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「五年で子ができねば離縁」と書いたのは夫です。今日が五年目の朝

最終エピソード掲載日:2026/08/31
その条項を書かせたのは、夫のほうだった。

五年で子ができなければ離縁する。

両家の体裁のために入れた形式だと、夫は言った。

アドリーナは五年、侯爵夫人としてこの家を回してきた。

一族三十二家の席次を決め、招待状の敬称を一通ずつ書き分けた。

誰と誰を隣にしてはいけないかは、紙に書かずに覚えている。

書けば漏れる。

だから彼女の仕事は、どこにも記録が残らない。

夫はそれを、いつもどおりでいい、と呼んだ。

寝室の扉は、五年のあいだ一度も開かなかった。

彼女は麻糸に結び目をひとつずつ作り、その夜を数えていた。

数えていたことを、この家の誰も知らない。

五年目の朝。

鞄に入れたのは、着替えと母の櫛と、婚姻契約書の写しだけだった。

門には、彼女が自分の名で呼んだ公証人が立っている。

書いたのは夫で、履行するのは彼女である。

出ていく彼女に、夫は同じ言葉を繰り返した。

来年も同じように頼む、と。

何も起きなかった日は、何も残らない。

残らないものを、彼女は五年ぶん積んできた。

誰も礼を言わなかった。

その五年分を、今度は誰が数えることになるのか。
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