第六話 冷えても旨い
十二月に入った。
商店街の電球が切れかけているのか、アーケードの端の方が少し暗かった。飾り付けをする店もない。クリスマスの気配が、ここだけ薄かった。
真琴はシャッターを上げながら、アーケードの電球を数えた。切れているのは三つ。去年から切れていたのか、最近切れたのか、わからなかった。
――――――
現場仕事の男が最初に来たのは、十二月の第一週だった。
二人組で、作業着のまま入ってきた。四十代と三十代、どちらも体が大きい。入口で少し迷った様子だった。
「弁当、まだありますか」
「あります」
二人はケースを覗いた。
「どれが旨いですか」
真琴は少し考えた。
「何時に食べますか」
「昼。現場で」
「今何時に来ていますか」
「朝一で取りに来てる。七時くらい」
七時に受け取って、昼に食べる。五時間近く経つ。外の現場なら今の時期は寒い。弁当は完全に冷める。
「鶏の照り焼きにしてください」
「これか」真琴が指した弁当を、年上の男が取った。「もう一個は?」
「同じものでいいと思います」
「なんで」
「冷めても味が落ちにくいです。脂が適度に乗っているので」
年上の男が真琴を見た。
「詳しいな」
「工場で弁当を作っていました」
男は少し納得したような顔をした。二つ取って、代金を払った。
出て行く前に振り返った。
「明日も来ていいか」
「どうぞ」
――――――
翌日、二人はまた来た。今度は三人だった。
増えた一人は二十代で、まだ若かった。作業着の袖が少し短い。新人だろう、と真琴は思った。
「昨日のやつ、旨かった」年上の男が言った。「こいつにも同じの」
真琴は三人分の鶏の照り焼きを袋に入れながら、若い男を見た。
体は大きいが、まだ食べ盛りだ。三十代の男より消耗が激しいかもしれない。
「ご飯、多めにしますか」
若い男が少し驚いた顔をした。
「……いいんですか」
「同じ値段で」
「じゃあ、お願いします」
真琴は若い男の分だけご飯を多めにした。
三人が出て行った後、年上の男が戻ってきた。忘れ物かと思ったが、違った。
「さっきの、なんで飯多めにしたんですか」
「体が大きいので」
「それだけか」
「作業着の袖が短かったです。新しい人は体に合ったものを支給されるまで時間がかかることがあります。まだ慣れていない現場仕事は体力を使います」
男はしばらく真琴を見た。
「……よく見てるな」
「ただ見ていただけです」
男は少し笑った。
「名前、なんていうんですか」
「桐原です」
「俺は坂口。また来ます」
そのまま出て行った。
――――――
坂口たちは毎朝来るようになった。
人数は日によって違った。三人のときも、五人のときもあった。多い日は七人来た。
真琴は坂口たちの現場の状況を少しずつ把握した。
現場は商店街から北に二キロほどのところにある再開発地区だった。マンションを建てている。工期は来年の春まで。
冬の現場は体が冷える。昼飯は温かいものが食べたくても、現場で温める手段がない。
真琴は弁当の組み方を変えた。
冷めても旨いもの、が基本だ。脂が適度に乗った肉。根菜の煮物は味が染みていれば冷めても旨い。卵焼きは甘めにすると冷めても硬くなりにくい。
ご飯は普通の白米より、少し硬めに炊く。冷めたとき、柔らかく炊いたものより食感が保たれる。
坂口が気づいた。
「飯の炊き方、変えましたか」
「少し硬めにしています」
「冷めてもパサつかない」
「そのためです」
坂口はしばらく考えた。
「……頭で作ってるんですね、あなた」
「手で作っています」
坂口は笑った。今度は短くない笑いだった。
――――――
その週の木曜日、坂口が一人で来た。昼ではなく、夕方だった。
作業着ではなく、普段着だった。
「今日は休みで」坂口が言った。「一個もらえますか。夕飯に」
「どれにしますか」
坂口はケースを見た。
「桐原さんが選んでください」
真琴は少し考えた。
坂口は四十代、体格がいい。今日は現場ではないから、消耗は少ない。夕飯なら少し手の込んだものが合う。
真琴は鯖の味噌煮と根菜の煮物の弁当を取った。
「これにします」
「なんで」
「今日は現場じゃないので、重いものより、味がしっかりしたものが合うと思いました」
坂口は黙って受け取った。
代金を払って、出て行く前に言った。
「現場の連中に話します。もっと来ると思う」
「ありがとうございます」
「礼はいらない。旨いから言うだけです」
坂口は出て行った。
――――――
坂口の言った通りになった。
翌週から、朝七時台の客が増えた。作業着の男たちが入れ替わり立ち替わり来る。多い日は開店から一時間で二十食以上出た。
真琴は仕入れの量を増やした。西田に連絡して、鶏肉と根菜の量を一・五倍にした。
西田が少し驚いた。
「増えてるじゃないですか」
「現場の方が来てくれています」
「藤田さんに話したら喜ぶな」
「今日、病院に寄ります」
西田は荷物を下ろして、いつものように帰った。
真琴は厨房に戻って、仕込みを始めた。
鶏肉を切りながら、頭の中で明日の弁当を組んだ。
坂口たちが来る。病院の看護師が来る。田中が来る。老婆が来る。
全員分、顔が浮かんだ。
全員分、弁当の中身が決まった。
包丁の音だけが、静かな厨房に響いた。
――――――
夜、売上を書いた。
今週の一日平均は一万六千円を超えていた。
真琴はしばらくその数字を見た。
開けた当初の二倍だった。
嬉しいという感情は、今日も来なかった。
ただ、次のことを考えた。
夜の時間帯がまだ空いている。
スナックのママが、一度だけ遠くから店を見ていた。入ってこなかった。
次に来たとき、入ってきてもらえるかどうか。
それだけを考えた。
(第六話・了)




