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夜明け前の弁当屋

作者:八雲 海
最終エピソード掲載日:2026/06/02
安さでは勝てない。でも、あなたの人生なら知っている。
32歳、離婚。元夫の借金だけ残して失踪。
シングルマザーの桐原真琴が持っているのは、
異常なほどの記憶力と、人を「ただ見る」だけの目だった。

弁当工場をクビになった帰り道、
潰れかけの老舗弁当屋の前で老人が倒れる。
真琴はとっさに厨房へ入り、常連客の弁当を作った。

夜勤明けの看護師には、匂いが残らない弁当を。
血圧の高い老人には、減塩でも味が濃く感じる弁当を。
冬の現場仕事の男たちには、冷めても旨い弁当を。
深夜のスナックのママには、胃に優しい雑炊を。

大型チェーンの300円弁当に客を奪われながら、
元夫が親権を盾に戻ってきながら、
娘が「うちは貧乏だから」と呟く夜も、
真琴は朝4時にシャッターを上げ続ける。

泣かない。愚痴を言わない。
弁当の中に、言葉にならないものを込めるだけ。

これは、ゆっくり諦めていた街が、
一人の女の「ただ見る目」によって、
少しずつ動き始める物語。
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