはない。

だが、文字に記された伝承と、土の中から現れた遺物を並べるとき、遠い過去に一つの問いが浮かび上がる。

一九八六年七月十八日、レンガ工場の作業中に発見された第一号坑。そして、同年八月十六日に発見された第二号坑。

そこには、青銅器、玉器、黄金の品々、象牙などが納められていた。しかも、多くの品は壊され、焼かれた痕跡を残していた。

なぜ、彼らは自らの手で作り上げたものを壊したのか。

なぜ、炎にかけ、土の下に埋めたのか。

王国に何が起きたのか。信仰が変わったのか。政治が揺らいだのか。それとも、私たちが想像もしない理由があったのか。

四川の盆地から、黄河流域まで、およそ八百九十キロ。山々と河川に隔てられた広大な中国大陸には、異なる歴史と文化が並び立っていた。

青銅の眼は、何を見ていたのか。

語り手のいない王国が残した沈黙を、考古学の成果と古い文献を手がかりにたどっていく。

これは、失われた王国をめぐる、史実と謎の物語である。
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