第6話-28 レーザー司書
書棚のジャンル分けは、かなり大雑把だった。このへんにそれっぽい図書が集まっているという形で、きちんと整理されてはいなかった。
そんなこともあって、ナクルの歴史が分かる資料を求めて、書庫の中をさまよい歩くことになった。
書庫奥の中央螺旋階段を往来して、上階も下階も歩いたが、結局見つけきれず、レーザー司書に頼ることにした。レーザーは俺が名付けた。
「あの」
「はい」
「ここの、歴史みたいなのが分かるやつって」
座ってじっと本を読んでいる司書に、人差し指で床を指差しながら尋ねる。
「ナクル城塞ですか?」
「んー、この街の」
「郷土史は上階。左手奥から手前に遡って、二つ目の棚の上半分。ここから見て裏手にあります。植生、交易の変化や鉱物の産出記録などは別分類のため棚が異なります」
「あざます」
司書は本に目を落としたまま、俺に目もくれずに即答してページをめくる。
すげぇ、この書庫の蔵書配置全部暗記かよ。仕事慣れしているんだろうが。
俺と司書が会話しているのを、グレアが机に伏して片目を開けて見ていた。たぶん聞いているだろうし、俺がどのあたりにいるかは伝えなくてもいいか。
螺旋階段を再び上り、司書の指示した場所に、果たして目的の書物があった。まさにレーザー司書の名に恥じぬ、ピンポイントの指示であった。
背高の書棚の上半分ということもあり、踏み台を探してガチャコラと運ぶことになった。書庫に踏み台を運ぶ音が響いた。すまん。
書棚の中で一番装丁がしっかりしていた、一番隅の本が目に留まって手に取る。
"レムノア王国史 ナクル地方政府の記録"
レムノア王国政務院本部編纂とある、分厚い本。まず読むとしたら、国が公式に出しているやつか。
娯楽作品から国の公式資料まで。中央書庫は蔵書の幅が広いィ!
ベルゲンの待ち時間でここにいるだけなので、全部読む時間はない。
踏み台の上に立ったままだが、ひとまず、本の目録をざっと流し見して、重要な単語を拾うことにした。
現代流奥義・対国語試験用 高速理解メソッド、発動。
偽りの著者を召喚せしめることで、本文中より抜き出した虚像の論理を操り、分かった気分で回答する幻術である。
現代に於いて、これと同等の技を習得できなかった者は、成績上位から脱落する――
まあ、幻術を使っても俺の成績は凡の凡もいいとこだが。
"神歴3346年 第一次レムノア / ヴォルグラド戦争"
"神歴3348年 第二次レムノア / ヴォルグラド戦争"
"神歴3351年 第三次レムノア / ヴォルグラド戦争"
"神歴3358年 第四次レムノア / ヴォルグラド戦争"
"神歴3364年 古族紛争"
あ、ちょっと待って。思ったより戦争してて真面目に読まないとヤバい。
この世界の暦の一年は、確か地球換算で七年に相当する。
それを踏まえると、戦間期も地球換算で数年から長くて四十年。戦争して復興して、再び戦争をして復興する、を繰り返してきた歴史が窺える。
破壊された建物や家を建て直して、また潰されてを繰り返したのかもしれない。
著者のまえがきによれば、レムノア王国がこの地、マクヌを領有したが、何度もヴォルグラド帝国による侵攻があり、レムノアはマクヌの土地を守り続けてきた、と書いてある。
そして最後に、ナクルの近くに住む古族との紛争があった、と。
最後の古族紛争が、この世界の暦で今から八十年前だから、第一次戦争から現在までのおよそ百年間は、地球換算スケールでは七百年、最後の戦争は五百六十年前か。
俺の感覚だと、おおよそ戦国時代を最後に、現代の今日までずっと平和というのと同じわけだから、それはそれで大したことだと思う。
だがこの世界の人々は、この世界の暦ベースで年を重ね、百年、百五十年を生きるというのだから、彼らにとっての戦争は「まだ比較的記憶に新しい、この前のこと」という感覚なのかもしれない。
「――――。」
「ナクルの歴史に興味を持つとはまた」
「うおお、ビックリした」
太く深い声を急に浴びせられ、意表を突かれた俺は、反射で踏み台の上で肩をすぼめて足踏みをした。ベルゲンだった。
「どれ。その本を見せてほしい」
ベルゲンが手を差し出した。俺は開いたページそのままで手渡す。
開いたページを流し読みした彼は目次にページを戻し、ああ、これかと、息をひとつ吐く。パタン、と音を立ててその本を閉じた。
「歴史書は、書いた者の視点で描かれるものだ。これは彼らにとっての歴史であって、私たちの歴史ではない」
王国の歴史書を、どこまで読んだかとベルゲンは尋ねた。俺は開いたばかりで、ほぼ何も読めていない、と答えた。
どれ。そう言って踏み台に一歩足を掛けようとするベルゲンに押される形で、俺は踏み台から飛び降りた。
ベルゲンがレムノア公式の史書を、適当な書物の間に挟み込む。
「ああその本は、元は一番隅に……」
「棚が合っていれば構わんよ――これと、これ、ああ違うか。これだ」
体格の良いベルゲンが手を伸ばすたび、木製の踏み台がギシリと音を立てる。ベルゲンが二冊の本を取り上げて、踏み台から降りてきた。
「これが、私たちの視点の歴史だ」
ベルゲンが俺に渡してきたのは、古びた本に、焦げ付いた本。お世辞にも綺麗とは言えなかったが、今しがた読んだ史書とは違って、時代を駆け抜けた生き証人のような迫力があった。
むしろ本当は博物館とかに収蔵されていないといけないやつでは、という気がしてならない。
白手袋とか持ってないが、素手で触っていいのかこれ。
レムノア王国にありながら、中央が刻む歴史書を「彼らの歴史」と呼んだベルゲン。
何度も戦争を繰り返すうちに歴史の解釈が分かれたのだろうか。あるいは、歴史は最初から交わってなどなかったのだろうか。読み込んでいないから何とも言えないが、一枚岩ではない複雑な事情が垣間見えた。
史書もまた新しく編纂して、おぬしのことも残さねばならぬな。ベルゲンは言う。
「アダチと名乗る来訪者が異界から来て、変な乗り物ばかり作って領主を困らせているとな――フハハハハ!」
「えぇ……」
静かな書庫内にベルゲンの笑い声が広がる。
確かに俺は、魔導モーター24個とその付属品の更改に必要な費用について、ベルゲンに話をしようと思っていたワケで。資金面で領主を困らせているというのは事実である。
「この先何が起ころうと、おぬしの名は歴史に必ず刻まれる」
「刻まなくていいです」
「大勢の衆目の前で、あんな巨大な飛行機械を飛ばしておいて、遺されない方が不自然ではないか」
「刻むなら、僕の名より工業ギルドのメンツを書くべきです。何百、何千もの図面に線を引き、荒唐無稽を現実に喚び落としたのは彼らです」
本心からの遠慮である。
一度やらかしたら後世に語り継がれ、永遠に晒され続けるのが歴史である。うまく立ち回れる自信などない。
俺が見ている限り、工業ギルドの連中ならヘマはしないと思う。
「アダチ殿の世界では、戦に赴いた兵の名の一人一人を史書に刻むのかね?」
「名簿とか、あるいは写真とか絵に残して」
「シャシン?」
「見たままに忠実な絵のことです」
「……そうか」
一瞬の沈黙。ベルゲンは首をかしげて視線が右上に大きく振れた。
「それはさておき。私はアダチ殿にひとつ、話をしようと思っているのだ」
「話、ですか」
「話をする前に、まず防衛空軍の演習を見に行こう。それからの方が話が理解しやすい」
「はぁ」
ベルゲンは俺が持つ二冊の史書を取り上げて、書棚の隅、最初に俺が触れた王国の歴史書があった場所に、それらを片付けて置き換えた。
「視察が終われば、すぐ帰城するつもりだ。興味があればここに戻って読むといい」
書庫を出て、静かな石造りの廊下に俺達の歩く靴音が響く。
グレアは、相変わらず黙って俺とベルゲンの後ろをついてきていた。
飛行艇の操縦が重くて、操作困難な問題の改修の話。魔導モーター24個の話。
話すなら今だろうと思って口を開きかけたタイミングだったが、ベルゲンが一足早かった。
「そういえばあのお嬢さん、元気にしているかね」
「お嬢さん?」
ベルゲンが指すお嬢さんが、グレアのことか、それ以外の誰かを判然とせずに聞き返す。
ほら、蘇生した子がおるだろう。
ベルゲンが立てた人差し指を天井に向けて小さく振り回す。ああ、リンのことか。
はつらつとするような性格ではないが、いつもと変わらず大人しくしているし、神都の旅に出るための勉強も真面目にやっていると答えた。
「アダチ殿。この前、彼女に改名を提案するつもりだと、政務院から報告が上がっていた。進展はあったかな?」
「思ったより渋られました。『親から授かった名前だから、改名は繋がりを断つ気がする』みたいなことを言われて。今はリンの判断待ちです」
「難儀だねぇ」
実は、改名については事前にロイドに相談をしていた。それがどうやら彼経由でベルゲンまで話が届いていたらしい。
「彼女にとっては辛い世界だろうが、彼女がアダチ殿と巡り会ったのも、この世に二度目の生を受けたのも、神使様の御慈悲と思し召しあってのことだろう」
リンネ・エルベシア。
本人の選択がすべてだが、彼女は名を変えた方が良いと思う。ベルゲンは言う。
俺もベルゲンの意見に同調の声を上げた。
ところで、話は全く変わるのだが、と、ベルゲンが続ける。
「防衛空軍の演習場まで、わだちに乗って行ってみたいのだ。よいか?」
今度は何を振られるのかと身構えたが、蓋を開ければ何ともない話であった。
俺は二つ返事で分かったと返すと、ベルゲンは握りこぶしに両脇を踊らせて、声をうわずらせる。
「いやぁ、一度乗ってみたいと思っていたのだよ!」




