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からだのことば ─ 体の声がきこえる ─

作者:智有 英土
最新エピソード掲載日:2026/06/04
 血液が、体の外を流れている。
 透明なチューブの中を、赤い液体がゆっくりと巡っている。東崎総合病院・血液浄化センター。十六床のベッドに、十六人の患者がいる。それぞれの腕に針が刺さり、それぞれの血液が機械を通って、また体に戻っていく。週に三回、一回四時間。この機械がなければ、彼らは生きていられない。
 その機械を動かすのが、臨床工学技士だ。
 新人CE・柏木陽介は、入職初日に扉の前で三分間立ち尽くした。「三分も?」と同期の三浦桜に突っ込まれながら、ようやく扉を開ける。瞬間、複数の匂いが来た。機械の唸り。アラーム音。チューブの中を流れる赤。そして「なくてはならん仕事や」と右手を振る、透析歴十二年の田中さんの笑顔。
 先輩CE・真田浩二は怖い。口が悪く、褒めない。しかし患者の前では誰よりベッドサイドを離れない。初日に彼は言った。「生化学を知らないCEは、地図を持たずに工場の中を歩き回っているのと同じだ」
 地図とは何か。体という工場の、細胞レベルの地図。なぜ血液は体の外に出られるのか。腎臓は本当は何を守っているのか。カリウムが上がると、心臓に何が起きるのか。pH7.08という数字の向こうで、患者の体の中では何が起きているのか。
 養成校で習った生化学の知識が、透析室の患者たちの声と数字に触れるたびに、別の顔をして立ち上がってくる。論理で考える陽介と、感覚で核心に触れる桜。凸凹の二人が、真田の背中を追いながら、体の言語を少しずつ手に入れていく。
 体は、黙っていない。
 血液の中に数字を置き、信号を出し、化学反応で語り続けている。その声が聞こえるようになったとき、機械の向こうにいる人間が、初めて見えてくる。
 臨床工学技士の仕事と生化学の知識が、患者の生きた声と繋がっていく医療お仕事小説。
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