第4話-1 スパイラル・トレイン 前日
匠先輩の計らいで、みんな揃って少々渋い旅行に出掛けることになった。
うるさい妹を適当にあしらいつつ、そこそこ楽しんでいる俺。
だが、零雨と麗香の様子がおかしいのが一つ気ががりだ。
――気がつけば着駅不明のスパイラル・トレインに、俺は乗っていた。
第4話連載開始です。
マンネリ化してないことを祈るばかりです(笑)
気楽に読んでいただけるとうれしいです。
それと、今話は短編的性質の話になるかもしれません。
長さも前話と比べると大分と短くなる予定です。
※この物語はフィクションです。
実在する人物・団体・組織名・愛称等は全て架空のものです。
推定読了時間:2時間55分(175分~)
(500文字/分、端数切り上げ)
※読了時間は、個人差があります。
推定読了時間は、EX話を含みます。
しおり機能をご活用ください
電話が鳴った。
「もしもし?」
《あ、コウ?お母さんだけど》
「どうした?突然こんな時間帯に電話なんか掛けてきて」
《いやね、美羽の様子が気になっちゃって。
昼間、ちょこちょこ家に電話してたんだけど、
ずっと出なかったから夜に、と思って。》
「多分その時間帯は友達の家に行ってた。
足繁く通う用事があったから」
《ふ~ん、珍しいこともあるものね。
美羽は、もうコウの家に来てからどれぐらいだっけ?》
「今日で三十日目」
《ああ、もうそんなに経ってたのね……
お母さん、てっきりまだ二週間ぐらいかな、なんて思ってたら。
コウ、美羽にどっか連れてあげたりした?》
「まあ、隣町の図書館と俺の友達の家ぐらいだけど」
《遠出はしてないの?》
「明日から友達と四泊五日でちょっと九州に旅行行く予定が立ってる。
もちろん美羽も連れてく。
お袋の言う“美羽の思い出作り”は問題ねえよ」
《あらそうなの……
……でもお盆の時期もだいぶんと過ぎちゃった、
というかもうあと一週間とちょっとで八月終わっちゃうわよ?》
「美羽の学校の宿題はもうほとんど終わらせてる」
《コウは?美羽だけできてもあんたができてなくちゃ……
「大丈夫だって!お袋は何でも気にし過ぎなんだよ」》
《そう?ならいいけど……そうそう、美羽の帰る時期なんだけどね、
今から一週間後の昼二時発の飛行機でどう?》
「二時発ってこっち側発の飛行機のことだよな?」
《当たり前でしょ!
あんた、こっち発の飛行機に誰が乗ってくるのよ?》
「いや、つかさ、仮にも小一の子供を飛行機に一人で乗せることについて、
どう思ってるのか真剣に聞きたいところなんだが……」
《うーん……本当はね、お母さんかお父さんか、どっちかがついて行ってあげた方が
いいのかもしれないけれど……
行きはどっちも忙しかったからついて行ってあげられなかったのよね》
「じゃあ帰りぐらいはこっちまで迎えに来てやれば?」
《でもねー、飛行機代高いでしょ?
それに行きは美羽一人で行けたんだから、帰りも行けるんじゃない?》
前例主義とは実に恐ろしいものだ。
別に前例主義自体が悪いといっているのではない。
前例にそれなりの理由があると考えれば、前例はいい教科書になり得るだろう。
ただ、俺のお袋のように理由もくそもない、
いきあたりばったりの前例を持ち出してきて可能だなどとぬかす輩が現れるとなると話は別だ。
「いやいや、いくらなんでも美羽が可哀相すぎやしないか、お袋?
見知らぬ人と長時間同じ空間で過ごすんだぞ?」
《そうかもしれないけれど、
ちょっとスケールの大きな≦お使い≧させてると思えばいいんじゃない?》
「誰がどう考えたってスケールでかすぎだろ!
千キロ離れた実家に『自分』を届けにいくお使いとか、
それだけで安っぽいドキュメンタリー映画が一本できあがるっつうの!」
《じゃあ、コウがこっちまで送りに来る?》
「俺はそんな暇人じゃない。新学期の準備もせにゃならんだろうし」
《じゃあ仕方ないけれど、美羽一人で乗せるしかないわね》
「お袋、専業主婦だろ?」
《そうだけど》
「家事で忙しいかもしんねえけど、たまには親父に家事頼んで迎えにきてやれよ」
《そう出来たらいいんだけどね……》
そのあとお袋と色々話したが、結局美羽は一人で飛行機に乗ることになっちまった。
いくらガキは嫌いだといっても、さすがにこれには同情するというもんだ。
あと、美羽の荷物は宅急便で送ることとなった。
俺にはお袋のような3Dテトリスのスキルはねえから、
美羽の持ってきたキャリーバッグの中に荷物を全部納め切ることはできない。
飛行機には荷物持込制限があるから、新しいバッグを持ち込ませる訳にもいかず。
《それと、最後にちょっと美羽と代わってくれる?
今どうしてるのか、ちょっと声が聞きたいから》
俺は受話器のマイクに手を当てて美羽の名前を呼んだ。
美羽は「はーい!」とバカ元気に答えて美羽の部屋から飛び出してきた。
「ほら、お袋から電話だ。
お前の声を聞きたいんだとよ」
そう言って受話器を渡すと美羽はそれをすぐに耳にあてて「お母さん?」と一言。
美羽が電話している間に今どういう状況なのか、簡潔に説明しておこう。
音楽祭の打ち上げをチカの家でやったとき、
匠先輩がひそかに温めていたという
メンバー全員+美羽の旅行計画を打ち出してきて、
俺は遠慮したんだが、まあ、その、
とある髪ボサボサの女子高生からの圧力とか、勝手に話が進んでるとか、
色々紆余曲折があって行かされることになったんだよ。
そんで、その出発日が明日、前夜にあたる今になって
お袋が突撃電話を仕掛けてきたと、そういう状況だ。
ちなみに、俺が一人暮らし中に外泊するなどという華々しいイベントはなかった。
だから旅行バッグから何から何まで新規購入だ。
一昨日、昨日、今日と三日に分けて買い物(美羽付属で)に行ってきた。
正直これだけで疲れるっつうのに、
遠出をしようというのだから体力はもとい、生命力が持つかどうかが怪しい。
滋養強壮に効くらしいリポビタン○、重いが一箱旅行かばんの中に忍ばせてある。
別に瓶の中に爆薬詰め込んでるんじゃねえんだし、特に問題はないはずだ。
飛行機にも乗らねえし。
出発は明日の夕方頃で、なぜか俺の家に一旦集合してから行くことになった。
というかそもそもにこの計画を練るために集合するときは必ず俺の家だった。
俺がわざとすっぽかすとでも考えたのかは知らんが、多分そういう意図だろう。
あれから俺は家の中の掃除には気を使うようになったおかげできれいなままだし、
まあ別に来ても構わないっちゃ構わないのだが。
「うん!じゃあね!バイバーイ!」
美羽がマイクに向かって話し掛け、受話器を俺に渡してきた。
ん?また俺と代わってくれって言われたのか?
受話器に耳を当てる。
「もしもし?」
ツー、ツー、ツー、ツー……
って切れてんじゃねえかよ。
美羽のやつ………………まあそうか。
六歳のチビガキに電話の使い方なんていちいち覚えてなんかねえもんな。
実家の電話ならまだしも、
ほとんど使ったことのない一人暮らしの野郎の家の電話なんだから、
使い方わからんでとりあえず俺に返却したと、多分そうだ。
まさか電話が繋がってないのに受話器に向かって「もしもし」と話し掛ける
バカ丸出しの高校生に仕立て上げようとかそういう悪意はないだろう。
「お兄ちゃん、誰とお話しようとしてたの?」
「こっ、このっ、ガキの分際で……」
ちょっと待て、美羽は電話が切れたのを知ってて、
そこからどうしていいのか分からなかっただけかもしれん。
悪意があると判断するのは時期尚早というものだ。
ほら、現に見てみろ、この頭の中スッカラカンにしか見えない、
純粋そうな小娘がそんなことするはずねえじゃねえか。
「……ん、いや、ちょっとボケただけだ。
お前が突っ込んでくれるかなと思って」
「ふ~ん」
やっぱり俺の思い過ごしだった。
美羽は納得したように二、三回小さく頷く。
少し考えるそぶりを見せた美羽は旅行の最終準備に取り掛かろうとしていた俺を呼んだ。
「ねえ、お兄ちゃん」
「なんだ?」
「何でやねーん!」
「時差ツッコミ……だと?」
分かるぞ、俺の苦し紛れのボケだった発言を本気にして、
今自分が何をせねばならないのか
精一杯の努力を注ぎ込んで考え出した末の「切り返し」なんだよな?
分かる分かる。
だがそのツッコミをするには時間がかかりすぎた。
ツッコミが逆にボケになっちまってる。
思わず俺の方がツッコんじまったよ。
「ま、親切にどーも」
えへへ、と笑いを浮かべる美羽の頭に手を乗せる。
「あとの準備は俺がやっておく。
ちょっと早いがお前はもう寝ておけ」
「え~?美羽まだ眠くないよ」
「起きてて何するんだ?
テレビ見るか遊ぶかのどっちかだろ?」
「美羽もお手伝いする!」
「準備のか?」
美羽は元気に頷く。
小一のガキにできる旅行の準備の手伝いってあるか?
かばんにモノを詰め込むにも、その程度の年齢の器用さはたかがしれてる。
乱暴に突っ込んだような感じでぐちゃぐちゃになるだろう。
俺が作ったチェックリストを読み上げて確認しようにも、
「衣類」とか「袋」とかまず読めそうにない漢字が多数あるから、まず円滑には進まない。
「仕方ねえな……ちょっとこっち来い」
美羽を旅行かばんの前に座らせ、俺はそのとなりに座る。
美羽が自動でこなせる処理はないと判断した俺は、
美羽に一つ一つ単純な質問をしていくことにした。
まず持って行くつもりの衣類一式を美羽の前に置いた。
「美羽は何するの?」
「服は上下二つで一つなのは知ってるよな?」
「上下?」
「簡単に言えばシャツとズボンだ。
いつも着るとき二つとも着るだろ?」
「うん」
「その上下二つを俺のものとお前のものでいくつずつあるか数えてくれ」
「はーい!」
この考え方にはワンピースとか
そういうのは考慮には入ってないが、後で別にカウントさせる。
美羽は指で一個、二個、三個、と数える。
「お兄ちゃんのが十個で、美羽のが六個」
十個……上下ワンセットと数えるためには二で割って、
十着÷二=五日分、よし。
四泊五日の初日は自宅だから着替えは四日分で十分なのだが、
旅行先で何があるか予想がつかないから予備で一日分余分に持って行くことにした。
美羽の方は、六÷二=三日分であるが、
残りの二日分はカウント対象外のワンピースを持ってくから問題なし。
「じゃあ次、靴下は二つワンセットで俺とお前の分、いくつずつあるか数えてくれ」
「うん。えっと、一こ、二こ、三こ……」
美羽が旅行の準備を手伝うことで、
結果的に作業効率が上がったかと聞かれれば、むしろ急激に低下したと言った方が正しい。
でもまあここ一ヶ月近く生活してきて
初めて俺に協力的態度を見せたのだから、これぐらいは我慢できる。
もちろん「明日出発なのだがまだ準備が一切出来てねえんだこの畜生!」的な、
前門の虎、後門の狼の比喩が妥当であろう、
絶望的状況の渦中にいるならばこんな余裕は生まれてこない。
準備は八割がた終わって、あとは持って行くものの最終点検だけだったから良かった。
全部の点検が終わって気がついてみると、夜の十時半になっていた。