第6話-32 罵倒語を教えてよ
結局、ベルゲンが見せたかったのは、急速投射坑と火進筒だった。
詳しい話は城に戻って、落ち着いて話をしたいが、そのためにまず防衛軍の現状を見て知ってほしかったらしい。
そんなことよりも、エルア総監である。
突然グレアを空に打ち上げたのは、さすがの俺も予想していなかったが、それ以上に恐ろしかったのは、その後のエルア総監の言葉である。
「彼女に武器を仕込んでいた理由について、お尋ねしても?」
彼女の制服が重たそうなのは、振る舞いを見れば分かるものです。
こんなことを言われて、真っ直ぐ歩み寄られては、俺も反応に困るし顔を引きつらせるわけで。
確かに思い返せば、投射坑の台車に乗る姿勢は、確かに身体検査の姿勢と同じだ。
「急速投射坑は軍人でなくとも、彼女のように正しい姿勢で利用すれば安全です。そのうち地上に戻るでしょう」
彼女が日常的にスカートの中に多数の武器を仕込んで持ち歩いているのは知っていた。それは日常的なことだったし、そもそも身辺警護の役割も兼ねる彼女が武装することに俺は疑問を抱いていなかった。
それに彼女の身の上もあって、襲われないか不安でいつもゴチャゴチャ持ち歩いていると、本人自身も言っていた。
実際、前に迎賓館で懸垂が何回できるか皆で比べたときに、グレアがごっそりと武装を下ろしたのを見て、揃ってちょっと引いたのも覚えている。
いやもう正直に洗いざらい話したよ。悪気はなかったが、疑念を持たれてしまった以上、謝る以外の選択肢はなかった。
本人の身の上を知っている相手なら隠す理由もない。
「――私達は事情を承知しておりますが、他の領主や有力者に対してはその限りではございません。不用な誤解を避けるためにも、今後は相手に申告して委ねることを第一にお考えくださいませ」
「はい……すみません、すみません」
「行き掛けに私が運転で叱られたことと同じだな!」
ベルゲンは、あたかも何事でもないと言わんばかりに笑い声を上げる。
暗殺でも企てていると思われたら厄介なのは理解したが、ベルゲンの言っている意味はよく分からなかった――ああ、常識が違うってことか。
一方でエルア総監は、失礼と俺に声を掛けて上体から順に身体検査を始めた。
結局エルアが見つけたのは、胸ポケットの懐中時計、それから右ポケットに入れていたハンカチ一枚くらいであった。
それが俺の所持品の全てなのだが、そうだと分かると、エルア総監はむしろ「あなたはなぜ武器を持っていないのか」と問う。
いやそれはちょっと理不尽だろ。
「いやまあ、グレアがいたので……」
過去形である。グレアなら今しがた飛翔体になって飛んでいった。
いちど襲われたとき、丸腰だった俺にグレアが「死ねェ!」と言い放ったのを思い出した。どっちが襲撃犯かわからん。
一応リボルバーの拳銃は預かってるが、今日は俺のベッド脇の引き出しの中だ。
俺達は、元きた地下トンネルを戻って、地上にいるだろうグレアを回収して城に戻ることになった。
「彼女のあなたに対する振る舞いも、あまりよろしくありませんね」
トンネルの道中、俺の横に並んでそう言うエルア総監。グレアから預かったランタンと併せて二つのランタンを両手に持って光らせている。
「後ろを歩くのは基本でありましょうが、暗い場所では横に並んで、主の足元がよく見えるように配慮するべきです」
「いやあ、歩きやすいです」
「それに、あなたに気色悪いって言いませんでしたか、彼女」
「まあ、冗談だと思いますが」
エルア総監が言っているのは、グレアが勝手に手を握ってきて煽ってきた件だと思うが、正直驚いたというか、ビビった。
なにせ、当時先行して彼女とベルゲンは、俺達と少し距離が離れていたはずだ。
だからこそグレアも安心してそういうことをやったのだと思うが、エルア総監はそれに勝る地獄耳だったということである。
「国のお客様に対して、冗談でも『気色悪い』なんて言って許される場面がどこにありましょう」
「私が近くにいながらアダチ様に何かあるなど、あってはならないことでございます」
「アダチ殿、嫌なら私が直々に変えるように働きかけるが」
砂音をを鳴らしながら歩く俺とエルア。呆れたような口ぶりでグレアをの評価を下げていくエルア総監に、その前を先導するベルゲンが振り返る。
「いいっすよ、あれがアイツの鳴き声みたいなものですし。いまさら他人行儀な相手に変えられても、それはそれで居心地が悪い」
「そうか」
「最初の印象はメチャクチャ悪かったですよ。まあでも今となってはアレはアレで味があって」
まあ、客観的に見れば二人の主張というか対応の方が正しいのは分かっている。
グレアが大怪我をしたときの代役。彼女は優等生みたいな感じで気が利くタイプだったが、他人が近くにいる距離感みたいなものがあって、実際居心地は良くなかったし。
エルア総監にもベルゲンにも言えたものではないが、彼女についての俺の認識は、きたねぇ言葉を覚えたインコのようなものである。
第一観測要塞の中央の螺旋階段まで戻った俺達は、そこで待ち構えていた第一観測要塞の責任者に、訪問対応してくれたことへ感謝を述べた。
責任者として出てきたのは、ランタン爆散事件で俺に押しつけた兵士だったのは意外だった。
確かにそういう場面で対応するのは責任者かもしれないが、アゴ髭の彼の風貌はあまりにもモブに溶け込んでいたのだ。
飛ばされたままのグレアの様子が気になって、俺はベルゲンとエルア総監に断って、一足早く要塞を出ることにした。
第一観測要塞のドアを出てすぐ脇に、彼女はいた。日陰になっている要塞の壁にもたれかかって服をばたつかせ、うだーっと上を向いていた。
「よっ、おかえり。どうだった?」
「あんのクソババア、身長縮んだかと思ったわ!!」
椎間板ヘルニアでか?
エルア総監の地獄耳がどこまで届いているか分からない恐怖はあったが、さすがに外に出てドアも閉めているなら、さすがに大丈夫だろうか。
まあ、時速160キロ近くまで一気に加速するらしい軍用の投射坑である。並の絶叫マシンではそうそうお目にかかれない加速度が背骨にくるのは想像つく。
「弾き出されてから数秒くらいワケ分かんなくて、この姿勢のまま翼を広げるのも忘れてたわ!」
グレアが両手で台車を掴む姿勢を再現して。猫の真似と言っても差し支えない格好である。
状況を理解できぬまま、ジト目の無表情で斜方投射されるグレア。その姿勢でしばらく大空に放物線の軌跡を描いていたと考えると、なかなかに感慨深い。
地下で俺がエルア総監に詰められている間、地上でそんな面白いことが起こっていたなんて、もったいねぇ。その光景を見たかったぜ。
「まあなんだ、無事でなによりだな」
「アダチ。私をハメた?」
「ハメてなんかねぇよ! お前が飛ばされてる間、俺はエルア総監に詰められてたし、俺もビックリしたわ」
「え」
後ろの観測要塞の入り口を親指で差して否定する。ずっとグレアが近くにいて、いつ俺とエルア総監の間でグルになれるタイミングがあったんだよ。
俺に鋭い目を向けていたグレアの表情が解ける。
「なんで詰められたの?」
「お前の武器持ち込みを申告しなかったから」
「あー……でもそれは主のあんたが処理するべきで、私は悪くなくない?」
「そらそうよ、俺は言われてもしょうがねぇよ。でもお前の不出来についてもボロクソに言ってたぜ」
「チッ、あのババア」
「そういうとこだぞ」
お前が俺にちょっかいかけたときの言葉も全部聞かれてたぜと伝えると、グレアの勢いがしぼむ。
お前の俺に対する態度が悪いことは、俺はもう割り切って気にしねぇ。だが立場が立場だけに、周囲から見たら大問題なんだよと、グレアに言う。
珍しく効いたのか、彼女はしばらくうつむいたまま黙り込んでしまった。
「……ねえ、アダチ」
「なに」
「異界語で人を罵る言葉教えてよ」
「なにも反省してねぇなお前?」
黙って俺の目を見つめるグレア。どうすっかな……
逡巡の果てに、結局教えることにした。グレアだって馬鹿じゃない。異界語だろうと何だろうと、口にした結果の責任は彼女にある。
別にグレアに教えたらどんな使い方をするか気になっているわけではない。
ましてやエルア総監に対して使おうなんざ、彼女も考えにすら浮かばないだろう。
「Fuck off」
「ふぁこふ?」
「ファックオフな。よっぽどでもなけりゃ、誰にも使うなよ?」
「どういう意味?」
「くたばれ、に数段汚い意味合いを乗せた言葉だ。同時に手を握って、中指だけ上に立てるとより効果的だ――そうそうそう」
グレアがそっと中指を立てるのを見て、俺は小刻みにうなずく。
「この手は何なの?」
「お前それ聞く? ……いや興味出るのは分かるが」
いや言われたら気になるんだけど。グレアがアゴを出して、見下すように俺に向けて中指を下から突き立てる。
この瞬間、天性の才能がお前に味方していると思ったね。満点の使い方である。
「Fuck offのFuckにかかる部分なんだが。その手、男の急所に形がよく似ているわけだよ」
「そうなの? 見たことないんだけど」
「見たことあったら、それはそれで大問題だろ。お前の身分と立場的に」
いつ誰のボロンを見たのかまで調査確実である。
*
新第一観測要塞からの帰路で、わだちの運転を申し出たのはエルア総監だった。
彼女も運転に興味があるとのことで、助手席の俺はベルゲンと同じ説明を繰り返すことになったわけだが。
エルア総監がアクセルを踏んだ途端、鋭く発進するわだち。聞けば彼女も魔力量が常人より多いらしい。加速力の原因は減衰装置の調整にあった、というわけだ。
「ちょっと減衰率強めにしておきますよ」
「助かります――この装置、人によって個別の調節が必要なんですね」
「んまあ、そうですね」
魔力量はその人、あるいは同じ人でもその時々の状態によって減衰率は変わる。
魔力の強度によって反発力が変わる不触石。あれを上手く使えば、レバーで手動調整する代わりに自動で調整してくれるかもしれないと気づいたが、そのあたりの改良はあとで良いだろう。
今の減衰装置でも機能しているし、自動化は必須ではないのだ。
必須ではない減衰装置の自動化のために、目の下にクマを作って過労気味のヘーゲルに新たに仕事を振るわけにはいかない。あの人は休ませないと、さすがに心配である。
行きと同じく、二列に並んだ馬四頭、後列に馬二頭の行列で砂利道を走る。
運転はベルゲンより彼女の方が繊細というか、細かく加減速を調節してくれているおかげで快適だった。
特に道にできた窪みを避けるように走ってくれる分、無遠慮だったベルゲンと比べれば、シルクのような滑らかさである。
「経験のない乗り物ですから、かなり気を遣います」
「いやいや、運転上手ですよ」
ハンドルを握る彼女に返す。
それはそれとして、腹が減ってきた。
懐中時計を取り出す。正午はとっくにすぎていた。ベルゲンから昼食の誘いは受けてないんだよな。
このあと城でゆっくり話をしたいって言っていたが、これ昼食抜きかもしれんな。
「アダチ様は、このあとご予定が?」
「いや、ちょっと腹減ったなぁと思って」
隣で懐中時計を取り出す俺を、脇目に見たエルア総監。
昼はどうするつもりだろうか。そう思った矢先、懐中時計の反射で後ろの荷台の様子に目が入り、領主ベルゲンとグレアを振り返る。
ベルゲンは腕を組んで目を閉じ俯いていた。寝ているわけではないが、リラックスモードという感じである。
一方のグレアは……エルア総監が後ろを見れないことをいいことに、黙って両手の中指を彼女に突き立てていた。
何度も前に突き出したり、左右交互に上げ下げしたりと、彼女が編み出したバリエーションの豊かさには俺も感心するほかない。
わだちにミラーなくて良かったなお前。
彼女はスカートの裏からガラスの板を取り出したかと思えば、彼女の能力でガラスが水飴のように溶ける。姿形を変えるガラスは、中指を突き立てたガラスのトロフィーに仕上がった。
グレアは運転中のエルア総監の背中に授与するかのように、両手で躊躇なく差し出す。
見てくれは下品なクセして、質感だけは上質なジュエリーな輝きのトロフィー作りやがって。お前それどうやって片付けるんだよ。
振り返る俺と、無表情のグレアと目が合う。
彼女はエルア総監に向けていた手をこちらに向け、わざわざ改めて中指を立てなおす。
エルア総監か気づいているのかどうかは分からないが、彼女の振る舞いを直視してしまった以上、黙認していると思われるとまた面倒である。
顔をしかめ、やめろと手を振り下ろすジェスチャーを二度送った。
俺はお前に注意したからな。シバかれるならお前一人で頼む。俺まで巻き込むんじゃねぇ。
「運転中で後ろが見れないのですが……グレアさん、何かされてます?」
「いや。ちょっと手遊びしているだけです」
……透明に輝く中指のトロフィーは正直欲しいと思った。
コウくん、よりにもよって大変お行儀の悪いソレを、お嬢様に……ああ、なんてこと……(棒)
次回は一気に読んだ方がより楽しめると思うので、分量2倍スペシャルの予定です。
事実上の倍速更新……_:(´ཀ`」 ∠):_




