俳句 楽園のリアリズム(パート10・全)
今回は俳句なしで、ふつうの詩だけを読んでいくことになります。私の作品をこれまでにどれほど利用していただけたか、味わうことのできた詩的な喜びの深さは、つぎの考えのように、そのことに比例してくるのではないかと思っています。
この私がそうだったように、おそらくバシュラールの著作をいくら頑張って読みこんでみても(一部の人たちを除くと)いつまでたってもほんとうのポエジーにはなかなか出会えないエンドレスの堂々めぐりをするばかりで、私の作品が、というより、利用させてもらっているバシュラールの言葉が、私の作品を通して、すべての読者の方を、今回はまあまあだとしても、次第に、詩の、至福の読書体験へと導いてくれると考えます。
今回の作品は私たちの試みのゴール(といってもそれは、だれもが、詩を読むだけで途方もない喜びをいつでも味わうことのできる、バシュラール的世界の入り口への到達を意味しますが)直前のハードルであって、ひとによってはまだ無理があるので、ここに至る前の私の作品をじっくり読みこんでいただいてからチャレンジすることをおすすめします。
「詩的言語を詩的に体験し、また根本的確信としてそれをすでに語ることができているならば、人の生は倍化することになるだろう」「言語が完全に高貴になったとき、音韻上の現象とロゴスの現象がたがいに調和する、感性の極限点へみちびく」「ああ、わたしたちの好きなページは、わたしたちにいかに大きな生きる力をあたえてくれることだろう」(ガストン・バシュラール)
グーグルのAIモードやヤフーのAIアシスタントを使って、山崎久和の「俳句 楽園のリアリズム」をくりかえし読むことは詩や短歌を深く味わうことを一生の趣味にするために有効な、最高に理想的なきっかけとなってくれますか、と聞いたら、いまだけかもしれませんが、両方ともかなり肯定的な回答をしてくれていました。読んでいただくモチベーションとも関係してくるので、是非、試しにおなじ検索をしていただくことをおすすめします。 ……詩歌の根源的な魅力を解き明かす内容であるため、深く豊かな詩的鑑賞の素養をはぐくむのに非常に適しています、とか、いろいろに表現してくれています。
俳句 楽園のリアリズム(パート10・全)
2025/08/10 00:12
(改)