夫が十年間「出張」と言い張った先に、もうひとつの家庭がありました
最終エピソード掲載日:2026/03/29
月の半分が空席の執務机を、十年間おかしいと思わなかった。
夫は王都出張だと言った。
辺境の領地経営は妻の仕事だと、誰も疑わなかった。
堤防を直し、帳簿をつけ、領民に慕われ、子供を育てた。
それが当たり前の日常だった。
ある日、王都で見つけたのは夫の別邸。
庭には見知らぬ女性と、夫によく似た子供がいた。
その女性の指には、五年前に夫が無くしたと言った指輪が光っていた。
三秒だけ目を閉じた。
目を開けた時、もう泣く気はなかった。
帰路の馬車の中で、侍女にひとつだけ告げた。
帰ったら引き継ぎ資料を作る、と。
三ヶ月かけて仕上げた資料は三百二十四頁。
十年分の仕事を紙に落とし込んで、全部返した。
一つ残らず。
領地を去る日、手元に残ったのは帳簿の写しと、隣国の技師から届いた五年分の書簡だけだった。
あの技師は、一度も余計なことを言わなかった。
約束の時間に遅れたこともなかった。
ただ書簡の末尾にだけ、不器用な一文を添えていた。
夫のいない領地で何が起きるのか。
帳簿に残された数字は何を語るのか。
五年間黙っていた技師は、なぜ黙っていたのか。
返したものの重さを、あの人はまだ知らない。
夫は王都出張だと言った。
辺境の領地経営は妻の仕事だと、誰も疑わなかった。
堤防を直し、帳簿をつけ、領民に慕われ、子供を育てた。
それが当たり前の日常だった。
ある日、王都で見つけたのは夫の別邸。
庭には見知らぬ女性と、夫によく似た子供がいた。
その女性の指には、五年前に夫が無くしたと言った指輪が光っていた。
三秒だけ目を閉じた。
目を開けた時、もう泣く気はなかった。
帰路の馬車の中で、侍女にひとつだけ告げた。
帰ったら引き継ぎ資料を作る、と。
三ヶ月かけて仕上げた資料は三百二十四頁。
十年分の仕事を紙に落とし込んで、全部返した。
一つ残らず。
領地を去る日、手元に残ったのは帳簿の写しと、隣国の技師から届いた五年分の書簡だけだった。
あの技師は、一度も余計なことを言わなかった。
約束の時間に遅れたこともなかった。
ただ書簡の末尾にだけ、不器用な一文を添えていた。
夫のいない領地で何が起きるのか。
帳簿に残された数字は何を語るのか。
五年間黙っていた技師は、なぜ黙っていたのか。
返したものの重さを、あの人はまだ知らない。
第1章
第1話 十年目の王都
2026/02/28 12:11
第2話 三百頁の辞表
2026/02/28 12:11
(改)
第3話 空っぽの執務机
2026/02/28 12:11
第4話 同じ図面の上で
2026/02/28 12:11
(改)
第5話 崩れた堤防
2026/02/28 12:11
第6話 綻びる仮面
2026/02/28 12:12
(改)
第7話 九歳の問い
2026/02/28 15:16
(改)
第8話 嵐の前の選択
2026/02/28 12:12
(改)
第9話 十年分の帳尻
2026/02/28 12:12
(改)
第10話 新しい堤防
2026/02/28 12:12
第2章
第1話 嘆願書
2026/03/02 18:13
第2話 売り物
2026/03/02 18:14
第3話 筆談
2026/03/02 18:14
第4話 二通
2026/03/02 18:14
第5話 三箇所
2026/03/02 18:14
第6話 水源の石
2026/03/02 18:14
第7話 大丈夫
2026/03/02 18:14
(改)
第8話 三百二十四頁
2026/03/02 18:15
第9話 名前
2026/03/02 18:15
第10話 一緒に
2026/03/02 18:15
(改)
第3章
第1話 新しい長靴
2026/03/03 12:04
(改)
第2話 三つの不備
2026/03/03 12:04
(改)
第3話 蝋の長さ
2026/03/03 12:04
第4話 門の内と外
2026/03/03 12:04
(改)
第5話 名前で呼ぶ
2026/03/03 12:04
第6話 声をかけられなかった人
2026/03/03 12:04
(改)
第7話 出る幕
2026/03/03 12:05
第8話 耐えた夜
2026/03/03 12:05
(改)
第9話 忘れられた名前
2026/03/03 12:05
第10話 風が渡る
2026/03/03 12:05
第4章
第1話 穏やかな水位
2026/03/04 12:04
第2話 付箋と手紙
2026/03/04 12:04
(改)
第3話 正しさの外側
2026/03/04 12:04
第4話 解決策という距離
2026/03/04 12:04
第5話 門の外の手紙
2026/03/04 12:04
第6話 数字で証明する
2026/03/04 12:04
第7話 堤防のある場所
2026/03/04 12:04
第8話 振り返らない
2026/03/04 12:05
第9話 名前を呼ぶ
2026/03/04 12:05
第10話 風の渡る場所
2026/03/04 12:05
(改)
第5章
第1話 名前のない卒業
2026/03/05 12:06
第2話 二百年の記録
2026/03/06 12:03
第3話 前例のない壁
2026/03/07 12:50
第4話 三百二十四頁の返答
2026/03/08 12:02
(改)
第5話 帳簿は嘘をつかない
2026/03/09 12:02
第6話 繋ぐ人
2026/03/10 12:06
第7話 もう一つの帳簿
2026/03/11 12:03
第8話 数字で殴る日
2026/03/12 12:03
第9話 名前の重さ
2026/03/13 12:03
第10話 風が渡る場所で
2026/03/14 12:13
番外編
第1話 マルタの十年
2026/03/17 12:02
(改)
第2話 最初の書簡
2026/03/18 12:02
(改)
第3話 門から三歩
2026/03/19 12:06
第4話 紙の裏側
2026/03/20 23:16
第5話 四十五年の根
2026/03/21 12:34
第6話 テオの窓
2026/03/22 12:46
(改)
第7話 エーリヒの本棚
2026/03/23 12:05
第8話 蜂蜜の匂い
2026/03/24 12:03
第9話 椅子を動かす朝
2026/03/25 12:29
第10話 安宿の窓
2026/03/26 12:01
第11話 蜂蜜半匙
2026/03/27 12:03
第12話 銀木犀の下で
2026/03/28 12:23
第13話 追い風のその先
2026/03/29 12:05