第2話-1 ハウス・クリーニング きっかけ
どうもあのクルクルメガネは俺の家を覗いてみたいらしい。
俺の汚い部屋をお節介も甚だしく掃除しに来るんだと。
掃除用品に飛んでゆく俺の金。
それは財布空っぽの極貧生活が幕を開けた瞬間であった。
「ちゃんと掃除しないとね♪」
零雨と麗香はとんでもないものまで掃除してしまった。
第2話、連載開始です!
※目次から飛んできた方へ※
この小説は、オムニバス形式ですが、0話と1話を読んでもらわないと、話が分かりませんので、
お手数ですが、ブラウザのバックボタンよりお戻りください。
m(_ _)m
推定読了時間:約3時間6分(186分)
(500文字/分、500文字以下切り上げ)
参考:1パートは平均約10分程度です。
しおり機能をご活用ください。
「ねえねえ」
それは週末という安息日を目前にした、金曜日の昼休みのチカの一言から始まった。
「そういえばさ、コウの家に遊びに行くってこと、なかったわよね?」
俺は2週間後に始まる夏休みを、今日もギラギラと輝く外の景色を教室の窓際からぼんやりと眺めながらただ一人、脳内でフライングして満喫していたわけなんだが、近くにいたジョーとチカによって、そんな空想も一瞬で崩れ去り、現実世界に強制送還されてしまった。
「はい?」
「だから、『コウの家に遊びに行くってことってなかったよね』って」
「あー、そう言われれば。俺の家とチカの家には行ったことはあるけど、コウの家はないな」
チカの隣のジョーが言う。
俺は前述したように、俺の家のインターホンを押すのは、クリーニング屋と、宅急便と、新聞勧誘ぐらいだ。後たまにピザ屋が来るぐらいで。それ以外はあまりない、というよりも俺が受け付けない。
ご近所付き合い? ああ、そんな言葉もあったな。
「だからさ、今度の日曜遊びに行っていい?」
「断る。」
クリーニング屋でも宅急便でも新聞勧誘でもない客などお呼びではなく(もっとも新聞勧誘に関してもお断りさせていただきたいところだが)お呼びでない人間が家の前にしつこく居座られるという、世にもおぞましい光景を想像し、内心震えるに至った俺は当然ながら即答する。
「え?なんで?」
チカが少し残念そうな顔をする。理由は単純明快。お呼びでないからだ。
「俺の家に遊びに来るなら、推奨は一年前、遅くとも半年前には予約を入れないと受け付けないことにしてる。そういう訳だ。おとなしく諦めてくれ」
「どういう訳よ!?」
「俺の家は予約制でな。半年先まで予約で埋まってるんだよ」
「どこの人気料理店よ!」
チカの額に若干の青筋が立っているが、まだぶっ飛ばされるような気配はない。まだ安全域らしい。
まあ、実際のところ、俺の家は見事に散らかってるし、ゴミだらけだし、到底「WELCOME! 我が家へ!」なんて状況じゃない。
もちろん、今日が金曜だから、俺が一念発起して、帰ってから超速で片付けを当日まで不眠不休でしたって、当然間に合わない。
そんなファンタスティックな状態を、家族に見られるならまだしも、友人には見せたくない。本音である。
「いいじゃない、遊びに行ったって! それとも、何か用事でもあるの?」
チカの理性が働いたようで、口調が少し穏やかになる。
「…………」
用事か……名案だ。さて、どんな言い訳をしようか……
「ない? ないならいいじゃない! じゃあ、遊びに行くよ!」
俺に言い訳をする猶予も与えてくれないのか……
「だが断る」
俺は頑なに拒否する。
「では、理由を簡潔に0.5秒以内で答えなさい。」
と、強気のチカ。0.5秒以内、短けえな、おい。だが……
「……いいぜ、答えてやろう。理由は『いやだ』」
フッ、決まった……俺の勝ちだ。答えられないとでも思ったか?
適当に俺が答えられそうになさそうな問題を作ったつもりだろうが、甘かったな。世の中には0.5秒以内で言える単語もあるのだよ、チカ。
「私達を家に入れたくない理由があるのね? ……あっ! 分かった! コウは一人暮らしだから、家の片付けとかやってないで、家の中が凄いことになってて、友達が家に入れる状態じゃないんじゃない? そういえば去年、皿洗いしないで自分で食中毒にかかってたもんね」
う……図星。
さすがは女の端くれ、勘が鋭い。
「………食中毒の話は持ち出すな。俺だって今もそれでへこんでんだからよ」
チカはにやりと笑った。
「ふーん、家の中が片付いてないってことは否定はしないんだぁ」
ああ、迂闊だった。言わずもがな家の中の状態がばれてしまうとは……俺も落ちぶれたもんだ。
そうだ。俺の家は予約で埋まってるんじゃない。ゴミで埋まってるんだ。
「おい、ジョー、こいつを何とかしてくれ」
俺が救助を求めたそいつは、冷酷にもこう言い放った。
「俺も、コウの家がどんなのか気になる。俺も行きてえな」
四面楚歌、孤立無援、多勢に無勢――誰も俺の味方をしてくれそうな奴はいないのか……
麗香と零雨は零雨の机で何かを話している。と思ったら、俺達に顔を向け、こっちへ来た。援軍ゲットのチャンス!
「おい、ちょっと聞いて……」
「ちょうどいいところに来たわね!
今、今度の日曜にコウの家に遊びに行こうって話になってるんだけど、二人もどう?」
俺の言葉を遮ったチカはあっさりと俺から頼みの綱を取り上げてしまった。
絶望。
「そういった話にすらなってないし、まだ俺の家に遊びにいけるかどうかって話をしてる段階だ! 俺の家は無理だし、勝手に話を進めるな!」
「今、『まだ』って言ったよね? ということは、OKしてくれるのね?」
「いやいや、だからそれは言葉のあやで……」
チカ、いいとこだけ聞き取って利用しようとするな。しかも俺がそう否定した後も無視して続けた。
「コウもOKしてくれたみたいだし、おいでよ!!」
だ、か、ら、本人そっちのけで話をするな! それに俺は許可した覚えは全くない。いつ俺がGOサインを出した?
「なんか、当の本人は全力で否定してるけど?」
麗香は俺の味方をしてくれそうだ。
「でも、私もコウくんの家には行ってみたいかな?」
「ぇ?」
ドラマもビックリな急転直下の麗香の発言に俺唖然。
「ところで、どうしてコウはこんなに嫌がってるの?」
ジョーは一つため息を吐き、静かな口調で言い放った。
「一人暮らしが大変で、家の中の整理の時間がなかなか取れないらしい」
と、オブラートに。若干皮肉に聞こえるのは俺だけだろうか? いや俺だけではないはずだ。
まあ、パパママに飯だの洗濯だの家の掃除だのと、身の回りの世話をしてもらって、純粋培養されたやつら(呼び名でJ君とかTさんとか)に独り暮らしの大変さは理解できないだろうが。
「……そうだよ、チカとジョーが言うとおり、俺の家は片付いてなくて恐ろしいことになってるよ。だから残念だろうが、また半年後にしてくれ」
今から半年後といえば、今は7月だから……来年の1月か。年末に大掃除をすれば何とかなりそうだ。
「そんなこと、許されると思ってるの? 否!!私の母性本能が許さない! みんな、日曜日はコウの家を掃除しに行こう!」
チカの暴走が始まった。許さなくていい。だから来るな。それから、俺に対して母性本能を全開にすんな気色悪い。俺が惨めな気分になる。
チカが結婚して、カカア天下として君臨し、チカの後継者が生まれたら、思う存分母性本能を発揮してくれ。(夫は不運にもハズレくじを引くことになるが、夫は少なくとも俺じゃないからいい。)
つーか、一人暮らしというのも色々と大変なんだぞ? 俺の苦労をいたわろうとか、そういう気持ちの欠片すらないぞ、こいつら。
「母性本能って何だろう……」
麗香がボソッと呟いた。なーんかいやな予感。
命題。"こういう時の勘というものは概して当たるものである。"
「私も掃除しに行く!」
証明完了。俺の懸念は見事的中。麗香はスマイル。
「私も……同行する」
零雨も来てしまうらしい。断じて家のドアを開けたりはせんぞ。
「友達の家なんて掃除したことないな…… 俺もちょっと興味ある。行っていいか?」
「わざわざ聞いてくれてありがとう、ジョー。答えはNOだ」
もしジョーが俺の家を掃除した時に、ベッドの下から親に見せられないようなモノが出てくるのを期待して来たいと言ってるなら、残念な結果に終わるだろう。
俺はそんなモノは一切持っていないからさ。
とにかく、散らかってる俺の家に入ることは何があっても俺が許さない。……と言いたいところだが、この状況だ。諦めなければならないことも……ちょっと待て。
そうだ、みんな俺の住所知らないから、来れるはずがないじゃないか!
真夏の中、ちょっとかわいそうだが、日曜日は4人で俺の家を探すとこから始めてもらうこととしよう。多分見つけられずに日が暮れる。
「……仕方ねえな、そこまで言うなら来ていい。5人もいればそれなりに片付くだろうし。ただし、何の報酬もねえぞ」
降参したかのような顔を作って言った俺は、心の中でほくそえんでいるのだった。
この後、やばいことに巻き込まれることなんて知らずにな……