第5話-B1 キカイノツバサ 特級国賓
目の前でひざまずくロイドの話によると、
お偉い王様直々の命で俺は特級国賓になったらしい。
色々あって神都に行かにゃならんそうだが、かなり遠い。
賊とか魔物の関係で、陸路で行くのは自殺行為。
飛行機再発明プロジェクトが始まった。
120年の苦悩と揺れる意志。目の前で起きた事件。
こんなことになるなら、気付かないフリなんてするんじゃなかった。
ちゃんと、向き合うべきだったんだ。
俺は――その一歩を止められなかった。
第5話-B連載開始です。
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「恐れながら申し上げます。
先日の戸籍や受賞等のお話は、すべて無効になりました」
ひざまずいたロイドは、やけに丁寧な言葉だった。これはどういう風の吹き回しなのか。家は差し押さえられたっぽいし、中に入ればリンとロイドがひざまずいてやがるし、状況のカケラすら飲み込めない。
「まずは、ひざまずくなんてそんな他人行儀な姿勢はやめてください」
冗談半分な場面ならまだしも、こんな時によそよそしい態度をとられるのは、決して心地良いものではない。俺の言葉を聞くと、二人はそっと、渋々といった具合に立ち上がった。
「まずは、どういう成り行きでこんな状態に至ったのか説明を」
ロイドは、懐から一枚の丸めた紙を取り出した。羊皮紙じゃない、この世界では高級品とされるわら半紙だった。それを広げて俺の前に差し出した。縁を豪華な金で装飾してある、ただならぬ気配の紙。それを受け取り、中に書いてある文面を見る。自分の目を疑った。
「アダチ様、あなたを特級国賓として扱うようにとの王命が、先程」
それは、思ってもみないことだった。俺が国賓? んなバカな。俺じゃない同姓同名の誰かと間違えてるんじゃねえのか。色々あったものの、結局俺はここでただ一般人と同じようにすごしていただけに過ぎない。なぜ今頃、なぜこんなタイミングに、しかも国王、いわゆる国家元首に国賓に指定されたのか。そして、なぜ国賓なのか。疑問は次から次へと湧いてくる。
「それに伴い、アダチ様には住居を移っていただきます」
「はぁっ!?」
「当然でございます。国の重要人物であるあなたが、このような――失礼、脆弱な一般住宅に住ませることはできません」
つまり言いたいのは、これから俺は命を狙われる可能性があるということだった。だから安全な建物へ引越ししてくれと彼は言っている。確かに、国の重要人物の周りには護衛の人物が何人もいるのは当然のことで、住居を移すのは理にかなっている。理屈はロイドの言っていることが正しい。だが……
「じゃあ、リンはどうなるんです」
「彼女は一般人ですから、ここに残ります」
それを聞いて、俺は顔をしかめた。リンは今朝やっと目覚めたばかりで、病み上がりもいいところである。「元気そうだねじゃあバイバイ」という訳にはいかん。もし彼女が、また何かの拍子に倒れるような事態になれば、今度は誰が介抱するのか。下手すれば自宅で孤独死というのもありうる。医者もしばらくは心のケアも重要だからと言っていた。リンを置いて俺一人だけ引越しするのは、今の状態では無理なのは誰が見ても明らかだ。
「その、引越しは今じゃなきゃならんものなんすか」
「私たちの前で敬語は慎みください。
あなたが敬うべき人物は神使様と王族のみであり、それ以外の私達に敬語を使ってはなりません。
慣習ゆえ、どうかお控え下さい」
敬語使用禁止ってどこの無礼講だよ。ここでの習慣なら、郷に入らば郷に従えで従うしかないが……年上に常体で話すというのはあまり気が進まない。
「では、改めてもう一度」
「(めんどくせ)……引越は今じゃなきゃダメなのか?」
「すでにご存知の通り、あなたを迎えにきています。
領主殿もできるだけ早く移ってもらいたいとお考えです」
では、リンをどうすれば良いのか。ルーか姉さんに面倒を見てもらうという方法を思いついたが、こんだけ良くしてもらった上にさらにお願いするのは、さすがに頼りすぎだ。住居は移して、2日に一回ぐらいのペースでに様子を見に行く、という方法もある。しかしそれ以前に、一番の重労働である朝のラッシュを、リン一人で何とかさせるというのも酷な話。
「あのロイド、さん」
俺が渋るのを察したのか、彼の隣のリンが口を挟んだ。
「私も連れていってはもらえないでしょうか」
ん、ん!? 今リン何て言った? 今「私も連れてって」って言わなかったか? リンのことだから「私は一人でも大丈夫ですっ!」ぐらい言うだろうと思っていた。俺が出かけている間に、心変わりしてしまったのか。そう訴える彼女の顔はひどく切実。彼女の希望が叶えば、俺が心配していることも解消するし、連れていくのが一番なのかもしれない。ロイドの顔は暗かった。
「それは……できません」
ロイドはリンの状態をよく知っているし、その答えがどういう意味なのかも、ある程度把握しているはずだ。確かに一般人かもしれない。でも、見捨てていくなんてできるはずがない。
「どうしてダメなんだよ」
「私はアダチ様だけをお迎えするようにと言われてこちらへ参りました。
迎えの用意もあなたの分しか用意しておりません」
「それだけの理由で、瀕死の底から這い上がってきたばかりのリンを、一人にしろと?」
俺は視線を真っ直ぐ、ロイドの目に向けて離さない。視線が逃げた。いくらウヤムヤ大好きの俺といえども、こればかりは人命がかかっているかもしれないのだ。ロイドの肩を掴む。逃がさん。
「それを通すなら通すで、俺は別に構わねえんだよ。
当然、十分な対策も練ってあるんだよな? それともアレか?
ここの政治は『人間一人ぐらい死んだってどうってこたぁない』っつうスタンスでやってんのか?
ハハッ、おめでてーな。腐敗臭がするぜ」
「では下っ端の私に何をしろと仰るのですか!」
うっし、かかった! カマかけたら見事に釣れたぜ。ロイドにはかわいそうだが、まあこれも交渉の一環だ。ちょっと散歩にでも行ってきてもらおうじゃないか。
「トップに伝えてきてくれ。
“病み上がりの同居人を一人、付添人として連れていきたい。
非伝染性で安全だ。もし拒否するなら俺はここから一歩も外に出ない”と」
「コウさん、今のは私のワガママで、そこまでしなくても……ダメならそれでいいんです」
想像以上に事が重大になっていく様子をを感じたのか、リンが小声で俺を引き止めた。ここでひるめば恐らくもうチャンスはない。それに、付いていきたいというのがが本心ならば、なおさらここにいさせる訳にはいかない。
「ロイド、悪いが行ってきてくれ」
「承知いたしました。最大限の努力を致します」
「頼むぞ」
ロイドは閉ざしてあった店のシャッターをわずかばかり開け、そこから押し出されるようにして出ていった。彼が店の表へ出ると、外の野次馬のざわめきが一瞬大きくなった。シャッターの隙間から外の景色が見える。取り囲む野次馬とスクラムを組んでそれを押さえる兵士。侵入を抑える内側の空間に、一人用のカゴが鎮座している。俺をあれに乗せて連れていくつもりなのだろう。
「ごめんなさい、変なワガママ言っちゃって」
「俺も見知らぬ場所を一人で行くより、知ってる顔が近くにある方が安心する」
いつものようにカウンターに腰掛けると、その横にリンが並ぶ。俺が笑うと、つられてリンも笑った。
敬語は神使か王族のみに使えという発言から、現在の自分の地位を察するに、ほぼ連れていけるだろう。そうなると、気になるのはこの店をどうするかということだ。引越し先は不明でここに通えるかどうか分からない。通える距離だったとしても、いくらなんでも最上級の国賓に花屋を営業する許可が降りるとは想像しづらい。バイトする国賓とか聞いたことねえし。
「もし付添人の許可が降りたらの話なんだが、しばらくはこの花屋には戻ってこれなくなる」
「分かっています」
「そこで発案なんだが、この店もろとも賃貸に出してみるのはどうだ?」
「賃貸って、貸すんですよね」
「そうだ。2日ぐらい前に被害者一同よりお礼の手紙をごっそりもらってな。
その一人――サチコって名前なんだが、職を探しているらしい。
貸すにはちょうどいい相手だと思ってな」
ついでに家賃ゲットでオイシイ話だと俺は思っていたが、リンは口を尖らせた。
「私の家に誰か知らない人が住むのって、ちょっと気味が悪いです」
「俺も最初は知らない人だったじゃねえか」
「コウさんは私と一緒にいましたから、監視って言うと語弊がありますけど」
「変なことしてないか、いつでも確認できるってことか」
「だから私は貸したくありません」
「ならお流れだな。サチコ残念」
リンはまた微笑をこぼした。心配性というか、潔癖と言ったほうが近いのかもしれない。この家はあくまでもリンの持ち物で、その家主が嫌というんだから、下宿人の俺は素直に食い下がるしかない。これはけっこう嫌らしい見方だが、国賓扱いされるからには金に困ることはないだろう。
ところで、引越しをするとなると、今度は目の前に広がる、在庫を抱えた花々をどうするかという問題が浮き上がってくる。家具とか雑貨ならまだしも、なま物を扱っている以上、ここに放置することはできない。
「コウさん、一つ相談があるのですが、この花、どうしましょう?」
「俺も全く同じ事考えてた」
このまま枯らすのはもったいないと、しばらく二人で考えこむ。タダ同然で配って吐き出すか、近くの同業者に格安で譲るか――
名案が浮かばぬまま時間だけが過ぎ、とうとう使いのロイドがシャッターを荒々しく開けて戻ってきた。豪快に開けてくれたお陰で、俺達の姿が野次馬の前に晒される。
「ご報告申し上げます。領主殿より許可をいただきました!」
「そうか」
俺とリンはまた顔を見合わせる。リンの顔は幸せそうに見えた。同じように笑い返した俺だったが、同時にあの酒場での憑依神使の発言を思い出す。“彼女の気持ち”。彼女の顔。同時に一抹の不安を覚えた。
「それとこの花についてですが」
「花がどうした?」
「勝手ながら私の判断で、この件に関しても交渉させていただき、領主殿に花を全て買い取っていただくという話を取り付けて参りました」
ロイドのやつ、気が利くじゃねえか。ただ、ここで俺たちがそれ以外の案を弾き出していたら、余計なお世話だと突っ込んでいたところではある。
「この花の運搬については、私にお任せ下さい」
「いいのか? 全部任せて」
そう聞くと、ロイドは胸を打って、自慢気に言った。
「私の昇進がかかっていますから!」
「なるほど」
「そうなんですよ――はっ、私事大変失礼致しました!」
話している相手が誰かということに気がついたらしいロイドは、慌てた様子で頭を下げた。そりゃ、なかなかないチャンスだろう。浮かれてしまうのも無理はない。
「俺、堅苦しいのは苦手だから、そういう私語とか普通にしてくれていい」
ロイドは顔を上げて困ったような口調で切り返す。
「しかし――」
「目上の人間だからってか?
味気ない中身だけの会話は嫌いだ。だからそういうとこはフランクでいてくれ。頼む」
「……承知致しました」
「それが堅苦しいって言ってるんだ」
「はい」
そのとき、外の野次馬から大きなざわめきが聞こえてきた。それとともに聞こえてくる複数の風切り音。リン用のカゴが到着した音だった。
「それでは、行きましょう。家の鍵は私にお任せ下さい」
ロイドはリンが腰にぶら下げている鍵を見ててを出した。リンは腰から鍵を外すと、一本を除き全ての鍵をロイドに渡した。この家は鍵が至るところにあり、それぞれ対応する鍵が違うのだ。
「では、あちらの乗り物へどうぞ。手前がアダチ様専用、奥がリンさんの乗り物です」