第6話-31 人間パチンコ
ベルゲンが俺に見せたいものは、観測要塞の地上設備ではなく地下の方にあるらしい。
要塞の端に地下に続く入口があるとのことで、塔の中央から要塞の端まで歩くことになった。視力を回復させたエルア総監とベルゲンが先に進む。
「はぐれないように、ちゃんとお手々にぎにぎしましょうねー」
「馬鹿にしてるだろお前」
グレアが俺の耳元に顔を近づけて、小声で何を言うのかと思えば――
右手にランタンを持つ彼女が、左手で俺の手を掴む。
冗談じみた言い草だが、本気で言ってるのか真意を測りかねて数瞬。俺が軽く握り返すと、バッと手を振り払ってコン、コンと靴音を響かせ、スカートを広げてくるりと翻った。
「きっしょ」
頭を傾け、口元を手で隠して目を細めるジト目女である。
これには流石の俺も舌打ちする権利を行使したね。ランタンの白い光がグレアの顔を下から照らし上げて、いい感じに禍々しさが出てるぜ。
塔中央から両翼に伸びていた低層の建物の中身は、外からも見えていたが、砲郭になっていた。
いま俺達が歩いているアーチ状の天井を持つ通路が、直線的に建物中央を貫き、その両脇に外を見るための観測口と高射砲が、石の仕切りで区切られて並べてある。
木製の手押し車もいくつか脇に置かれている。砲弾を運ぶのに使われるのだろうか。
砲が置かれた仕切り部屋の天井より、中央の通路の天井の方が高いのが特徴的だ。
通路を歩きながら語るエルア総監によれば、通路の天井が建物両端から中央の塔の螺旋階段に向けて徐々に高くなるように作られているのだという。
各仕切り部屋で発生した、射撃後の熱を持った煙を一旦中央通路の天井に集め、天井を煙の流路として中央の螺旋階段まで運ぶ。そこから吹き抜けを煙突代わりにして、自然対流で煙を捨てるらしい。
「塔から煙を吐いたぶん、地下空間から自然と新鮮な空気が運ばれます。ですから地上も、これから向かいます地下も、空気が流れて淀みにくくなっているのでございます」
「すげぇ」
なるほど煙突効果か。
いまはどの砲も砲座で大人しく静かにしているが、それでも煙突効果はあるようで、地下に向かう俺達にはやや強めの向かい風が吹いていた。
エルア総監の説明を聞きながら、要塞の中を見て回る。
俺の中では完全に社会科見学の気分だ。あとで新第一観測要塞の見学レポートの提出を求められないかが懸案である。
エルア総監、ベルゲン、俺、グレアの順に並んで、地下に向かう螺旋階段を下りていく。
明かりはなく、ランタンの光が頼りであるが俺だけ手ぶらである。
後ろのグレアが持つランタンの光が頼りだが、俺自身が光を遮っちまって前や足元が見えない。
前方の壁にユラユラと揺れる俺の巨大なシルエットが映るばかりである。
「アダチ、早く降りて。二人に置いてかれてるじゃない」
「だから階段っ、前見えねぇんだって!!」
間接光で階段の輪郭はうっすら見えるが、踏み外してしまいそうで慎重に降りざるを得ないのである。
何よりも、螺旋階段の内側に手すりがないのだ。外側の壁に手を添えながら降りなければ転落しそうで怖いのも、慎重にならざるを得ない理由である。
招かれている側で言うのは気が引けるが、ランタンを持てない事情があるわけで、だったら松明で建物を灯してほしい。
軍事施設に求めるものではないかもしれないが、バリアフリー精神に欠ける。
ロープを垂らしてくれた造船所の方がまだ配慮がある。
螺旋階段を降りた先の地下通路は、いくつかの道に分かれていた。地上で使う砲弾やら何やらの備蓄を保管しているとのことだ。
剥き出しの岩盤に穴を開けました、といわんばかりの手掘りのトンネル。砂の地面を踏みならしながら緩やかな長い下り坂を歩く。
「こんな巨大な要塞、よく作りましたね」
「一気には作れんよ。時間をかけてコツコツとな」
前を歩くベルゲンに話しかけると、何事もないかのように答える。
こんな観測要塞を八つも建てるのは、並のことではないはずだ。
「それになんというか、すごく物理的ですよね」
「物理的?」
「その、もっと魔法みたいなものに頼ってるのかと思って」
「魔法はなぁ……確かに偉大な力だ。しかし個人の能力差があまりにも大きい。魔法や英雄に頼った軍隊は、その者を失えば瓦解も早い」
「魔法好きとしては、耳の痛い会話でございますね」
エルアの割り込みに、魔法に特化した兵隊もいるとベルゲンは補足する。エルアは魔法の扱いに長けて出世したらしい。
「アダチ殿。帝国軍と我々、それぞれ五千の軍勢がぶつかったとき、勝つのはどちらだと思う?」
「えー……ナクル、ですか?」
「帝国軍だよ」
ベルゲンの乾いた笑い声が、トンネル内に響く。
答えが帝国軍だというのは文脈からなんとなく察していたが、ナクルの領主の目の前で帝国軍が勝ちます、なんざ言えるわけがなかった。
話の流れからそんな雰囲気だと思った、の一点で、特に理由があるわけでもない。
「帝国はナクル攻略のために、各地から選りすぐりの兵を連れてくる。我々ナクルは、ナクルにいる人間で戦わねばならない。王国の援軍が来る――あるいは独力で追い返すまでな」
「……兵の質が違うってことですか?」
俺が聞き返すと、ベルゲンは大雑把にはそういうことだ、と答える。
ひとつの国が、ひとつの地域を攻略する。同じ五千でも、我々の五千は、人をかき集めての五千だと続ける。
言われてみれば、そりゃそうか。
「兵隊は、その実力を安定して再現できねばならん。兵が死に――女子供が戦わねばならぬ状況なら、魔法を修得するより武器の扱いを覚える方が簡便で力になる」
「ええ……」
「発動しない魔法より、下手でも道具を振るう方がまだマシだ」
使い方を学んで練習して、使いこなすまでに時間がかかるのは道具も同じだが、魔法の方がより難しいのだろう。
女性や子供が武器を持って戦わざるをえない。そんな話がベルゲンから自然と出てくる言葉の端々に、そうなる前に食い止めたい、時間を稼ぎたいという意思を感じる。
そこに、地上の輸送車両としてのわだちや、空の輸送機としての飛行艇があれば、被害を軽くすることができるのかもしれない。そんなことを、自然と考えてしまった。
地下トンネルは想像以上に長大で、ずっと緩やかな下り坂が続いていた。
手掘りのせいか、トンネルは微妙に屈曲していて、後ろを見ても暗闇だけである。
正確には、後ろを振り返った俺を見て「なに?」と言いたげにジト目を向けるグレアがいるわけだが。
トンネルの前方から、木材のような何かが打ち付ける音と、甲高い笛の音、ゴォーと車輪がついた何かが走るような音が、断続的に聞こえてくる。
先導するベルゲンとエルア総監の脇から、トンネルの前方を覗き込むと、もうすぐトンネルが松明で明かりをとった、広い地下空間に出るのが見えた。
何の空間か分からなかったが、何人か兵士らしき人影がいるのが見えた。
「これよりお目に掛けますのは、急速投射坑と呼ばれる設備でございます」
俺とグレアに振り返って、後ろ向きに歩きながら説明するエルア総監。
ここに、ベルゲンが見せたいものがあるとのことだった。
ベルゲンとエルア総監がトンネルを抜けて開けた地下空間に入ったときには、そこにいた八人ほどの兵士達が進路の両脇に並んでいた。
「ご苦労さま。今日調子どう?」
ビチャビチャと流れ落ちる水音が空間に響き渡るなか、ベルゲンの気軽な声かけが飛ぶ。兵士は誰一人として答えずに直立するばかりだ。
並んでいる兵士のうち六人ほどは、軽装の防具を身にまとい、背中に弓を二張、矢筒が二本、身体の脇や胴に大量のポケットの付いたジャケットのようなものを着ていた。
みな飛行帽を被り、ゴーグルを額に上げ、首から麻紐で繋がれた笛のようなものを提げている。どちらかというと、一昔前の航空機のパイロットに酷似した風貌である。
空を飛ぶとなると、このへんの装備は同じような形に落ち着くのだろうか。
「暑そうですね」
「そうか、アダチ殿は知らんのか。空は寒いのだよ」
「そうでしたね」
標高が高いほど気温が下がるのは、万年雪の積もる標高の高い山々を思い出せば明らかである。高度千メートルで約六度ほど気温が下がる、だったと思う。
薄着の俺達は、風に肌が触れて涼しいが、厚着をしている兵士たちの顔からは汗が滲んでいる。
エルア総監が、兵士のリーダー格の男に、急な話だがと話を切り出した。
短い会話が、エルア総監の「よろしいですか、ではよろしくお願いいたします」の声で切り上げられる。
「せっかくですから、これからお二方に投射坑の実演をご覧に入れます」
全投射坑、揚水開始!
両手を合わせて、笑顔で俺達に説明する裏で、リーダー格の男がラッパ状に開いた銅製の管に顔を近づけて叫ぶ。
「計算所より敵情更新、敵兵数およそ150、正面に接近、距離8万、高度9000、速力330毎時。15分以内に観測要塞上空へ到達。雲なし、上昇風はクル川上空のみ。貴隊は上空待機組を先導して直接迎撃に向かうこと」
威勢のよい掛け声がその指示に従い、慌ただしく空間の奥へ走っていく。
地下空間には、天井から数メートルほどの間隔を空けて斜杭の穴が覗いている。
天井の穴に接続するように、木の枠組みで組まれた斜めのガイドレールが地面まで降りていて、ガイドレール下端に、ロープと台車が置かれている。
エスカレーターと同じくらいの角度である。
それが正六角形の陣形で六つ。
人がいなくなったタイミングで最寄りの斜杭に近づくと、斜杭から風が吹き込んでいるのを感じた。
かがみ込むようにして覗き込む。細長い直線状のトンネルの先に、外に繋がる眩しい光が見える。
すぐに彼らが板状の道具を持って走ってきて、六人の兵士それぞれが、自分の割り当てだろう投射坑に立つ。台車の上に板状の道具を置き、その上にうつ伏せになって、各々が声を上げた。準備完了らしい。
「いいんですか、こんなの見せてもらって」
「私とエルアがいて、他に誰の許可が要ると?」
「機密も機密では」
「だからおぬしらに絞ったのだよ」
準備完了と兵士が宣言したが、そこから進捗が止まってしまった。
エルア総監の説明によると、この急速投射坑は、兵士を有翼人が通常飛ぶ速度の倍以上、秒間約270シュ以上の速度で打ち出せるという。
毎度のことなんだが、シュの単位じゃ速度感がイマイチ想像できない。ええと、メートル法にすると――およそ時速160キロくらいか。いや絶叫マシンかよ。
しかし武装を持った重量のある兵隊を短時間で急加速するには、莫大なエネルギーが必要だ。
そこで、ここの地下に水脈があることを利用して、いったん地上付近の巨大な桶まで大量の水を汲み上げて、自由落下させる。
色々工夫はあるらしいが、大雑把にいえば、水の入った巨大な桶が落下することで、ロープで繋がれた台車が引っ張られて加速する仕組みらしい。
で、この謎の待ち時間は、桶に水を汲み上げている時間らしい。
人間ロケット花火の次は、人間パチンコか。もうなんでもあるな。
「――非常時は魔法で水を与えて落としますが、今は平時ですし、適した魔法を使える者が、今ここには私以外いないのでしょう」
水音が響く地下空間で、斜めの台車にうつ伏せになった兵士を眺めて、エルア総監は言う。
「今は重力型の第二世代ですが、いずれ魔導モーターを使って、直接投射できるようにしたいと思っております。投射間隔が短い方が、危急存亡のときに利がありますから」
「魔導モーターの原理も設計も、防衛軍には共有済みですよね」
「左様でございます。改良は私どもの独力で行うつもりでございます」
「そうですか……上手くいくといいですね」
この空間には特に座れるものはなく、俺達は立ったまま黙って水音が響く中で、投射待ちの兵士の背中を眺めることになった。
グレアは静かに俺の隣に立って、松明の明かりがある中でランタンを無駄に光らせていた――もしかして俺が近いから勝手に光ってるのか?
「わざわざ地下深くまで掘るのは、かなり苦労しましたよね」
「決して安くはないが、街や城が大火に呑まれようと、観測要塞が崩れようと――この投射坑だけは、最後まで機能せねばならん」
――投射!
遠くから鐘の音が響いたと同時に号令がかかる。
台車が一気に動き始めて、トンネルを歩いているときに聞いたのと同じ、走行音を立てて兵士が天井の投射坑に急加速して吸い込まれていく。
想像通りだったが、思ったより加速は急で、絵面もシュールであった。
数秒もしないうちに台車の走行音が聞こえなくなり、投射坑の向こうの空から噴射音が聞こえた。
投射坑の発進から、地上で見た、火進筒を空中点火して空へ伸びていくまでの光景の一部始終が、俺の中で噛み合った。
投射坑の実演デモで拍手をしたのは俺だけだった。凄すぎて真顔で拍手である。将軍様かよ。
そのあと、エルア総監がさっき投射された兵士達が手に持っていた木の板を持ってきてくれた。かなり重量があるらしく、両手に持つ彼女の背中が大きく反る。
「あまり強い衝撃を与えないよう、お願いしますね」
そう言って見せてきたそれは、木の板というより木製の簡素なフレームに、細長い円筒形の部品が二本、それぞれ短い金属製の鎖で繋がれていた。
円筒の先端は木の棒で繋がれていて、棒の中央に戦闘機のジョイスティックみたいなグリップが付いている。
「この円筒形の部分が火進筒でございます」
「へぇ……じゃあここを握って推力を偏向するのか」
「さようでございます」
エルア総監が手を差して説明してくれる。グリップを左右、奥行きの自由な位置に直接調節することで火進筒の推力偏向を実現する、かなり原始的な仕組みである。
火進筒の強力な推力は、靴裏で受け止めて対応するとのこと。
エルア総監の昔の体験によれば、横になって飛んでいても、まるで立っているような不思議な感覚がするらしい。
これで高度1500mは余裕で到達できるうえ、自由落下よりぶっちぎりで高速。
火進筒の燃焼が終了すると、この木製フレームは空中投棄される。文字通り使い捨て装備だという。
火進筒のモジュールというのか、その一式を渡されてその重量を感じる。二十キロ以上はありそうだ。
俺は火進筒の中を覗きこむ。木製のケースの中に埋め込まれるようにして、陶製の素焼きのノズルが窪みのようにはめこんである。その奥には火薬がみっちり詰められているとのことだがが、外からはよく見えない。
点火だけは投射後に兵士自身で魔法を使って行うらしい。魔力さえ込めれば、誰でもできる、ということだが、俺に見せてもらった火進筒は無効化してあった。
いやあ、ありがたいね。
万が一でも俺が近づいた途端に、勝手に点火して地下空間内で暴れ回ろうものなら大事故である。ネズミ花火でタップダンスどころではない。
「この火進筒を投射坑の台車に載せて、その上に兵士が載る形で加速させます」
エルア総監が近くの投射坑に歩み寄って説明する。俺とグレアも彼女についていく。
戻ってきていた投射坑の台車にエルア総監が自ら足を掛けて「訓練で火進筒を使わないときは、そのまま台車にこうして体重を預けるのですよ」とやってみせた。
エルア総監が台車から降りて投射坑に手を差し出した。
同時に、カランカランと、鐘の音が地下の空間に鳴り響いた。
「アダチ様。ちょっと乗ってみませんか? さすがに飛ばすことはいたしません」
「じゃあ……ちょっとだけ」
斜めのレールに横たわるL字型の台車に立って、そっと体重を預けてみる。
木製の台車の表面に、小さな傷が無数についているのが目に入った。だいぶ使い込まれている。
上を見上げれば投射坑の暗闇のトンネルの先、遠くに小さな白い空が見える。
エルア総監の説明によれば、ここは地下40メートルほどの場所で、加速から射出までは約2秒とのことだった。
「結構、加速区間って長いようで短いですね」
そんな当たり障りのない感想を口にしながら台車から降りる。
俺がメインだろうに、エルア総監が気を利かせてグレアに手招きをして、あなたも、と誘う。
「いささか退屈でしょう、せっかくですから気分転換に」
グレアからランタンを預かった彼女は言う。
――こうして、ここを軽く握るんですよ。
――そうです。首を痛めないようにアゴを引いて、肩の力を抜いて……そうそうそう。翼は閉じて、足とお尻にギュッと力を入れましょう。
エルア総監が台車にうつ伏せに寝かせたグレアのアゴに手を当て、片手で両肩、背中、尻と触れながら話しかける。
ホコリを払うように、上から下へ彼女のロングスカートを撫でるエルア総監。その手が一瞬ピタリと止まって、何かを確認するようにその周囲を軽く叩く。
――そう、そうです。初めてにしては大変お上手です、ユリカ様。
エルア総監は何事もなかったかのように話を続ける。なんか、流れ変わったな。
俺にはそんな細々とした姿勢の話なんかしなかったのに、グレアにはするんだな。というか、エルア総監はグレアの正体知ってたのか。
「それでは、楽しんでらっしゃいませ」
「え?」
投射!
ゴオォォ――
リーダー格の男の勢いの良い号令が響いた直後、叫び声もなく、グレアはただ台車の音だけを響かせて天井に吸い込まれていった。
グレアの消えていった投射坑の脇で、彼女は薄ら笑みを浮かべる。
エルア総監、やりやがった。




