第5章 発電所、フル稼働
今回は手術室です。
人工心肺が動き始め、心臓が止まった手術室の中で、陽介はミトコンドリアの問いを持ち帰ります。翌日の昼、桜とホワイトボードを前にして地図を描き直す。そして真田さんから「電子の滝」の話を聞く夕方がやってきます。
「発電所、フル稼働」とはどういう意味か。週の最後のバス停で、その答えが少しだけ見えてきます。
第1節 血液の川を作る
手術室に初めて入ったのは、六月の初旬だった。
透析室との兼務と聞かされていたが、実際に手術室の担当に入るのはこの日が初めてだった。前日の夕方、真田から「明日は人工心肺の回路組み立てを見学させる」と告げられた。それだけで、陽介はその夜ほとんど眠れなかった。
手術室の前室で手洗いを終え、ガウンをつけてもらいながら、陽介は自分の心拍数が上がっているのを感じた。緊張しているのか、それとも単純に、これから目の当たりにするものへの期待なのか、判別がつかなかった。
「緊張してるか」
横で同じようにガウンをつけている真田が言った。
「はい」
「気張るな。今日は見るだけだ」
「分かりました」
「分かった顔をしてるが、体が固い」
言われて、陽介は肩を意識的に落とした。
手術室の扉が開いた。
中は広かった。透析室と同じく機械が多いが、並び方が違う。中央に手術台。頭側に麻酔科の機器。そして部屋の端に、今日の主役が鎮座していた。
人工心肺装置だった。
ローラーポンプが二基、遠心ポンプが一基、その横に人工肺、リザーバー、熱交換器。チューブが幾筋も伸び、それぞれがコネクターで繋がれていた。透析の回路より規模がひと回り大きく、関わる部品の数も多い。
「組み立ては昨日の夕方に終わらせた」真田は言った。「今日は術中の管理を見せる。患者は僧帽弁の置換術だ。人工心肺を使って心臓を一時的に止める」
「心臓を、止める」陽介は繰り返した。
「止めないと、動いている心臓の弁は交換できない。だから俺たちが心臓と肺の代わりをする。血液を体から引き出して、酸素を加えて、全身に送り返す」
陽介は装置を改めて見た。透析がある臓器の機能を代替するように、人工心肺は心臓と肺の両方を同時に代替する。血液を循環させ、酸素を供給し、二酸化炭素を取り除く。心臓が止まっている間、体の全細胞に酸素を届け続ける装置だ。
「送血管と脱血管の位置を確認しろ」真田は大動脈の方向を示した。「上行大動脈から送血する。右心房から脱血する。血液の流れを頭で追えるようにしておけ」
陽介は指で流れを辿った。静脈血が右心房から引き出され、人工肺で酸素を受け取り、動脈血となって大動脈へ送られる。心臓と肺が担っていた経路を、機械が丸ごと引き受けている。
患者が入室してきた。
六十代の女性だった。すでに麻酔がかかっており、目を閉じている。手術台に移されて、体位が固定される。麻酔科医が機器を確認し、外科医がガウンをつけて入ってくる。室内の人数が増え、動きが増え、声が増えた。
陽介は真田の隣に立って、邪魔にならないように気をつけながら、すべての動作を目で追った。
執刀が始まった。
胸骨が切開され、開胸器で広げられた。心臓が露わになった。陽介はそれを見て、一瞬、言葉を失った。
動いている。
解剖図や動画で何度も見ていた。しかし実際に目の前で動く心臓を見るのは初めてだった。規則正しく、しかし力強く、収縮と拡張を繰り返している。この動きが止まる。止めて、弁を交換して、また動かす。
「送血管、挿入します」外科医の声がした。
真田がモニターに目を向けた。送血流量、脱血圧、回路内圧、温度。いくつもの数値が並んでいる。陽介も同じ画面を見た。
「人工心肺、開始します」
ポンプが回り始めた。
血液が回路を流れ始めた。透析のチューブより太い。流れる速度も速い。一分間に四リットル以上の血液が、体の外を循環し始めた。
しばらくして、外科医が「心停止液、入れます」と言った。
心臓が、止まった。
一瞬だった。あれほど力強く動いていた心臓が、ふっと静止した。手術野が静かになった。外科医が動き始めた。
陽介は呼吸を忘れていたことに気づいて、静かに息を吸った。
「今、患者さんの全身の細胞は」陽介は真田に小声で聞いた。「人工心肺が酸素を届けているから、代謝は続いていますか」
「続いている」真田は画面から目を離さずに答えた。「ただし体温を下げている。代謝を意図的に落として、酸素消費量を減らす。細胞が必要とする酸素の量を少なくすることで、万が一のときのマージンを作る」
「代謝が落ちると、ATPの産生も落ちる」
「落ちる。だが細胞は低温下では活動が抑えられるから、必要なATPも減る。需要と供給を両方下げる」
「細胞を、冬眠させるような状態ですか」
真田が一瞬だけ陽介を見た。「悪い表現じゃない」
手術は続いた。外科医の手が、止まった心臓の弁を丁寧に交換していく。その間、人工心肺は全身の細胞に血液を届け続ける。モニターの数値を、真田が一定のリズムで確認し続ける。
陽介は画面の数値を見ながら、頭の中で別の問いが形になっていくのを感じていた。
心臓が止まっている今、全身の細胞のミトコンドリアは何をしているのか。
酸素は届いている。では届いた酸素を使って、細胞の中で何が起きているのか。
解糖系の先、ミトコンドリアの中で。
ピルビン酸が入っていく、その先の経路が、まだ地図に描かれていなかった。
「真田さん」陽介は小声で言った。「ミトコンドリアの中で、ピルビン酸の先に何が起きるか、後で教えてもらえますか」
真田は画面を見たまま、「術後に時間を取る」と言った。
陽介はうなずいた。
手術台の上で、患者の心臓が静かに止まっている。しかしその全身の細胞は、冬眠しながらも、まだ動いている。ミトコンドリアの中で、何かが続いている。
その何かの名前を、陽介はまだ知らなかった。
第2節 ミトコンドリアの奥へ
手術が終わったのは、午後三時を過ぎた頃だった。
弁の置換は予定通りに進み、人工心肺からの離脱も問題なかった。止まっていた心臓が再び動き始めたとき、陽介は思わず画面から目を上げて手術野を見た。電気的な刺激を与えた後、数秒の沈黙があって、心臓がゆっくりと、しかし確かに動き始めた。
誰も歓声を上げなかった。しかし室内の空気が、わずかに緩んだ。
後片付けが終わり、回路を分解して洗浄の準備をしながら、陽介は真田を待った。真田は麻酔科医と何かを確認していたが、しばらくして戻ってきた。
「話があるんだったな」
「はい。ミトコンドリアの中の経路のことです」
真田は器具の片付けをしながら「話せ」と言った。作業をしながら聞く、という意味だと分かったので、陽介も手を動かしながら口を開いた。
「解糖系はひと通り整理しました。グルコースがピルビン酸になる。酸素がある状態では、ピルビン酸がミトコンドリアに入る。その先が、まだ地図に描けていなくて」
「ピルビン酸がミトコンドリアに入ると、まず何になる」真田は言った。「教科書で習っているはずだ」
「アセチルCoAです」陽介は答えた。「ピルビン酸からCO₂が一つ取れて、残りがCoAという物質と結合する。ビタミンB1が補酵素として必要な反応で------以前、ビタミンの話で出てきました」
「そこまでは繋がっているな」真田はチューブを束ねながら言った。「アセチルCoAがどこへ行くか」
「TCA回路です」
「TCAとは何の略だ」
「トリカルボン酸回路。クエン酸回路とも言います」
「名前だけか。中身は」
陽介は少し間を置いた。「アセチルCoAがオキサロ酢酸という物質と結合して、クエン酸になる。そこからいくつかの反応を経て、また元のオキサロ酢酸に戻る。一周する間に、CO₂が出て、NADHとFADH₂とGTPが作られる」
「GTPは」
「ATPに近い物質です。エネルギーとして使える」
「正確には」真田は言った。「GTPはグアノシン三リン酸で、ATPと同様にエネルギー通貨として機能する。TCA回路の一周で直接作られるエネルギー産物はGTPだ。ATPは主に次の段階、電子伝達系で作られる」
「NADHとFADH₂が、電子伝達系に電子を渡す」陽介は続けた。「そこで大量のATPが作られる。昨日、NADHを中間通貨と呼んだのはそういう意味です」
真田は手を止めた。振り向かなかったが、少し間を置いた。
「TCA回路をひと言で言うと、何だ」
陽介は考えた。反応の名前を並べることはできる。しかしそれは真田が求めている答えではない、と分かっていた。
「アセチルCoAを完全に分解して」陽介はゆっくり言った。「NADHとFADH₂という形にエネルギーを回収する経路、だと思います。CO₂と水素を切り出しながら、電子伝達系が使える形に変換していく」
「なぜ回路なんだ。なぜ直線の経路じゃない」
「オキサロ酢酸が再生されるから。反応の最後に、最初の物質が戻ってくる。だから止まらない限り、回り続けられる」
真田はチューブの束をトレイに置いた。「合格だ」
陽介はその言葉を手帳に記録したいくらいだったが、手が塞がっていた。
「今日の患者さんのことで一つ聞いていいですか」陽介は言った。
「どうぞ」
「体温を下げて代謝を落とす、とおっしゃっていました。TCA回路も、温度が下がれば遅くなりますか」
「遅くなる。TCA回路の各ステップにも酵素が関わっている。酵素には至適温度がある。体温が下がれば、酵素の活性が落ちて、回路全体の速度が落ちる」
「だからATPの産生が落ちる。でも細胞の活動も落ちているから、必要量も減る。需要と供給を揃える」
「そういうことだ」
陽介は今朝見た光景を思い出した。止まった心臓。しかし全身に届き続けていた血液。低温下で静かに回転を落としながら、それでも動き続けていたミトコンドリア。
「TCA回路が止まらない限り」陽介は口に出した。「細胞は生きている、ということですか」
真田はしばらく何も言わなかった。片付けの手も止まっていた。
「正確には、ATP産生が完全に止まったとき、細胞は死ぬ」真田は言った。「TCA回路だけではなく、解糖系も含めて、エネルギー産生の経路が全部止まる状態だ。今日の手術中、それが起きなかったのは、人工心肺が酸素を届け続けていたからだ」
「僕たちの仕事が、TCA回路を守っていた」
真田は片付けを再開した。「大げさに言えばそうだ。ただし大げさに考えるな。TCA回路が回るための条件を一つ一つ管理する。それが仕事だ」
片付けが終わった。真田は手袋を外しながら「桜に話してやれ」と言った。「あいつはまだ手術室に入っていない。お前が今日見たことを言葉にして渡せ」
「うまく伝えられるか分かりません」
「伝えようとすることで、お前の理解も固まる」真田は出口へ向かった。「さっき僕と言ったな」
「はい」
「桜に話すときは俺、らしいな。どちらが本当だ」
陽介は少し詰まった。「どちらも本当です」
真田は振り向かずに「そうか」と言って、扉の向こうに消えた。
陽介は空になった手術室をひとり片付けながら、TCA回路という言葉を頭の中で何度か回した。
アセチルCoAが入ってきて、一周する間にNADHとFADH₂とGTPが作られて、CO₂が出て、オキサロ酢酸が戻ってくる。止まらない限り回り続ける。止まらない限り、エネルギーが作られ続ける。止まらない限り。
今日の患者の心臓が、止まって、また動いた。
ミトコンドリアは止まらなかった。
低く、静かに、冬眠するように、それでも回り続けていた。
第3節 工場の生産ライン
桜に話したのは、その夜ではなかった。
手術室から戻った陽介は、透析室の残務に追われて夜になった。桜も別の業務で忙しく、二人が同じ場所に座れたのは翌日の昼休みだった。
またカンファレンス室だった。
「TCA回路の話をする」陽介は言った。
「待ってた」桜はノートを開いた。「昨日、陽介が手術室に行ってる間、教科書でTCAのページを開いてみたんだけど、矢印が多すぎて頭に入らなかった」
「矢印から入るから分からなくなる」
「じゃあどこから入るの」
陽介はホワイトボードに向かった。今日は最初からマジックを取った。
「まず場所を確認する。TCA回路はミトコンドリアの内側で起きる。ミトコンドリアの構造を覚えているか」
「外膜と内膜があって、内膜がひだひだになってる」
「そのひだひだの内側の空間をマトリックスと呼ぶ。TCA回路はそこで起きる」陽介はホワイトボードに楕円を描き、内側にもう一つ波線で囲んだ区画を描いた。「入口は何だった」
「アセチルCoA」桜は昨日陽介から聞いた言葉を答えた。
「そうだ。グルコースが解糖系でピルビン酸になり、ピルビン酸がミトコンドリアに入ってアセチルCoAになる。アセチルCoAがTCA回路の入口だ」陽介はホワイトボードに矢印を一本書いた。「アセチルCoAはオキサロ酢酸と結合する。そこから始まる」
「オキサロ酢酸って何」
「TCA回路の中に最初からいる物質だ。工場で言えば、ベルトコンベアそのものだ。アセチルCoAという素材を受け取って、反応を回していく。そして最後に自分自身が戻ってくる」
「再利用される」
「そうだ。だから回路になる。ベルトコンベアが一周して、また素材を受け取れる状態に戻る」
桜はノートに「オキサロ酢酸=ベルトコンベア、再利用される」と書いた。「それで、一周する間に何が作られるの」
陽介はホワイトボードに回路の大まかな流れを描いた。反応の一つ一つは省いて、産物だけを示す。
「三種類の産物が出てくる。一つ目はNADH。これは前回の話で出てきた。電子を運ぶ中間通貨だ。TCA回路一周でNADHが三分子作られる」
「三分子」桜は書き留めた。
「二つ目はFADH₂。NADHと似た役割で、同じく電子を電子伝達系まで運ぶ。一周で一分子」
「NADHとFADH₂、二種類の中間通貨」
「三つ目はGTP。これはATPと同じようにエネルギーとして直接使える。一周で一分子」
桜は三つを並べて書いた。NADH×3、FADH₂×1、GTP×1。それを見てから顔を上げた。「GTPが一個しか出てこないんだ。少ない気がする」
「TCA回路で直接作られるエネルギーは少ない。GTPはすぐ使えるけど一個だけだ。主な役割はNADHとFADH₂を作ること。それを次の電子伝達系に渡して、そこで大量のATPが作られる」
「準備工場、ってこと」桜はペンを止めた。「TCA回路は、直接ATPを作るんじゃなくて、大量生産のための材料を揃える工場」
「そういうことだ」
「じゃあ全体の流れは」桜はノートの上で指を動かした。「グルコースが解糖系でピルビン酸になって、ミトコンドリアに入ってアセチルCoAになって、TCA回路でNADHとFADH₂になって、電子伝達系でATPになる」
「その通りだ」
「一本の生産ラインだ」桜は言った。
陽介はその言葉を聞いて、少し間を置いた。
「工場の生産ラインか」
「だって、そうじゃない」桜はノートの流れ図を示した。「素材が来て、各工程を通るたびに形が変わっていって、最終製品が出てくる。解糖系が第一工程、TCA回路が第二工程、電子伝達系が第三工程。各工程に専用の機械、つまり酵素がいる」
「各工程の産物が次の工程の素材になる」陽介は続けた。「前の工程が止まれば、後ろの工程の素材が来なくなる。連鎖が、という話と同じだ」
「前にやったやつ」桜はうなずいた。「ドミノ倒し」
「今日で言えば、アセチルCoAが作られなければTCA回路が回らない。TCA回路が回らなければNADHが作られない。NADHがなければ電子伝達系が動かない。電子伝達系が動かなければATPが作られない」
「細胞が止まる」桜は静かに言った。
二人はしばらく、ホワイトボードの図を見た。グルコースから始まる一本の流れが、三つの工程を経てATPに行き着く。単純に見えるが、各工程の内側では複数の反応が連鎖していて、それぞれに酵素が関わっている。
「ねえ」桜が言った。「TCA回路でCO₂が出るって言ってたよね」
「アセチルCoAの炭素がCO₂として出てくる。一周で二分子のCO₂が出る」
「それって、息として出てくるCO₂と同じもの?」
陽介は少し考えた。「同じものだ。細胞の中でTCA回路が回るたびにCO₂が出て、それが血液に溶けて肺まで運ばれて、呼気として出ていく」
「ということは」桜はゆっくり言葉を組み立てた。「私たちが吐く息の中にあるCO₂は、全身の細胞のTCA回路が動いている証拠、ってこと?」
陽介は答えようとして、止まった。
言われてみると、そういうことだった。呼吸は肺の話だと思っていた。しかし呼気に含まれるCO₂は、全身の細胞のミトコンドリアで作られたものだ。肺はそれを外に出す出口に過ぎない。
「そうだな」陽介は言った。「TCA回路と呼吸が、繋がっている」
「なんか」桜はホワイトボードの図を見ながら言った。「呼吸って、肺が空気を吸って吐く動作のことだと思ってた。でも本当の意味での呼吸は、細胞の中で起きてるんだね。ミトコンドリアが酸素を使ってATPを作って、CO₂を出す。それが呼吸の正体」
「内呼吸と外呼吸という言葉がある」陽介は言った。「細胞レベルでの酸素消費とCO₂産生が内呼吸。肺でのガス交換が外呼吸。二つは繋がっているが、別の場所で起きている」
「内側の呼吸を、外側の肺が支えている」
「そうだ。肺が酸素を取り込んで、血液が細胞まで届ける。細胞のミトコンドリアが酸素を使ってATPを作り、CO₂を出す。CO₂を血液が肺まで運んで、肺が外に出す」
桜はノートに「内呼吸=ミトコンドリア、外呼吸=肺、血液が橋渡し」と書いた。
「手術室の患者さんは」桜は言った。「心臓が止まっていた間、肺も動いていなかったよね」
「動いていなかった。人工心肺が代わりをしていた」
「でも細胞のミトコンドリアは、低温だけど動いていた」
「そうだ」
「ということは内呼吸は続いていたけど、外呼吸だけが機械に委ねられていた」桜は少し考えた。「人工心肺って、外呼吸の代替装置なんだ。肺の代わりにCO₂を取り除いて、酸素を加える」
「そういうことだ」
桜はノートを閉じた。それからホワイトボードをもう一度見た。グルコースから始まる生産ラインの図。三つの工程、それぞれの産物。
「陽介」桜は言った。「生化学って、最初はバラバラに見えるけど、全部で一つの話をしてるんだね」
「どういう意味だ」
「細胞膜があって、ミトコンドリアがあって、酵素があって、ビタミンがあって。それが全部、細胞がATPを作って動き続けるための、一つの仕組みの話だった」
陽介はホワイトボードの図を見た。
配属初日に習った細胞膜。栄養素の話。酵素と補酵素。解糖系と乳酸。そして今日のTCA回路。
バラバラに見えていた知識が、一本の生産ラインの各工程として並んでいた。
「地図が繋がってきた」陽介はひとり言のように言った。
「真田さんが最初の日に言ってたやつ」桜は微笑んだ。「地図を持て、って」
PHSが鳴った。二人同時に画面を確認した。陽介は透析室から、桜は手術室のサポートから、それぞれ呼ばれていた。
「続きは電子伝達系だね」桜はノートを鞄に入れながら言った。
「そうだ。NADHとFADH₂が最終的にどれだけのATPを生むか」
「三十八の正体が分かる」
「ようやくだ」
二人はカンファレンス室を出た。廊下を逆方向に歩き出しながら、桜が振り返らずに言った。
「ねえ、今私たちが吐いた息にも、TCA回路のCO₂が入ってるんだよね」
「入ってる」
「なんかそれ、すごいな」
陽介は答えなかった。しかし廊下を歩きながら、自分の呼気を少し意識した。
吐き出すたびに、全身の細胞のTCA回路が回っている証拠が出ていく。
当たり前の呼吸が、少し違う重さを持った。
第4節 電子の滝
電子伝達系の話をする機会が来たのは、翌日の夕方だった。
透析室の最後の患者が帰り、機械の電源を落とし、記録を仕上げた後の静かな時間だった。真田が「少し時間がある」と言って、珍しく自分から椅子を引いた。桜もちょうど器具の片付けを終えたところで、三人がテーブルを囲む形になった。
「TCA回路まで話したな」真田は陽介に言った。
「はい。NADHとFADH₂が作られるところまで」
「じゃあその先だ」真田はホワイトボードに向かった。今日は真田が書く番だった。
マジックでミトコンドリアの断面図を描いた。外膜、内膜、その間の膜間腔、内側のマトリックス。内膜のひだひだを、丁寧に波線で示した。
「電子伝達系はこの内膜の上にある」真田は内膜を指した。「タンパク質の複合体が四つ、膜の上に並んでいる。複合体Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ、Ⅳだ」
「タンパク質が四つ並んでいる」桜はノートに書いた。
「NADHが複合体Ⅰに電子を渡す。FADH₂は複合体Ⅱに渡す。電子はその後、複合体Ⅲ、複合体Ⅳへと順番に伝わっていく」
「電子がリレーされる」陽介は言った。
「そうだ。ただし電子がただ移動するだけではない」真田は内膜の外側、膜間腔を指した。「電子が各複合体を通るたびに、マトリックスの中にある水素イオン、プロトンが、膜間腔へ押し出される」
桜が手を挙げた。「プロトンって何ですか」
「水素原子から電子を一つ取ったもの。水素イオン、H⁺とも書く」
「それが内膜の外側に押し出される」
「押し出されて、膜間腔に溜まっていく。内膜を挟んで、外側のプロトン濃度が高くなる。内側との間に濃度の差ができる」
陽介はその話を聞きながら、配属初日の記憶が戻ってきた。細胞膜のリン脂質の話。内側と外側で環境が違う。濃度の差があれば、物質は濃い方から薄い方へ動こうとする。
「プロトンが戻ろうとする」陽介は言った。
「その通りだ」真田はホワイトボードに矢印を書いた。膜間腔からマトリックスへ向かう矢印。「内膜にはATP合成酵素という特殊なタンパク質がある。プロトンはその酵素の中を通って戻ってくる。そのときに生まれるエネルギーで、ATPが合成される」
桜が「ちょっと待って」と言った。「プロトンが通り道を通るだけで、ATPが作られるの」
「作られる」
「なんで」
真田は少し考えた。「ダムを想像しろ」
桜が顔を上げた。
「上流に水を溜めると、水位の差ができる。その水を下流に流すとき、水車を回せる。水車がタービンを回して電気が作られる。プロトンの流れも同じだ。濃度差という位置エネルギーが、ATP合成酵素というタービンを回す。タービンが回ることで、ATPが合成される」
桜はしばらく図を見ていた。
「ダムか」桜はゆっくり言った。「プロトンを溜めてダムを作って、流すときにエネルギーを取り出す」
「電子の流れがダムに水を溜め、プロトンの流れがタービンを回す。それが電子伝達系の仕組みだ」
陽介はノートに「電子→プロトン濃度差→ATP合成酵素→ATP」と書いた。直接ATPが作られるのではなく、まず濃度差というエネルギーの形を経由して、それがATPに変換される。
「最後に電子はどこへ行くんですか」陽介は聞いた。
「複合体Ⅳで電子は酸素に渡される。電子を受け取った酸素がプロトンと結合して、水になる」
「水になる」桜が繰り返した。「酸素が水になる。それが呼吸の最後」
「そうだ。吸い込んだ酸素の最終的な行き先は、細胞の中のミトコンドリアで水になることだ」
桜がペンを置いた。「私たちが息を吸うのは、ミトコンドリアに酸素を届けるためで、その酸素は電子伝達系の最後で水になる。そのプロセスでATPが大量に作られる」
「それが有酸素呼吸の正体だ」
「だから酸素がないと」陽介は言った。「電子の最終的な受け取り手がいなくなる。電子伝達系が止まる。プロトンが溜まらない。ATPが作れない」
「解糖系だけになる。二分子に戻る」桜が繋げた。
真田はホワイトボードのキャップを閉じた。「NADHとFADH₂からどれだけのATPが作られるか、数えてみろ」
陽介はノートの数字を確認した。解糖系でNADH二分子。TCA回路一周でNADH三分子、FADH₂一分子、GTP一分子。ただしグルコース一分子からアセチルCoAが二分子作られるので、TCA回路は二周する。
「TCA回路二周分で」陽介は計算しながら言った。「NADH六分子、FADH₂二分子、GTP二分子。解糖系の分を合わせると、NADH八分子、FADH₂二分子。GTPはATPとして二分子」
「NADHとFADH₂の換算は」
「NADHが一分子で約二・五ATP、FADH₂が一分子で約一・五ATP、と習いました。古い教科書では三と二という数字でしたが」
「正確な数は教科書によって違う。重要なのは桁だ」真田は言った。「大雑把に計算して、いくつになる」
陽介は暗算した。「NADH八分子で約二十、FADH₂二分子で約三、GTP二分子で二。合計で約三十。解糖系で直接作られる二を加えて、三十二ほど。三十八という数字は古い換算値だが、桁は合っている」
「大量生産の正体が分かったな」真田は言った。「解糖系の二に対して、ミトコンドリアの電子伝達系が三十前後を担う。ほとんどがミトコンドリアで作られる」
「だから酸素が必要で」桜は言った。「だから酸素を届けることが、これだけ大事なんだ」
真田は椅子から立ち上がった。「明日の手術室で、酸素飽和度のモニターを見ろ。あの数値が何を監視しているか、今日の話と繋げて考えてみろ」
「分かりました」陽介は答えた。
真田が出て行った後、桜がホワイトボードの図を見たまましばらく動かなかった。
「どうした」陽介は聞いた。
「ダムの話を考えてた」桜はゆっくり言った。「プロトンが溜まって、流れて、タービンを回す。なんか、壮大だなって」
「何が」
「ミトコンドリアの中で、滝みたいなものが流れてるわけでしょ。目に見えないけど、今も私の細胞の中で、プロトンの滝が流れてて、タービンが回ってて、ATPが作られてる」陽介を見た。「怖いくらい精密だね」
陽介はホワイトボードの図を見た。真田が描いたミトコンドリアの断面。四つの複合体、膜間腔に溜まるプロトン、ATP合成酵素というタービン。
三十八億年かけて作られた仕組みだ、と真田がいつか言っていた。
人間はその仕組みを、まだ完全には再現できていない。透析膜は細胞膜の原理に辿り着いた。人工心肺は心臓と肺の代わりをする。しかしミトコンドリアの電子伝達系を再現した機械は、まだない。
だから酸素を届けることが、これほど重要になる。
「精密だな」陽介はようやく言った。「だから壊れたとき、俺たちが入っていく余地がある」
桜が「どういう意味」と聞いた。
「完璧な機械は、壊れたとき代替ができない。精密すぎて、代わりが作れない。でも精密だからこそ、壊れる前に条件を整えてやることができる。酸素を届ける、温度を保つ、pHを調整する。そういう外側からの支援が効く」
「電子伝達系は再現できないけど、電子伝達系が動くための条件は整えられる」
「そうだ」
桜はノートを閉じた。「なんかCEって、精密機械の環境管理係だね」
「悪くない言い方だ」
「真田さんに言ってみようかな」
「やめておけ。何と返ってくるか分からない」
桜は少し笑った。窓の外はすでに暗くなっていた。五月の終わりよりも、夜が少し遅くなっていた。
陽介はノートを閉じながら、電子という目に見えないものが膜の上を流れ、プロトンが濃度差を作り、タービンが回る、その一連の流れを頭の中で再生した。
細胞の中の滝。
誰も見たことのない滝が、今この瞬間も、全身の細胞の中で流れ続けている。
第5節 酸素需要を読む
手術室に二度目に入ったのは、その翌週だった。
今度は冠動脈バイパス術だった。心臓の血管が詰まった患者に、別の血管を繋ぎ直す手術だ。前回と同じく人工心肺を使う。今日は真田の隣で、陽介が一部のモニタリングを担当することになっていた。
「前回と違う点がある」真田は術前の準備をしながら言った。「今日は心拍動下でバイパスをかける部分がある。心臓を完全には止めない時間帯がある」
「動いている心臓を操作する?」
「外科医がスタビライザーという器具で心臓の一部を固定して、その部分だけ手術する。心臓全体は動き続ける。人工心肺は補助的に動かす」
「酸素の需要が変わりますか」
真田が少し間を置いた。「なぜそう思う」
「心臓が動き続けるということは、心筋がATPを消費し続けるということで、酸素消費量が、完全停止のときより多い。人工心肺が供給する酸素量を、それに合わせる必要がある、と思って」
真田はモニターの設定を確認しながら「方向は正しい」と言った。「ただし酸素需要の話はそれだけじゃない。今日は酸素飽和度の数値を、前回より注意して見ていろ。変化があったら声をかけろ」
「分かりました」
手術が始まった。
陽介は前回より落ち着いて手術室の空気に馴染めた。モニターの数値の並びも、ひと通り把握していた。送血流量、回路内圧、温度、そして混合静脈血酸素飽和度。最後の数値の前で、陽介の目が止まった。
SvO₂。
「真田さん」陽介は小声で聞いた。「SvO₂というのは」
「静脈血の酸素飽和度だ。全身の細胞が酸素を使った後、静脈に戻ってくる血液の酸素がどれだけ残っているかを示す」
「残っている量で、何が分かるんですか」
「全身の細胞がどれだけ酸素を消費したかが分かる。正常では六十から七十五パーセント程度だ。動脈血が百パーセント近い酸素を運んで、細胞に届けた後、二十から四十パーセント分が消費されて静脈に戻ってくる」
「SvO₂が下がったら」
「細胞がより多くの酸素を使っている、ということだ。需要が増えているか、供給が足りていないか、あるいは両方だ」
陽介はモニターの数値を見た。SvO₂は七十一パーセントを示していた。
「今の値は正常範囲ですね」
「正常だ。ただし見るのは数値だけじゃない」真田は言った。「変化の方向と速度を見る。安定していても、急に動き始めたときが重要だ」
手術は順調に進んだ。外科医がスタビライザーを装着し、心臓の一部を固定した。人工心肺の流量設定が微調整された。
陽介はSvO₂の数値を定期的に確認しながら、頭の中でその意味を整理した。
全身の細胞が酸素を使って電子伝達系を回す。NADHとFADH₂の電子が複合体を伝わって酸素に渡される。その消費の総量が、静脈血に残る酸素の量として現れる。SvO₂は、全身のミトコンドリアの活動量を、血液という川の出口で測っている数値だ。
川の上流で何が起きているか、下流で水質を測ることで推測する。
「真田さん」陽介はまた小声で言った。「SvO₂が下がるとき、具体的にどんな状況が考えられますか」
「いくつかある」真田は画面から目を離さずに答えた。「一つは心拍出量が落ちたとき。心臓が弱って、血液を十分に送り出せない。細胞への酸素供給が落ちるから、細胞は残りの酸素をより多く搾り取ろうとする。静脈血の酸素が減る」
「もう一つは」
「貧血だ。赤血球が少なければ、血液が運べる酸素の量が減る。供給不足になる」
「藤井さんの話と繋がります」陽介は言った。「腎性貧血で赤血球が少ない。酸素供給が制限される。SvO₂が低めに出やすい」
「覚えていたか」
「以前考えた仮説です。透析患者さんが疲れやすい理由を整理したときに」
真田は短く「そうだな」と言った。それだけだった。しかしそれが肯定だと陽介には分かった。
手術の後半、心拍動下のバイパスが一本完成した頃、モニターの数値がわずかに動いた。SvO₂が七十一から六十七へ下がった。
陽介は真田を見た。
「気づいたか」真田は言った。
「SvO₂が下がりました。四ポイント」
「原因の候補は」
陽介は考えた。「心臓を固定して操作している部分で、心筋の負荷が増えている可能性。心筋のATP消費が増えて、酸素需要が上がった」
「他には」
「人工心肺の流量が微調整されたこと。供給量がわずかに変わった」
「今の変化は許容範囲内だ」真田は言った。「ただし続けて下がるようなら報告しろ。六十を切ったら迷わず声をかけろ」
「はい」
数値はその後六十九まで戻り、安定した。
陽介はその間ずっとモニターから目を離さなかった。数値の一つ一つが、全身の細胞のミトコンドリアから送られてくるメッセージだった。電子伝達系が回っているか。酸素が足りているか。ATPが作られているか。
血液という川の出口で、上流の工場が今も動いているかどうかを確認している。
手術が終わったのは夕方だった。
患者が手術室を出た後、後片付けをしながら真田が言った。「今日の感想を言え」
陽介は少し考えた。「SvO₂という数値が、全身のミトコンドリアの活動を反映しているということが、今日初めて実感として分かりました。数値を見ることが、細胞の中を見ることだと思いました」
真田は片付けの手を止めなかった。「それだけか」
「もう一つ」陽介は続けた。「藤井さんの疲れやすさを考えたとき、貧血と酸素供給の関係を仮説として立てました。今日のSvO₂の話で、その仮説の見方が少し変わりました」
「どう変わった」
「仮説のときは、貧血だから酸素が足りない、という単純な図式で考えていました。でも今日、SvO₂は供給だけでなく需要も反映することを知りました。藤井さんが疲れやすいのは、供給が足りないだけでなく、電子伝達系の効率自体が落ちていて、必要な酸素量が変わっている可能性もある。もう少し複雑な話かもしれない」
真田はチューブをトレイに収めながら「仮説が育ったな」と言った。
「まだ証明できていません」
「仮説は育てるものだ。証明は臨床データが教えてくれる」
片付けが終わった。手術室の照明が落とされ、機械が静かになった。
廊下に出ると、桜が待っていた。今日は外来のサポートに入っていて、手術室には来ていなかった。陽介の顔を見て「どうだった」と聞いた。
「SvO₂の話をする」陽介は言った。
「歩きながら聞く」
二人は廊下を並んで歩いた。陽介が今日見たことを話した。SvO₂の意味、数値の変化、真田とのやりとり。桜は時折質問を挟みながら聞いた。
病院の正面玄関を出ると、六月の夕空が広がっていた。梅雨の晴れ間で、空の色が深かった。
「ねえ」桜が歩きながら言った。「SvO₂が全身のミトコンドリアの活動を反映してるって、なんか、すごい話だね」
「どういう意味だ」
「だって、ミトコンドリアって、見えないじゃない。細胞の中にあって、顕微鏡でも普通には見えない。でもSvO₂という数値を見れば、全身の何十兆個もの細胞のミトコンドリアが、今どれだけ働いているかが分かる」
陽介は夕空を見た。「見えないものを、数値で読む」
「それって、生化学を知っているから読めることだよね。SvO₂という数値の後ろに、電子伝達系があって、プロトンの滝があって、TCA回路があって、ミトコンドリアがあって、というのを知っていなかったら、ただの数字だ」
「地図を持っていないと、数値が読めない」
「真田さんが最初に言ってたのは、そういうことだったんだね」桜は少し間を置いた。「地図を持て。工場の中を歩くための地図を」
バス停が見えてきた。藤井さんのことを初めて話した日も、ここを歩いていた。あのときより地図は厚くなっていた。解糖系があって、TCA回路があって、電子伝達系があって、それが全部繋がっている。
「なんか今日は、遠くまで来た気がする」桜がバス停のベンチに座りながら言った。
「どういう意味だ」
「心臓が止まるのを見て、SvO₂の数値を読んで、ミトコンドリアの話が全部繋がった。朝と夕方で、見えてるものが違う気がして」
陽介はバスを待ちながら、今週を振り返った。手術室で心臓が止まるのを見た。TCA回路の生産ラインを桜と整理した。電子の滝の話を真田から聞いた。SvO₂の数値が、全身のミトコンドリアを反映していると知った。
発電所、フル稼働。
今週の最初に真田が手術室に呼んだとき、その言葉の意味はまだ分からなかった。今は少し分かる。ミトコンドリアという発電所がフル稼働するための条件は何か。それを管理することが、手術室でのCEの仕事の一つだ。
バスが来た。
二人は乗り込んで、窓際の席に並んで座った。車窓の外に夕暮れの街が流れていく。どこかの家の窓に明かりが灯り始めていた。
「ねえ」桜がぽつりと言った。「今日の患者さん、明日も生きてるかな」
陽介は少し考えてから「生きてると思う」と言った。
「根拠は」
「手術がうまくいった。人工心肺離脱も問題なかった。SvO₂も安定していた。細胞のミトコンドリアが、十分な酸素を受け取り続けた」
桜は窓の外を見たまま、「そうだね」と言った。
「どうした」
「別に」桜は少し間を置いた。「なんか今日、患者さんの心臓が動くのを手術室の外から想像してたら、急に実感が来て。その人の全身の細胞が今日も動き続けるために、陽介たちが中にいたんだな、って」
陽介は答えなかった。
バスは夜の街を走り続けた。
全身の細胞の中で、今もプロトンの滝が流れている。電子が複合体を伝わり、酸素と結合して水になる。その静かな営みが続く限り、人は生きている。
その営みを守るために、CEは機械を持って入っていく。
地図は、また少し厚くなった。
今回は、細胞の中での呼吸とエネルギー発電、TCA回路と電子伝達系の回でした。
「TCA回路が止まらない限り、細胞は生きている」という陽介の言葉を書いたとき、自分でも少し手が止まりました。生化学の教科書的な話が、こういう文脈で地に足をつける瞬間が、この作品を書く上でのいちばんの醍醐味です。
真田さんの「ダム」の比喩は、実際に学生に説明するときに使うものに近いです。難しい概念を、誰かに言葉で渡せるかどうか、が本当の理解の証明だと思っています。
桜の「今日の患者さん、明日も生きてるかな」というセリフが、この章のすべてを引き取る言葉になりました。次回は電子伝達系の先、いよいよエネルギー代謝の全体像が見えてきます。




