第6話-33 ICBM: Incredibly Casual Ballistic MAN
城に到着してわだちが駐まると、ベルゲンは二重になった眠たげな目を拭った。
お疲れですかと俺が尋ねると、アダチ殿のことの他にもやることが山のようにあってな、と答える。
わだちを降りてグレアを見れば、スカートの埃を払いながら平然としていた。さっきのトロフィーはどう処分したのやら。少なくとも彼女の手にも、誰かの忘れ物がないか、念のため確認した荷台にも残っていなかった。
エルア総監と別れ、そのままベルゲンに案内されて中央書庫まで戻ってきたところで俺は確信する。これは昼飯がないパターンだと。
食後は眠くなって頭に入らんから、合理的っちゃそうなんだが。
「夕べに預けた資料を出してくれないか」
ベルゲンは中央書庫の扉を開けて俺達を招き入れ、その足でレーザー司書の座る机に寄る。
初めて会ったときから一歩も動かず、相変わらず書物に目を落としていた彼女。視線だけベルゲンに向けて、無言でパタンと本を閉じた。
ベルゲンに一言も返さないまま、彼女は自身が座る木製の机に頭を傾ける。金属の打ち擦れる音が響いて、鍵を解錠する音がした。机の引き出しから、数枚の羊皮紙を取り出して、ベルゲンに差し出す。
「蔵書の位置は動かさないようにお願いします」
受け取ろうと羊皮紙を掴んだベルゲン。レーザー司書は羊皮紙を掴んで離さず引っ張って文句をつける。
おそらく、ベルゲンが歴史書を適当に戻した件だろう。
「同じ棚に戻したろう」
「ベルゲン様はいつも戻し方がいい加減です。適当に片付けるくらいなら私に預けてください」
今回だけではなかったらしい。
彼女は言うだけ言って、ふわっと羊皮紙から手を離す。
付いてきた俺とグレアに目を向けて、注意事項は午前に説明したとおりですという。
領主ベルゲンにここまでハッキリと物申せるのは、レーザー司書固有の能力なのか、あるいは文化なのか――エルア総監が「無理なものは無理と、できないものはできないと、ベルゲンにはっきり言うように」という言葉を思い出した。
「夕べに断ったとおり、ここでしばらく話をするからな」
「承知しました」
書庫は静粛にしておくべきだと思ったが、会議室代わりに話をすることは許されるらしい。
ベルゲンが長机の対向側に手を差しだして、俺に座るように促した。ベルゲンに従って席に座る。グレアは俺の隣である。彼と相対するその後ろで、本を読むレーザー司書が見える。
「まあ、なんだ、午前中の防衛軍の演習の見学に付き合ってもらったのは、これから話す予備計画を、正しく想像してもらうためだったのだ」
「予備計画?」
「飛行艇計画のだよ」
ベルゲンの言うことがイマイチ掴めなかった。飛行艇の予備計画なんて俺は用意していないし、それ以外の方法はないと考えていた。だから飛行艇計画に全力を注いできたのである。
「アダチ殿は神都での国王陛下との謁見を控えているが、神都へ向かうための飛行艇の建造には、大変苦労しているのは周知の事実だ」
「はぁ」
「アダチ殿の飛行艇――TANON号は先の離水試験で見事初飛行を成し遂げた。民衆の税を投入した結果として見せた光景としては十分評価できる――」
「ありがとうございます」
「――しかし大空に飛び立つまでには至らなかった。少し浮くまでが限界だった」
ベルゲンは真剣な眼差しでさっきの羊皮紙の資料を俺に差し出した。
表題には「超大型火進筒計画」と書いてあり、思わず顔をしかめる。なんだこれ。
「地面や水面ギリギリならなんとか飛べる。TANONの今の状態は、一般的に速力が不足している状態だ。
大空を飛ぶには速力が不足しているが、地面のすぐ近くなら飛べる。そういう状態だ。しかし平坦な地形ならまだしも、丘陵や山を越えるとなると、地面スレスレを飛び続けるのは危険だ」
「その……それは操縦の問題で――」
「そこでだ。最初はTANON専用の大型火進筒を開発して押し出せばどうかと思ったんだが、道中離陸のたびに使い捨ての火進筒を用意するわけにもいかん。おそらく飛行艇に載らないと思うのだ」
一応防衛軍によれば、固形火薬に穴を開けることで、燃焼時間の短縮と引き換えに大推力は出せるらしいが。机に両肘を置き手を組んでベルゲンは語る。
つまり、飛行艇にロケットブースターで離陸や離水を補助させようとしたってことか?
だが飛び立つたびにロケットブースターを使い捨てにするようでは、携行するブースターが多すぎて実用的ではないとベルゲンは考えてる、とも言っている。
「そこで、私は発想を変えることにした。石をより速く投げれば、より遠くに石は落ちる――ならば。
大型の火進筒で飛行艇を押し出すのではなく、超大型の火進筒でアダチ殿とそのお仲間だけを超高空へ高速で打ち上げて、神都まで一気に飛ばしてしまえばよい。途中の領主への挨拶ができないのが玉に瑕だが、このいわゆる『人間砲弾方式』なら飛行艇は要らぬ」
「……?」
ベルゲンの言っていることが理解できなかった。渡された羊皮紙のタイトルをめくって、その中身を確認する。
資料によれば、まず大型のロケットブースターに乗って垂直ないし斜め上方へ打ち上げ、神都方面に加速。途中で燃焼終了したブースターを分離投下。弾道飛行で神都に到達、降下する計画……らしい。
「どうかね? 是非とも、アダチ殿の忌憚なき意見を聞かせてほしい!」
「……俺はライカ犬か何かか?」
オーケイ、すべて理解した。要はこうだ。
"飛行艇が空を飛べないなら、人間を宇宙まで飛ばせばいいじゃない!"
――脳筋のマリー・アントワネット
ベルゲンの忌憚なき意見を聞かせてほしい、という台詞に「お前、正気か?」という返事が喉まで出かけたが。それをグッと飲み込んだ俺を褒めてほしいね。
彼のアイデアを聞いた俺の脳裏に、あの四文字が浮かぶ――そう、ICBMである。
ベルゲンが用意していたバックアップ計画はつまり、大型ロケットに俺が乗って、神都まで弾道飛行ということだった。いや無謀すぎる。
わずかな時間とはいえ、なまじ俺が世界初の航空機の初飛行を成功させてしまったがゆえか、ベルゲンの科学観がバグっちまった。
「ライカ犬、とは」
「ちょっと説明が難しくて」
「そうか……」
ライカ犬。
旧ソ連で初めて地球の周回軌道に到達した犬である。ロクな死に方をしていない。
隣のグレアが黙って俺の顔を見ている。横目で一瞬目が合ったが、特に何かを交わすわけでもなく視線をベルゲンに戻す。
「あまりいい反応ではなさそうだな……? アダチ殿は、私の予備計画を進めると仮定すると、どんな問題が起こると思う?」
「この超大型火進筒計画、一つ作れれば御の字です。例えば発射してすぐ爆発するとか」
現代宇宙開発史で、射場で爆発するロケットの映像はどんな時代でも残されている。
少なくとも火進筒、木製のケースに黒色火薬を詰めたロケットをベースに巨大化した弾道ロケットが、無事に爆発せずに最後まで飛べるのか? 不安しかねぇ。
ベルゲンは俺の言葉に、確かに火進筒も不良で点火しなかったり、爆発して怪我をしたり殉職したりする兵もたまに出るが、と言う。
しかしアダチ殿の協力があれば何とか改良して乗り越えられると思っているのだ、などと宣う。
俺をなんだと思ってんだ。高校生だぞ。どこで学んできたと思ってんだよ、改良できるわけねぇだろ。火薬類取締法の規制対象だぞおい。
「……仮に爆発対策が出来たとしたら?」
「仮に宇宙へ到達したとしても、地上を見下ろして「この星は青かった」などと名言を残す前に、酸欠で俺の顔が青くなって死にます」
「宇宙?」
「…………。」
終わった。
ベルゲンは、宇宙を知らなかった。
高い場所を飛ぶと息苦しくならないかと聞いて分かったことだが、ベルゲンは高空を飛ぶと体力を消耗するために、息切れをすると理解していた。
つまりベルゲンは、大気圏の外側に空気の存在しない宇宙が存在するということを知らなかっただけではなく、空気の薄くなる高高度の空についても正しく認識できていなかったのである。
実際、根性があればどこまでも高く飛べるとベルゲンは誤解していたのだ。
そのレベルでこの計画を出してくるなと言いたいが、そのレベルでなければ、この計画が出てこないのも分かる。無謀すぎる。
「その、宇宙とやらで息ができるようにする、対策はあるのか?」
「酸素……空気を、持っていけばなんとか。ただ、空気を逃がさないようにするために、球形の小さな部屋にする必要があって――」
地上では一メートル四方に十トンの大気圧がかかっている話は有名だ。
宇宙ではこの巨大な力が、与圧殻にモロにかかるのである。
構造が耐えられず、破裂して射出座席よろしく宇宙に放り投げられれば、助かる術はない。
「私は、ナクルの造船と水密の技術が役に立つと思ったが」
「歯が立たないと思います。難易度が違います」
いや待て待てベルゲン。ナクルの技術で宇宙船を作ろうって話だぞ。
木と鉄の飛行艇が、どうにか浮上しただけで拍手大喝采になるナクルの現状で、宇宙船だぞ?
原理的にはフライトが短時間で済むなら、与圧された空間だけを作って空気を閉じ込めるだけかもしれない。
しかし現在の工業力で与圧された空間を作れるのか、という絶望的な問題が立ちはだかる。
TANONでの魔導モーターから出る膨大な熱を処理するために、冷却水温度や、冷却回路と外気の相対圧力差を気にする作りになっているのは、配管に高圧をかけるリスクを落とすため――つまり、高い圧力差を扱う大きなシステムが作ることに、俺やギルドが強い不安を覚えたからだ。
船の水密技術は確かにある。TANONでも実感している。だが十トンの圧力に耐える技術ではない。
「一人が収まる程度でも厳しいですが、僕の他にリンとグレアを連れていくとなると、三人が収まる規模の球はさすがに無理です」
超大型火進筒計画で神都に行くのは、俺とリンとグレアの三人。
道中の護衛として雇われたガル、ブロウル、クラリはその時点で当然契約解除である。資料にもそう書かれている。
まあそりゃそうだろう。
弾道飛行する人類初の宇宙の旅に、襲撃など発生しえない。医療担当のクラリなら、と一瞬思ったが、極超音速の飛翔体という状況に、彼女は間違いなく無力である。
「ふうむ――じゃあ火進筒自体は相乗りにして、三人それぞれを球状の個別の小さな部屋に入れて、分離すれば、どうかな? 小さくすれば作りやすいと思うが」
ベルゲン。お前天才か?
それはMIRVや。複数個別誘導再突入体や。
一つの高価な弾道ミサイルに複数の弾頭を相乗りさせて、いくつかの地域を同時に攻撃できるお徳用パックである。
ベルゲンのICBM計画は、たったいま、俺の目の前でMIRV弾頭に進化した。
現実世界との違いは、あっちが核弾頭を載せるのに対して、こっちは世界最速の棺桶を載せることである。
「できる気がしません」
端的にこの言葉しか返せない。
これ飛行艇の予備計画なんだろ? 飛行艇計画失敗時のプランBって、普通はもっと地に足ついた地味な計画が出てくるもんだろ?
なんでこんな宇宙レベルでぶっ飛んでるんだよ。むしろこの宇宙開発計画のプランBにこそ、飛行艇計画がふさわしいと俺は思うね。
「……アダチ殿。仮に、空気の密封問題が解決できたら?」
「奇跡的にそこまでうまく行くとすると、宇宙の藻屑になれます」
「うん? どういうことだ?」
ベルゲンは長机の端に置いてあった羽根ペンとインク、それから白紙に手を伸ばした。俺が挙げた懸念を書き留めるつもりらしい。
メモなんかしなくていい。どうせご破算になる計画、無理だと分かっている計画だ。
「宇宙に囚われて地上に戻れなくなります。回避するためには、高度な軌道計算と制御が必要です」
「宇宙に囚われる? なぜ? 高い場所にあるものは、すべからく地上めがけて集まるのが理じゃないのか?」
「それはそうなんですが……その、速すぎるがゆえに別の影響が出てくるといいますか……」
まかり間違って第一宇宙速度に到達するような事態――にでもなれば、この星の地上とは永遠にオサラバである。
重力、遠心力、等速直線運動――これをどうベルゲンに説明すりゃいいんだよ。
――俺は星が丸いことをイメージしながらどう説明しようか考えていたが。もしや、そもそも天動説で生きてるんじゃなかろうな?
俺は羊皮紙をめくって、超大型火進筒計画、もとい人間ICBM計画の概略図を見直す。
羊皮紙にこの世界の人々が、この世界は球体であると理解している痕跡を探して。
さすがに地球平面説で弾道飛行の理論は立てられんし、説明さえできない。
すべて手書きで描かれたその資料には、わずかに弧を描いた歪んだ地平面の図と、ナクルから神都までの直線飛行を示す見下ろし図くらいしかない。
地平面が弧を描いているのは意図してなのか、描いたときのクセで歪んでしまったのか見分けがつかん。
天動説と地動説、結局どっちに生きているか分からんが、この世界が球なのか平面なのか、どっちだと思っているのか聞くことは諦めた。
聞いたって何もできねぇ。
神都までの正確な地図や座標は取れるのか。弾道計算はどうするんだ。星の自転も影響すると聞いたことがあるが、補正して計算、実行できるだけの科学力があるのか。
俺の頭の中で現実のファクターが駆け巡る。
とかくベルゲンには「長距離では軌道計算が複雑になるから、そう単純にはいかない」とシンプルに伝えた。
「計算なら私も少し趣味で囓っている。必要なら私に数学を与えた師を呼んで力添えしてもらおうか」
「…………。」
俺は軌道コンピュータではない。
人力で軌道計算と修正なんざできねぇぞ。地上から宇宙空間の到達までにかかる空気抵抗は、速度の変化でも変わるし、気圧変化でも変わるはずだ。
経路全体にかかる空気抵抗の総エネルギーの計算には、積分の計算が必要そうだということまでは分かるが、さすがに計算しきれねぇぞ。
その計算をしないと必要な固形燃料も求まらん。
そもそも軌道修正どうやんだよ。固形火薬って一度点火したら最後、もう誰にも止められねぇだろ。
船内の空気を推進剤タンクの代わりにして、スラスター噴射でもさせるつもりか?
軌道修正のたびに船内が宇宙に近づいていく手法は勘弁してくれ。
「ふうむ……その、軌道の問題が解決したら?」
「焼死。宇宙から空気のある空間への再突入時に船ごと燃えます」
「火進筒の欠陥で、ということか?」
「いいえ。ここまで完璧だとしても、必ず燃えます」
「なぜ燃えるのかね?」
「あまりにも速すぎるからです」
一歩一歩、死因を着実に無視して突き進むと、次の死因が出てくるのが宇宙開発であると、説明しながら納得させられるわ。
ベルゲンは羽根ペンを手に持ったまま、首を傾げて紙に記録していく。納得いかない様子だが無理もない。
宇宙の存在を知らない時点で、空気との摩擦だか断熱圧縮だかで宇宙船が高温に晒されて丸焦げになることを理解していないのは、至極当然である。
「燃えないようにしたら?」
「地上に激突して死にます」
「それは落下傘を使えば、どうにかなるだろう?」
「音の広がる速さの数倍の速度から、落下傘を使える速度までどうにかして減速できたらの話だと思います」
「それは確かにそうだが――課題に書いておくか……」
再びベルゲンの筆が走る。無駄なことを……いやまてまて。いま「確かにそう」って言ったな?
何も考えずに言ったんだろうが、分かってて言っているなら殺人だぞ。
筆を走らせながらスゥーと大きく息を吸い込み、ベルゲンは筆を置いて俺の顔をまじまじと見つめる。
「ここまで死ぬとか相当悲観的な回答ばかりだが……大丈夫か? 何か、嫌なことがあって相談したいのなら、私でよければ話を聞くぞ?」
「……いえ」
ちょうど俺も、誰かのカウンセリングを受けられるなら、諸手を挙げて相談したいところだ。
「権力者に、到底実現不可能な計画についてゴリ押しでコメントを求められていて、あまつさえその計画で身体張ってこいと言われていて困っているのだが、どう対処すれば良いか?」と。
奇跡に奇跡が起きて神都にいけるとしても、ベルゲンのプランでは宇宙空間、大気圏再突入の熱、着弾の衝撃の3つの課題がある。
火葬済みの潰れた死体を神都へお急ぎ便することになるが、ベルゲンはそれでいいのだろうか?
なんなら骨壺に収まるよう、着弾の衝撃が骨を丸ごと砕くところまで全自動である。喉仏が見つかるかどうかは知らん。
"領主ベルゲン、プレゼンツ!
オールインワンの死因コンプリートパックが新、登、場!
窒息死、焼死、墜落死の三種を揃え、死に損なっても次の死因でカバーできる確実なプラン。
今なら先着一組無料ご招待!"
現実逃避半分で元いた世界のことを思い出したら、懐かしすぎて突然TVCMパロディが脳内を駆け抜ける。いらねぇ。
「他に懸念は?」
「神都に壊滅的な被害が出ます。内戦の準備が必要です」
「想像つかんな、どういうことだ……」
ベルゲンの代わりに俺が想像してやる。
宇宙空間の眼下に広がる、雄大な曲面。地球に似た美しい青い星。
雲をまとった薄皮のような大気圏と、星々の輝く宇宙の境界線。遠くから明るく輝く物体が現れる。
その物体は薄い大気との接触で生まれたプラズマを身に纏い、秒速数キロの速さで視界を横切って一瞬で遠くへ去っていく。
宇宙を駆ける複数の飛翔体。それこそが、気密もロクに保てず窒息で顔が紫になった俺達が収まる棺、もとい円錐形の再突入体である。
終末段階、大気との接触で赤熱し発光する再突入体。
耐熱材がオミットされた未熟な船体は、摂氏数千度の猛烈な熱と振動に晒され変形、溶融、部品の脱落――空中分解が始まる。
地上からは流れ星が砕けるように見えるそれを視界に収め、神都郊外の子供が親を呼んで叫ぶのである。
「見てママ! 流れ星!!」
「あら! 何かお願い事はした?」
「うん! みんなが幸せに暮らせますように――お星様が落ちた!」
大空を切り裂き、直線に降り注ぐ一閃。その尾は3つ。
その瞬間、極超音速の轟音が空気を切り裂き、窓を叩き割るソニックブームの衝撃波が親子を襲う。
彼らの家だけではない。飛翔体の眼下、地表周囲数十キロにバラ撒きながら、時速数千キロで神都に到着するのだ!
こんな登場の仕方をして、誰がニコニコして「ようこそいらっしゃいました」なんて握手の手を差し伸べることができよう。
閻魔大王と握手する方がまだ現実味ある。
この通り、神都に直撃する有人弾道ミサイル――極超音速の質量兵器を飛ばすのと等価だ。
ベルゲンの計画が強行されるのならば、着弾地点は神都の墓地、永代供養してくれるところで頼む。
「他に懸念は?」
「資金が足りません」
そもそも、ベルゲンの予備計画はほぼ宇宙開発である。飛行艇の予算が可愛く思えるほどの費用がかかることは、俺にさえ容易に想像できる。
そんな飛行艇開発の予算でさえ、すでにヒーヒー言っているのである。地方領主の予算で賄うどころか、レムノア王国全体の予算が干上がったって不思議ではない。
「うーん……色々課題があるらしいことは分かったが、結局、何が一番足りてないのだ?」
「正直に言います……全てです。なにもかもが――カスです」
フヒッ、と女性の声がして、その主を見やる。
ベルゲンの背後に座るレーザー司書が、俯きがちに肩を震わせて眉間を揉んでいた。
「如何に優秀なナクルとはいえ、お金も、時間も、技術も、知識も、科学も足りません」
「火進筒を大きくして飛ばすだけだぞ……?」
「俺はまだ死にたくありません」
隣のグレアに目をやれば、俺からそっぽを向いて、机に肘を乗せた手で自身の後頭部をわしゃわしゃと撫で回している。
ベルゲンが領主として、内政、外交、経済、人心掌握で、歴史的にも不安定な場所で、微妙なパワーバランスを維持している優秀な為政者だということは間違いない。
ただ……彼は俺達がよく知る科学技術のレベルまでは知らないからこそ、滑稽な発言に見えるだけなのだ。
「失敗すれば、生還は不可能――ならまだマシです。これは成功しても失敗しても生還不能です。周到に計画された、豪華な自殺計画としか言いようがありません。超大型火進筒計画より、飛行艇の問題を解決する方が、早く、安く、確実に、安全に進みます」
「ううむ……信仰でなんとかならんか?」
「なりません」
信仰で問題が解決するなら、人も大金も動かして苦労なんざせず、俺は今頃神都だろうよ。
ベルゲンの声のトーンが明らかに落ちてきていた。忌憚なき意見をと言ったのは彼である。
「先にどれくらい予算が捻出できるか、政務院に試算させているんだが、その結果を見てからでも――」
はぁ!? これペーパープランじゃなくてマジで動かしてんのかよ!?
ベルゲンが何か行動を起こすときは、予め用意周到に進める傾向があるのは、さきほどの防衛軍の演習見学でハッキリしたが。
あれはこの計画を説明するために、火進筒の実物を見せたに違いない。
「すぐに止めてください! 数世代先までの未来の全国家予算が必要です!
ナクルが高い技術力を持つ街なのは知っていますが、それでも到底手に負えない代物です。どんな試算結果が出ようと役に立ちません!」
思わず声を荒らげた。この計画は動かしてはいけない。
飛行艇がちょっと浮いたぐらいで、宇宙開発の技術ツリーがアンロックされると思うな。
仮に計画が実行に移されればどうなるか――何トン、何十トンの火薬を使うのか知らんが、そんなものを製造していて事故でも起こせば、街の区画の一つや二つは簡単に消し飛んで更地になる。
「ベルゲンさん。あなたの考え方、理屈は正しいです」
「…………。」
「ただ、あまりにも先進的です。俺のいた世界でもまだ苦戦している内容です。この時代では、まだ太刀打ちできません」
「アダチ殿に、ここまで強く言われることはなかったな――しかし、せっかくアダチ殿がいるなら、その間だけでも研究してみるのも――」
「絶対にやめてください。それは、世界を滅ぼすための科学です」
そもそも世界初の航空機、飛行艇の試験がどうとか言っている世界である。
まだ航空機もままならない状況で、ICBMだのMIRV計画だの始めたとなれば、そのイカれた技術進化の跳躍っぷり、進化論のダーウィンもあの世で口から泡を噴いて卒倒するスピード感に違いない。
ヘーゲルは、未来を見ていると言っても過言ではない天才であるが、それでも今のこの世界の科学観の延長線上にいるに過ぎなかったことを実感させられる。
なにせ、ベルゲンはどこを見ているのか分からないのである。
「ううむ……しかしアダチ殿。飛行艇は速力が足りておらんのだろう?」
ベルゲンが、先の離水試験の様子を見る限り、やはり速力不足で空に上がれなかったように思える、と手を組み直して言う。
「あの、それなんですが……ベルゲンさんの見立ては半分正解で、半分間違いというか――操縦に大きな力が必要で、僕一人の腕の力ではあの高度が限界だっただけで、飛行艇自体はもっと速力を出せると思います」
「操縦に力が必要だったのが主因と?」
「はい。なので今日、どこかでベルゲンさんに操舵力を補助する機械のための予算を認めてもらうよう話をしようと思ってて……それが今このタイミングになったんですが」
操舵補助の装置に魔導モーターが最大で24個、操縦系統の取り替えなどの費用がかかると説明する。ヘーゲルと魔導モーターの在庫が足りないと話をしていた件である。
「あぁ……別に構わんよ」
何が必要なのかはアダチ殿が一番分かっておろう?
俺の話にベルゲンは軽い調子で答えた。拍子抜けした返答だったが、要は都度私に承認を求めていては、事が滞るだろうから、飛行艇関係の予算は俺に一任する。好きなようにやってくれ、とのことだった。
「分かっておると思うが、神都へ向かうための旅支度としての予算だ。前にも話をしたが、財布は民衆の租税である。無計画に、無制限に使えるものではない」
「いいんですか、僕が勝手に承認しても」
「私も手放しにする気はない。飛行艇計画は、既に政務院で定期的な検査対象だ。何かあればそこですぐ見つかるさ……多少のお目こぼしはしよう」
「……はい」
「しかし大きな支出が必要なら、事前に事情を説明してほしい。私のあずかり知らぬところで、仮に飛行艇がもう一機増えていたら、さすがに目玉が飛び出る」
ベルゲンの線引きは曖昧であった。「お目こぼし」がいくらまでの範囲を指すのか言わないのは悪用防止で納得できるが、ベルゲンの言う「大きな支出」の線引きは個人の幅があまりにも大きすぎる。
いくらからですかと俺が尋ねると、ベルゲンは即答気味に月あたりの追加支出が一億を超えそうなら、と言った。
この世界の一ヶ月は七十日程度あるため、地球の暦換算なら実質月五千万レル弱である。
「装置の追加で、操縦は改善できるのは分かった。しかし速力の問題も半分あると言っていたが、それは大丈夫なのか?」
「実際、速度は足りそうかなと思ってるんですが……気にしたのは加速力の方で」
俺が気になったのは、離水や離陸に必要な滑走距離の方だ。
必要な滑走距離が長いほど、離発着できる場所が限られてしまう。必要なときに降りられないことが大きな課題だと思ったのだ。
「そこは、この超大型火進筒計画じゃないですけど、さっきベルゲンさんがチラッと言ったように、飛行艇の加速補助みたいな装置があればかなり助かると思います」
超大型火進筒計画はバカげているが、人間ICBMに到達する前の理屈までは、かなりマトモだったのである。
飛行艇の離陸にロケットブースターを使用して、離陸するまでの距離を短縮する。その発想までは使える。
俺が資料をひらひらを振りながら言うと、ベルゲンはすかさず反論する。
「だが火進筒は使い捨てだし、数回分の火進筒を携行するわけにはいかんだろう」
「それは間違いないです。回数制限も不安材料ですし」
「じゃあどうするつもりかね?」
「そこまではまだ考えられてなくて……」
俺とベルゲンはほぼ同時に唸った。
ふと「F = ma」という偉大な方程式が浮かび上がる。
力とは、質量に加速度を掛けたものである、という法則だ。
ロケットは燃焼したガスを高速噴射する。言い換えればガスを加速して捨てる反動でロケットは加速する。燃焼ガスの質量自体は軽いが、それを補って余りある強烈な加速度の反作用で、結果として大きな推力を得ているのだ。
飛行艇のプロペラも、空気を後方に押し出す反作用で推力を得ているので、方式は違えど結局は同じである。
「水……水を噴射して加速するのは、どうですかね……?」
ふと、ペットボトルロケット実験の絵面が思い浮かんだ。圧縮空気でペットボトルの中の水を押し出す反動で飛んでいくヤツだ。
「水?」
「そう……そうです、水です。飛行艇は魔導モーターの冷却のために、大量の冷却水が必要です。給水のために水辺に寄らないといけないなら、短時間水を噴射して加速力を得る装置があれば、離陸や離水は楽になる気がします」
「アダチ殿は、火を噴く代わりに『水を噴く機械』を作れば良いと言っているのか?」
「そうです。そういう魔法も、ありましたよね」
問題を解決できるのなら、なにも機械だけに頼る理由はない。
昔リンの家でそういう水を出す魔法を使おうとして反動制御が大変だったことも思い出してきた。俺一人がひっくり返りそうな威力だったが、飛行艇ならもっと威力が強いものが必要だ。
ベルゲンはアゴを手でさすりながら、はて、あったかなぁ……と首を傾げた。
俺の記憶が正しければ、存在する。
「できるか分からないですが、ベルゲンさんの許可さえもらえれば、工業ギルドで試してみようかと」
「いや、私の方で引き取ろう」
机向かいのベルゲンは、俺が持っていた計画書に手を伸ばして取り上げた。二、三回、書類を机の上で叩いて整えて、それを下敷きに先ほどのメモ用紙に文字を書き連ねる。
「特殊な魔法を扱うなら、民間のギルドより軍の装備開発局に優秀な人材がいる。超大型火進筒計画に彼らを充てようと思っていたが、没案になるなら暇になる」
彼は続けて、どうせ彼らを雇う費用はかかるのだから、仕事させる方がよいと言った。
飛行艇計画も、元は装備開発局で作らせたかったが、当時はまだレムノア中央から防衛軍を動かす許可がなかったから、工業ギルドにお鉢を回したのだ、とこぼす。
「装備開発局なら、あの堅実なエルアの下で事が進むことになる。アダチ殿も安心して任せられよう」
「間違いないですね」
彼女がダメなら、誰を信用するのかとまで思えるほどの相手である事は、午前の振る舞いでよく分かった。グレア射出事件のような、予想外の動きをすることはあるが。
俺はペットボトルロケットのような感じで、水噴射の反動で加速を補助するもの、繰り返し使える装置を装備開発局に頼むことにした。
飛行艇の短距離離陸、短距離離水能力が向上すれば、なにかと便利だろう。
仮に失敗しても、能力が向上しないだけで飛ぶことはできるはずだ。
……ヘーゲルの倍力装置案が上手くいけば、という前提はつくが。
「して、今は何時かね……」
呟くベルゲンが懐から懐中時計を取り出した。同時に俺も気になって時計を取り出す。俺とベルゲンの時計は同じタイプ。お揃いである。
時計の針は午後二時の十五分前を差していた。時間の流れ速すぎだろ。
「アダチ殿には申し訳ないが、私は政務院に所用があるから、お先に失礼するよ」
アダチ殿との話のとおり、予算の前提が変わったことも伝えねばならん。
ベルゲンが立ち上がると同時に、ブーンと椅子の足と床が擦れて震える音が響く。
「分かりました」
「書庫の本は好きなだけ見てもらって構わん。帰り方は分かるかね?」
「分かります」
「良かった。それでは」
ベルゲンはメモと計画書の束をひらひらと振ると、レーザー司書に何やら一言告げ、書庫を出て行った。
「…………。」
俺の緊張が抜けて、風船がしぼむような長いため息が漏れる。同時に椅子に沈み込んで力が抜ける。
終わった……やっと終わった。
両手で顔をもみくちゃにしながら、中央書庫の高い天井を眺める。
――井の中の蛙、大海を知らず。
宇宙を知らなかったベルゲンは、井の中の蛙。
井戸の外の景色を知る俺から見れば、ベルゲンの案はぶっちゃけ滑稽だった。
だが俺もベルゲンと同じで、この世界の全てを知っているわけではない。
魔法の仕組みも、魔導モーターの原理も、よく分かっていない。この世界が何のために存在しているのかも分かっていないし、なぜ俺がこんな世界にいるのかさえも、全くもって見当が付かない。
ベルゲンのいる井戸の外にいる俺もまた、より大きな井戸の中の蛙なのだ。
俺のいる井戸の外側にいる存在は、俺の主張はベルゲンと同じように、滑稽に見えているのかもしれない。
結局、個々人固有の知見と常識で組まれた箱庭のモデルで、共有する現実をそれぞれ解釈し続けているだけなのだと思う。
ベルゲンの話は多少笑えたが、それをもってベルゲンを馬鹿にするのはまた違う話だ。馬鹿にするのなら、俺は上位の存在から馬鹿にされるべきだろう。
ベルゲンは馬鹿じゃない。ただ知らなかっただけで。
超大型火進筒計画はボツにしたが、エルア総監との顔合わせも、午前の防衛軍の演習見学も、そこでの火進筒の紹介も、政務院への予算の捻出指示も、すべて事前に済ませていたベルゲンの段取りの良さも相当である。
勢いのままに断れたが、ここまでお膳立てさせられていたら、普通は押し切られると思う。
この前、迎賓館にベルゲンが来て、俺を説得しにきたときのように。
エルア総監が「無理なものは無理とハッキリ言え」と忠告した意味も、今ならよく分かる。
「アダチぃ……」
グレアが力なさげに声を上げた。彼女は長机に伏せて溶けたまま顔を向けていた。
「どうした」
「おなか空いた」
「――帰るか」
俺は小刻みに震えるように首肯して答えた。歴史書も興味あるが、知識欲より食欲の方が死活問題だった。
「なんか買い食いする?」
俺が尋ねると、グレアは瞬きと同時に小さく頷いた。
帰り際、レーザー司書に一言挨拶をすると、彼女は俺の顔を見るなり笑った。ひでぇ。
領主ベルゲンとエルア総監。
二人とも間違いなく、俺よりずっと優秀なはずなのに、水噴射のロケット推進装置を任せたことに、どこか不安を感じるのはなぜだろうか。
作れるかどうかは分からないが、それが不安なのではない。
どちらかというと――嫌な予感がする、と言った方が正しいかもしれねぇ。
ベルゲンから「アダチ殿の決済はこれで支払ってくれ」と、ナクル地方政務院の小切手というか、約束手形の束が送られてきたのは、数日経ってのことだった。
約束手形。俺の人生でお目にかかる機会などなかった珍品である。グレアに使い方を尋ねると、自分で金額の書ける通貨のようなものだと言われた。政務院に持っていけば、額面に書いたレル通貨と引き換えてくれるらしい。ヤバすぎだろ。
続いてメイドのよしみで手形の束の半分を寄越せなどと要求されたが、そんなヤバいもん渡すわけがない。
ベルゲンの信頼とともに、机の鍵付きの引き出しに隠すように丁重にしまったのは言うまでもない。
ベルゲンは、固体ロケットをどう姿勢制御するつもりだったのか……考えてなさそう。
たぶん照準さえ正確ならOKと思っていたのかも。いやでもだいぶ誤差大きくなるよね……




