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マジで俺を巻き込むな!!  作者: 電式|↵
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第6話-29 ベルゲン、前! 前!!


 わだちを駐めている芝生の手前に、エルア総監が立っていた。その周囲に馬に乗った兵隊――騎兵が六人ほどいた。

 まるで俺がベルゲンのわだち乗車に了承することが予定調和かのように周到に用意されていた。


「本来、馬は荷物運びに使うものだが、アダチ殿のわだちの速さに合わせるなら丁度良いかと思ってな」


 俺の隣のベルゲンが、奇妙に見えるかもしれないが、と説明する。

 俺にとっては本当にただの騎兵にしか見えなかった。

 有翼人にとっては、馬より空を飛ぶほうが身軽で長距離を移動できる。ならば、馬は地上を速く駆けるよりも重量物を運ぶ役割に変わるのも理解できる。


 その視点で見れば、俺が思い浮かべる競走馬の姿と比べると、確かに彼らの跨がる馬の方が足が太く短く筋肉質な出で立ちである。

 正直素人の俺から見れば、彼らが跨がる馬は、その辺の道で人荷を運ぶ荷馬車の馬と大きな違いはない。


「用意周到ですね……」

「わだちに乗れなかったら、アダチ殿には馬に乗ってもらおうと思っていたのでな」


 マジかよ。

 俺が変な気を起こしてノーとでも言ったら、乗馬初心者コース無料体験が始まるところだったらしい。

 落馬が怖い俺としては、是非ともチャリオット(古代戦車)で頼みたいところである。


 俺がわだちの運転席に座ろうと、わだちのタラップに足をかけると、ベルゲンに肩を叩かれる。振り返ると、ベルゲンがニヤニヤしながら自身の顔を指差してアピールする。運転させてほしいらしい。


「いいっすよ、でも操作を教えるまで触らないでください。操作を誤ると最悪人が死ぬんで」

「分かった」


 てっきり助手席にベルゲンを乗せて、俺が運転するものだと思いこんでいた。

 俺に代わって運転席のタラップに足を掛ける、童心丸出しのベルゲン。早足で助手席に回り込む俺。

 いつもはグレアの専用席であるその場所に座って、隣のベルゲンを見る。

 彼は、わだちの装置に触れないよう、肩の位置で両手を上げて、白い歯を見せて楽しそうな顔をこちらに向けていた。


「いいですか。足下右側の板を踏むと、踏む量に応じて加速します。左側の板を踏むと、同じように減速します」

「ほう。速度の調整は足でやるのか」


 俺とベルゲンは足下のアクセルペダルとブレーキペダルに視線を向ける。

 グレアと、エルア総監も同乗するつもりのようだった。荷台に乗り込むときの動きで、わだちが前後に小刻みに揺れる。

 ベルゲンは、わだちの床板に靴のかかとを打ち鳴らして、こっちが加速、こっちが減速、と靴先で示す。


「そうです。で、進行方向を変えるのがこのハンドルです」

「はんどる」

「ええと、操舵輪です。これを回転させると、前輪の車輪の向きが変わります」

「ちょっと試しても?」

「どうぞ」


 ベルゲンがハンドルに触れて、時計回りにゆっくり回す。

 パワステのような補助がないわだち。固い石畳の上ならともかく、芝生の上での据え切りには余計に大きな力が必要で、ハンドルを握って力を入れるベルゲンの上体が傾く。


「おお……」


 ベルゲンが視線を前輪に落として声を上げる。俺も助手席側の前輪に視線を落とす。右に切れていく前輪が見えた。


「やりすぎると、芝を傷めそうだな」


 全員が乗り込み、騎兵の準備も整ったところで、俺はベルゲンにアクセルを踏むように言う。


「右側を踏むんだったな」

「はい」

「それじゃあ皆の者、征くぞ!」


 ウゥン……

 ベルゲンの威勢の良い号令とは裏腹に、静かに動きだしたわだちが、車輪を半回転ほど進めたところで止まる。

 切れかけの電池で電源を投入したその一瞬だけ、儚く輝くように。


「あれ」


 声を上げたベルゲンが、何かマズいことをしたのかと言わんばかりに、頭がせわしなく動いて視線がハンドルやペダルを泳ぐ。


 原因はすぐに分かった。

 個人の魔力量の差異を補正するために、わだちに搭載されている初段減衰装置。

 本来はベルゲン向けに調整すべきだったが、膨大な魔力を持つ俺専用の設定のままになっていたからだった。要はパワーの絞りすぎである。


「すみません、こっちの調整忘れてました」


 定期的にこのミスをやらかしている気がする。




 横二列に並んだ四頭の馬が歩く後ろを、ベルゲンが操縦するわだち、そしてしんがりの二頭の馬が続く。

 戦々恐々とわだちを運転するベルゲン。城から下りる坂でブレーキを踏みすぎて定期的にガックン、ガックンとまるで非常ブレーキのオンオフで速度を調整するような運転だった。乗る人が乗れば、ほぼ間違いなく乗り物酔いするね。

 さすがに少し心配になって、周りの景色を見るフリをして、荷台のグレアやエルア総監の顔が緑に変色していないか確認したのは内緒である。


 まあしかしベルゲンのぎこちない運転も最初のうちで、ベルゲンがアクセルと同様に、ブレーキも中間が使えることを発見してからはかなり改善されて、スムーズに速度を調節できるようになった。

 ギリギリ徒歩から駆け足になるかどうか程度の微妙な速さで進んで行く。さながらゴーカートである。


 城を出た俺達は、そのまま行きの道中に通り抜けた、大通りの市場に入る。

 先頭の騎兵が、カランコロンと小汚いベルの音を鳴らして、市場の人々に道を開けるよう喚起する。

 市場の喧噪。馬の蹄鉄が石畳を叩き、わだちの車輪がガタゴトと音を立てる。


「これ楽しいな!」

「なかなか上手いと思いますよ」


 ハンドルを握る初心者ドライバー、ベルゲンが笑顔で騒音に負けじと声を上げる。

 俺の返答は、魔導モーター24個を含む倍力装置の追加予算に「いいよ」と言ってもらうための適当な方便などでは決してない。


「アダチ殿は飛行艇にしろ、わだちにしろ、軍隊に使われることにかなり強い抵抗を感じているようだが」

「まぁ……道具は使い手を選べないですから」

「私やエルアに『道具』を持たせるのは、やはり恐ろしいか?」

「いや――」


 ベルゲンの聞き方は意地悪だと思った。

 質問に「そうだ」と答えれば、俺が信頼していないことになってしまう。飛行艇を作る協力関係を守るためにも、その質問は答えられない。


「私もエルアも、飛行艇や機械の力を使って他国を侵略するだとか、王国に反旗を翻そうだとか、そういったことは考えてはおらん」


 ハンドルを握るベルゲンは、俺に王国の歴史書をどこまで読んだのかと尋ねた。

 俺は、何度か戦争があったことを把握しただけで、どういう歴史的な経緯があって、その当時に何があったのかは、全く把握していないと正直に答えた。


「人は恵まれた土地に自然とおびき寄せられ、そこで栄えるものだ。だがこの地はあまりにも恵まれすぎている」


 砂漠に面した地でありながら、地下水が湧き出て森を作り、食料を手に入れられる。鉱石が採れ、長大なクル川に交易船を浮かべて貿易ができる。

 乾季になる半年こそ、多くの点で耐え忍ぶべきことも多いし、砂漠特有の荒天もあるが、この土地の恩恵はそれを補ってあまりある。ベルゲンは言う。


「この地ナクルはその豊かさゆえに、レムノアにもヴォルグラドにも狙われてきた。今でこそレムノアの一部となったが、元はといえばナクル――マクヌはこの地に自然発生した独立した街だ」


 ベルゲンの説明を聞きながら、通りの市場の賑やかさに目を向ける。

 果物、パン、絨毯、食器、家具、水瓶。様々なものが店頭に並べられ、行き交う人々が通り過ぎ、ときに立ち止まって店の中を覗く。

 喧噪の中からうあーと、小さな子供の言葉にならない声が聞こえた。子供を抱きかかえる母親があやす。

 そんな人々のうち半分ほどが、顔を上げて俺達が通りを過ぎていくのを見ている。


「戦では、決して自らの土地を戦場にしてはならぬ。これは鉄則だ。戦の旨みとは、戦費の払い出しで市場に活力を与え、勝利により版図を広げ、ときに多額の賠償を課して、自らの集団をより強大に育てることにある」

「…………。」

「この地を欲しがる者は、ここマクヌ(・・・)を幾度となく戦場にしてきた――戦が始まるのは、払う犠牲より得るものが大きいと判断したときだ」


 事実その判断は、この街に対して何度も下した。この街の空に敵の編隊が飛び、空から火を落とし、鉄の矢をばら撒いたのだ。ベルゲンが言う。

 老若男女で賑わう市場の空を見上げる。青い空と、翼を広げて悠々と空を飛ぶ人々が見える。


 私や防衛軍が飛行艇を欲しがるのは、版図を広げるためではないと、ベルゲンは続けた。

 機械が抑止力となって土地を守り、この街を戦禍から遠ざける。民族の浄化から人々を守り、今の繁栄を次の世代へ継ぐ。

 我々は決して殲滅戦に屈しない。そのために、アダチ殿の機械を使うのだと。


「そのための機械なら、僕も納得できます。でも、相手が飛行艇を持ち始めたら、ナクルの優位はそこで終わりませんか? そうなれば、あとは性能と価格の競争な気がします」

「――アダチ殿は聡いな」


 俺がベルゲンに言うと、彼はハンドルを握ったまま、俺の顔をまじまじと見つめる。

 それはいいから、ちゃんと前を見て運転してほしい。先導する馬にぶつかったら危ねぇ。


「私はこの街の工業力は、世界の中でも一、二を争うと自負している。そんなこの街の職人でさえ苦労している飛行艇だ。たとえ作り方が広まったとしても、他の国や街の職人では手も足も出ないだろう」

「…………。」


 とはいえ、職人がナクルを出て行っては元も子もないか。

 独り言のように言って空を見上げ、目を閉じて考え込むベルゲン。だからちゃんと前を見て運転しろ。


「なんにせよ、アダチ殿がこの前の進水式で語ったとおり、道具の使い手の話であって、アダチ殿が心配する話ではない」


 そうこうしているうちに、俺達は市場を抜けて、市街地中心部から砂漠方面の郊外へ進んでいく。

 当然道を行き交う人は減り、いまや周囲には俺達以外の姿が見えなくなった。


「あの今更なんですけど、これどこに向かってるんですか?」


 何かの策略にハメられたのではないかと若干不安になってきた。ハンドルを握るベルゲンに尋ねた。

 防衛軍の演習を見に行くというのは言われているが、何がしたくてそれをするのか。ベルゲン達の意図もまだ掴めていない。


「新第一観測要塞近くの演習場。防衛軍が対空警戒を行っている要塞だ」

「観測要塞?」

「怪しい集団の飛来を確認すると、対象の立体的な位置や速度を求める要塞だな。他の観測要塞、例えば第二観測要塞との対象の角度の違いを利用して求める」

「あ、あー……」


 なんか、この前の離水試験で飛行艇の立体的な動きの記録をとるからどうこう、みたいな話があった気がする。防衛軍がそういう技術を持っているから、それを使って、みたいな流れだったかと思う。


「エルア殿。アダチ殿と、それから彼女(グレア)にも、ちょっと説明してくれないか」

「うおおおい!!」


 ベルゲンが身体を反転させ、背もたれに両肘をついてエルア総監に話しかける。

 あまりにもあんまりな振る舞いに、俺はとっさに身を乗り出して手を伸ばし、運転席のハンドルを掴んでわだちが逸走しないように抑える。

 前方不注意どころの話じゃねぇよ。身体が前後逆に向いてんじゃねぇか!


「ベルゲンさん! さっきからずっと言おうと思ってたんですけど、運転してるときは前を見て、ハンドルから手を離さないでください! 事故起こして大変なことになりますよ!」

「え?」


 素っ頓狂な声を上げるベルゲン。

 え、じゃねえよと内心突っ込んだが、よくよく考えれば「ハンドルを握って前を見ろ」なんて話は、俺にとっちゃ常識中の常識であって、言うまでもないと思って言っていなかった。


「馬と違って、いい感じに勝手に走ってくれるワケじゃないので」

「ああ、そうか」


 そこからちゃんと説明しなかった俺に非があるのは違いない。


 とにかく、エルア総監は話を仕切り直して続ける。観測要塞が八基、正八角形の配置でナクルを囲み、全周警戒できる体制を作っているらしい。


「八基ありますから、観測要塞は新第一から、時計回りに新第二、新第三と続いて、新第八観測要塞まである、ということでございます」

「なるほど」


 過去の戦争で、対空警戒の要である旧観測要塞は優先攻撃目標となり破壊されたこと、いま向かっているのは戦後の都市拡張も踏まえて、場所を移して新しく作られた要塞とのことだ。


「観測要塞って、ナクル独自の要塞なのか?」

「いいえ。対空警戒は、いかような都市であっても不可欠でございますから、従って観測要塞自体は珍しいものではございません。しかしながら、数や規模は我らがナクルの有する観測要塞が最大級でございます。」


 俺の質問に回答したエルア総監の内容をまとめると、こうだ。

 砂漠を挟んでナクルと帝国と向かい合う特性上、敵である帝国軍は過去、遠方でまず高高度まで上昇し、そのまま高速侵攻する手法をとったことがあるという。

 ナクルはそういった電撃戦に対して、防衛軍が対応できる時間的猶予を一分でも長く確保し、迎撃を行い、そして対空警戒の能力を死守するために、多数の大型要塞を築き上げたのだという。


「こうした事情があり、要塞や付帯設備の能力などは機密にしておきたいですから、外部の人間に知られぬよう、今回はアダチ様と付き人のみに限定した次第でございます」

「俺バリッバリに外部の人間ですけどね?」


 なんなら俺はこの世界の外部の人間である。俺から見ればこの世界の人間は全員身内である。加えて姿形は俺と似ていても、俺には翼もなければ、身体の軽さも異なる。端的に言ってしまえば、俺はエイリアンである。


「お二方には信用に足る十分な理由がありますから」


 百歩譲って俺に見せたいものがあるから信頼する扱いにしたと好意的に解釈したとしても、グレアが信用に足る理由というのがよく分からない。


「これは昔話なんだが」


 そんなことを思っていると、ベルゲンがハンドルを握って前を見ながら話を始めた。

 レムノア領に編入されてから第三次戦争まで、ここナクルは王国が直接統治する直轄領だったらしい。


 石畳だった路面はとうに終わり、砂利道の上を進んでいた。

 先導する馬が歩くたび、蹄の裏から砂埃の塊が舞い上がって緩やかな風が横に押し流していく。

 わだちの車輪がジリジリと砂を踏み砕くような音と、ガタゴトと荷台の鳴る音を立てる。路面に埋まった石や大きな窪みを車輪が踏むたびに、俺達の頭が大きく揺れる。


「――とはいえこんな辺境だ、戦争が起こっても遠く王国中央の指揮判断を仰がねばならぬようでは、何事もままならん」

「…………。」

「それもあってだろうな。第三次戦争の終結を機に、ナクルに領主を置いて自治を認めるよう働きかけたのが当時のバルザス家だ」


 バルザス家。グレア(ユリカ)のことだ。

 目線だけ振り返って本人の様子を見る。エルア総監と向かい合うよう横向きに座ったまま、流れる景色を眺めていた。ベルゲンの話が聞こえているのかは分からない。

 普段から振る舞いが終わっている彼女が、まさかバルザス家の一人娘のお嬢様だとは、今でもにわかには信じがたい。


 ベルゲンは昔話だと言ったが、それは荷台に座る彼女がバルザス・リー・ユリカ本人であることを、周囲の騎兵に悟られないための配慮なのだろう。


「第四次戦争でも、我々に最大の援軍を送ったのもバルザス家だ。もちろん彼らにもナクルでの影響力を拡大する魂胆はあったが、少なくとも我々単独で敵と戦うよりは、後ろ盾があった方が都合がよい。政情も安定する」


「つまり、ベルゲンにとってバルザス家は、信頼のおける人間だと?」


「奪うことばかり考える連中が多い世界で、我々に良くしようと働く相手に信を与えずして、一体誰に与えるというのだ?」


 バルザス家もアダチ殿も同じだと、ベルゲンは言う。

 バルザス家もいまや昔のようには強くなく、鳴りを潜めてはいるが、それはバルザス家が築き上げた財を否定するものではないと言う。いまでもバルザス家はまだ十分に強力な後ろ盾なのだと。


「財とは金目のものと語る輩の、いかにさもしいことか」


 それが、バルザス家の両親がベルゲンを頼り、娘であるユリカを託した理由だった。



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