助かりました
北へ来て最初にしたのは、名前を覚えることだった。
アシュフィールドの周りには七家ある。メルロー、ヴィント、オーレン、ケイル、ドゥニ、ハルツ、レーヴェ。当主の名と、その妻の名と、跡取りの名。それから、亡くなった人の名と命日。
紙に書くのは名前と命日だけにした。誰と誰が口をきかないかは書かない。書けば人の目に触れる。
距離のほうは、村へ下りて掴んだ。市の立つ日に広場へ行き、七家の使用人が誰と並んで買い物をしているかを見る。並ぶ列は毎回変わるが、変わらない組み合わせが二つある。
三度通って、だいたい分かった。
北は王都より春が遅い。四月の末になっても朝は息が白く、井戸の水は手が痛くなるほど冷たい。石灰を積んだ荷は週に二度、丘の道を下りていく。荷の音で曜日が分かる。
アシュフィールド様の母君が使っていた部屋を、そのまま仕事場として借りた。四年、誰も入っていなかったらしい。棚には糸の見本と、封蝋の型と、乾いた墨の壺が並んでいる。
墨の壺は蓋が固着していて、湯につけてやっと開いた。窓の桟に、指の幅ほどの傷が三本並んでいた。何かを立てかけていた跡である。
棚も抽斗も見た。名簿は無い。
「母は何も残しませんでした」
「残さない方でしたか」
「残す必要を感じていなかったのだと思います。頭の中にあるうちは、それで足りますので」
その言い方に、私は少し手を止めた。
「足りますね」
「ええ」
それきり、どちらもその話をしなかった。
春の終わりに、七家の寄合がある。年に一度、水路と道の普請の割りを決める集まりで、決めた後に食事が出る。アシュフィールド家が回り番の年で、四年ぶりに主催に当たっていた。
四年ぶりというのは、母君が最後に主催した年の次だという意味である。
招待状は七通。一通ずつ宛名と敬称が違う。オーレン家の当主は先代の弟で、名の下に付ける敬称を一段軽くすると角が立つ。ケイル家は去年跡取りが継いだので、宛名を先代のままにしてはいけない。
ドゥニ家には去年子が生まれている。祝いを出していないので、招待状の末尾に一行だけ足す。足しすぎると詫びになる。一行で止める。
書き損じは削り直しがきかない。紙ごと替える。九枚の紙で七通を書いた。
二枚の書き損じは、どちらもオーレン家だった。
去年の秋、オーレン家の弔いに、アシュフィールド家だけが品を先に届けている。順を知らない者が届けた。届いた品は良いもので、良いものだったせいで、余計に目立った。
その先に何が起きたかを、アシュフィールド様は知らない。知らないまま四年やってきて、七家のうち二つはもう返事の遅い家になっている。
返事が遅い家は、まだ切れていない家である。切れた家は早く返してくる。早く返して、それきりになる。
寄合の三日前、私は席の割りを組んだ。
メルロー家とヴィント家は、水路の分けかたで十二年もめている。もめているのに、どちらも先に口を開かない。その二家を向かい合わせにすると、寄合が終わるまで誰も水路の話ができなくなる。
離す。間にケイル家とドゥニ家を入れる。
ケイル家は今年当主が替わったばかりで、どちらにも義理がない。ドゥニ家は子が生まれたばかりで、話題が向こうから来る。話題のある家を間に置くと、両側は黙っていても不自然にならない。
オーレン家は、上座から二番目に置いた。去年の順を戻す場所は、そこしかない。
札は自分の字で書いた。名の下の敬称は七通とも違う。紙は札用の厚手で、角が立っている。指で弾くと硬い音がした。
書きながら、この字を読むのが七人だけだということを考えた。三十二家分を書いていた頃より、紙はずっと少ない。少ないのに、一枚に使う時間は変わらなかった。
当日は晴れていた。
石灰を焼く煙が北の丘から立っていて、風向きで館の窓を閉める。給仕の少年が水差しを二度替えに来た。
客は昼前から来た。馬を預ける順、上着を受け取る順、水を出す順。どれも札の並びどおりに動くようにしてある。
メルロー家の当主が入ってきて、自分の札を見て、それから広間を見渡した。ヴィント家の当主は反対側の端にいる。当主はそのまま席に着いた。
札を見てから広間を見る人は、自分がどう扱われたかを確かめている。
オーレン家の当主は、上座から二番目の札を見て、少しのあいだ立っていた。それから座る。
座ってから、隣のハルツ家の当主に何か言った。ハルツ家の当主が笑い、二人で上座のほうを見た。見られたアシュフィールド様は、何のことか分からない顔で会釈を返した。
分からないままでいい。分かる必要のあるほうが、この広間には一人いれば足りる。
普請の割りは、去年の分に一割足して決まった。丘の道の石が流れているという話が出て、アシュフィールド様が費えの三分を持つと言った。持ちすぎだと私は思ったが、この場で言うことではない。
寄合は二刻で終わった。
水路の話は出ない。去年の弔いの話も出ない。オーレン家の当主は帰り際に、来年の順はうちが回すと言った。回すと言ったのは、続ける気があるという意味である。
去年、この家は品を先に届けられた側だった。届けられた側は、届けた側より長く覚えている。
無事に終わった。
無事に終わった日は、何も残らない。
片づけの広間で、椅子を戻していた。
給仕の少年が札を集めて、束にして持ってくる。
「これは、どういたしましょう」
「置いていってください。私が数えます」
七枚。全部ある。
札の裏を見た。オーレン家の札の裏に、爪の跡が一つついている。指で押さえて曲げた跡である。持ち帰ろうとして、やめた人がいる。
アシュフィールド様が広間に入ってきたのは、そのときだった。上着を脱いでいて、袖が少し濡れている。外で馬を見送ってきたのだと分かる。
「終わりました」
「はい」
「ヴェスタール殿」
私は札を揃える手を止めた。
「助かりました。何も起こらなかったのは、あなたが起こさせなかったからです」
何を返せばいいのか、すぐには出てこなかった。
礼を言われた経験がないわけではない。花の礼、菓子の礼、手紙の礼。そういうものは五年で何度も受け取った。
どれも、こちらが渡したものへの礼である。
起きなかったことに礼を言われたのは、初めてだった。
「札を、七枚ともお返しします」
言ってから、話が違う方へ行ったのが自分でも分かった。
「来年の分の下敷きになりますので」
「預かります」
「来年はオーレン家が回します。順は今日で戻りましたので、次は間に一家挟めば足ります」
「覚えておきます」
「書き留めなくてよろしいのですか」
「あなたが覚えておいでですから」
言われて、私は札の束から手を離す。
その人は札を受け取り、束の上と下を確かめて、上着の内側に入れた。入れてから、胸のところを手のひらで一度押さえた。それだけで、広間を出ていった。
部屋に戻ったのは、日が落ちてからである。
北の春は日が長い。窓を開けると、まだ空の縁が白い。
寝台に腰かけて、指で麻糸を撫でた。結び目の数は変わっていない。
三年目の夜のことを、久しぶりに思い出した。
その夜、私は集いの日取りを伝えに書斎へ行った。
扉が半分開いていた。開いていることは珍しく、中に人がいなかったことはもっと珍しい。
灯りは点いていた。誰かが少し前まで座っていて、少し前に立ったのだと分かる。
机の上に、紙が一枚伏せてあった。
伏せてあるものを見るつもりはなかった。ただ、紙の端が机の縁から出ていて、その端に宛名の一部が見えた。
ドラン、まで。
私は扉の前で立ち止まり、それから廊下へ戻った。日取りを伝えたのは、翌朝の食事の席である。
その紙は、四年目の秋にもまだ机の上にあった。
翌年の秋の夜会で、ドラン伯爵家のミレイユ様が他国の大公家へ嫁がれると聞いた。話していたのは私ではない。三人の夫人が話していて、私は扇を持って、その話が終わるのを待っていた。
話が終わったら、席次の相談を持ちかける約束になっていた。約束のほうを、私は覚えていた。
その方に会ったことは二度ある。二度とも、こちらから挨拶をした。落ち着いた方で、余計なことを言わない。私の名を正しく覚えていて、二度目には席の礼を言われた。
嫌う理由がどこにもない人だった。今も無い。あの方は、待たれていたことを知らないまま嫁いでいった。
嫁がれた後、机の上の紙は片づけられていた。出されたかどうかは分からない。宛名の書かれた紙が二年そこにあって、ある日なくなった。それだけである。
その秋から、私は結び目を作り始めた。
窓の外が暗くなった。
私は待っていたのではない、と思った。
待つというのは、来るかもしれないものを見ている状態である。私はその秋に、来るものは無いと知った。知ってから、残りを数えることにした。
果たさずに出ていく道もあった。その道を選ばなかったのは、選べば私の側に落ち度が残るからである。
だから数えた。
数えるのは、待つことの反対にある。待つ人は日を数えない。日を数える人は、その日が来ることを知っている。
二百と少し。その数だけ、私はあの廊下を通った。通ったことを知っているのは私だけで、知っていることに意味があるとは、あのときは思っていなかった。
麻糸を膝の上に置く。
助かりました、と言われたのは五年ぶりではなく、初めてだった。




