第6話-27 クルマを買うなら、ナクル自走車販売
ヘーゲルの作業部屋を訪れてから数日。
俺は工業ギルドのメンツ、飛行艇の責任者三人組であるザグール、ナド、ネルンと主翼と尾翼の可動範囲を縮小する設計変更について話し合っていた。
操縦が重すぎる問題について、ヘーゲルから要求された仕様、操縦索の移動量や張力の大きさに答えるためである。
工業ギルドの会議室に、追加で担当班の班長を呼び、設計図面を机に広げて議論というか相談を繰り返す。かくして、ヘーゲルが要求していた仕様が確定した。
それと併せて、操縦索を太くする変更も計画に盛り込まれた。
人力だけではなく、機械による強力な補助が入るのであれば、既存の操縦索では、強度不足で切れてしまうか、劣化が急速に進んでしまうかもしれない。そうネルンが懸念を表したのだ。
操縦桿から各翼部の動翼まで繋がる操縦索。文字通りの命綱であるそのロープの力をガイドする、滑車のような部品も当然再設計である。
一つ変えるだけで、あれこれ色々と変更が波及していくのは面倒くさいし、費用もかけたくないんだが、やらねぇことには飛行艇は飛ばせない。
「グレア、行くぞ」
それはそれとして。
今度は、朝食を食べてすぐのお出かけである。行き先はベルゲンのいる城である。
操縦索の設計変更と並行して、今度は領主ベルゲンから直接会って話したい、見せたいものがあると書簡で連絡が来たのだ。
「あんた一人で行ってよ。私もうめんどくさいわ」
「分かる。俺も寝てたい。行くぞ」
グレアはあからさまに嫌そうな顔をした。
ベルゲンと直接会って話すなら、倍力装置増設のために魔導モーターが24個必要で、その影響で操縦索の設計変更が必要になって、費用がかかりそうだと話をしておきたい。
その意味では、いいタイミングではあるんだが。
ベルゲンは、今回に限っては俺とグレア以外のメンツを同行させないよう、条件をつけてきたのである。
あのオッサンはオッサンで、何か企んでいるらしいが、俺には予想がつかない。
コツ、コツと、靴音を立てて迎賓館のエントランスの曲線階段を降りる俺とグレア。
「ベルゲンの居城って、どう行けばいいんだっけ?」
「えー、覚えてないの」
「ギルドと違って、そんな頻繁に通う先じゃねぇし」
「城までひゅーっと行けばいいのよ、ひゅーっと」
「俺もお前らみたいに、持ち前の羽根で空を飛んで、目的地に一直線できるんなら、飛行艇なんざいらねぇよ」
グレアは、手をひらつかせながら、翼がないくせに鳥アタマだと小馬鹿にした。
わだちに乗り込んで、外に出る。
快晴。冷たいくらい涼しい朝の空気、陽光の熱線が目に沁みた。
そっち。そこを左。グレアの端的で明快なナビに従って、ハンドルを捌く。
俺達を乗せたわだちは、街の大通りを走る。両脇に立ち並ぶ商店は売り物を揃えて、朝市を始めていた。
店頭に立って呼び込む声が飛び交うなか、通りを自由に歩く人々を轢かないよう、道の中央近くを陣取って徐行する。
わだちの走行音に気づいた通りの人々が両脇に割れ、あるいはわだちの前を駆け足で横切っていく。
空飛ぶ船の人だ!
道の脇から子供の声が聞こえた。先日の離水試験を見ていた大勢の観衆のうちの一人なのだろう。
有翼人の世界にいる翼のない人間。それだけで、元々俺は目立つ存在ではあった。
世界初の飛行機、それも四発の大型水上機という無茶を押し切って、大勢の前で宙に浮かべたとなれば、輪をかけて有名になるのも無理はない。
離水試験以降、道端から声を掛けられる頻度は明らかに増えた。良くも悪くも。
こちらに向けて手を振るその子供。純粋そうなその顔に一瞬だけ視線をやって、手を振り返した。
応援してくれてありがとう。
飛行艇は、君達の税金をバカスカと、湯水のごとく注ぎ込んで作られてるんだぜ。
*
目的地到着。
城門で守衛に話をすると、既に話が通っていたらしく、簡単に通してもらえた。
出てきた兵士の先導に従って、わだちを乗り入れる。
「ようこそおいでなさいました」
建物前の芝生にわだちを駐めて降りると、黒地に金のアクセントのついた軍服を着た長髪の女性が近づいてきた。
見た目五十、六十代だろうか。長い白髪を肩の後ろに流したオールバック、鼻眼鏡の女性である。
「私はレムノア王国、ナクル防衛軍を預かります、総監のエルアと申します」
「どうも、足立です。一般人です」
差し出された手を掴んで両手で握手をする。
自分も肩書きを言うべきかと思ったんだが、自分から国賓だと言うのもなんか違うし、飛行艇の話をしてもなぁ、と逡巡した果てにポロッと出た肩書きが一般人である。
何か言いたげに横目に俺を見るグレアの視線が冷たい。
「先日の無礼について、重ね重ねにはなりますが、私からもお詫び申し上げます」
「あぁ……」
「あのような卑劣なやり口は、誇り高き防衛軍の振る舞いとして、あまりにも見苦しいものでございました」
エルア総監が一番に切り出した話が分からず、記憶を漁る。
ええと――ああ。防衛軍が俺のところまで来て、資金をちらつかせてかなり強引に圧をかけてきた件かもしれない。
リンが身を投げた一件で、滅茶苦茶なときに押しかけてきて、アレはかなり怒った覚えがある。
「大変お恥ずかしい話でございますが、わたくしは一度は総監の座を退いて、後任に委ねた身。されど、あの一件はさすがのベルゲン様も看過できず、更迭されまして、総監の座に呼び戻された次第でございます」
「あれはもう、終わった話ですよ」
エルア総監の皺の入った目尻が一瞬緩む。
そのまま、彼女は上体を傾けて、俺の背後のわだちに視線を寄せる。
「市中で度々噂に聞いておりましたが、その乗り物が『わだち』でございますか」
「あぁ、はい」
「少し、詳しく見てもよろしいですか?」
「どうぞ」
四輪の荷馬車をフル改造して自走式の車両に仕立て上げたのが、わだちである。
エルア総監は両手を後ろに回し、わだちに近づいて一周する。
前輪の車輪の操舵機構やハンドル、ブレーキなどを顔を近づけて、まじまじと観察している。
「この乗り物は、どれくらい速度を出せるのですか?」
「試したことなくて分かんないですね……でも、人が飛ぶ速度に近いくらいは出ると思います」
「さようですか」
「まぁ――ああ、そこ熱いですよ!」
車体後部に回ったエルア総監が、後輪を駆動する魔導モーターに触れようとしたのを見て声を上げた。
すんでの所で触れずに済んだエルア総監は、熱気を感じますね、と言って手を引っ込めた。
「便利な乗り物ですが、元々わだちは、飛行艇の動力を含め、いろいろ制御する技術を確立するための技術実証として作られたもので」
「さようですか。これをひとつ作るために、いくらかかりましたか?」
「あー、試行錯誤して作ったので、集計しないと、なんとも……」
わだちにも研究開発の費用がかかっている。俺から見れば、全体的には比較的シンプルな構造だが、これも特注のため、その金額は決して安くはない。一千万レルはしていると思う。
「わかりました。これは、八人ほど乗せても差し支えありませんか」
「大丈夫だと思います」
一通り眺めたエルア総監は、俺たちを城の中へ案内してくれた。
これからお目にかけたいものがあるが、少し時間が欲しいという。待ち時間の暇を潰すために、中央書庫に案内すると言った。
白いアーチ状の高い天井の通路、石造りの地面に靴音を響かせて、俺とエルア総監が並んで歩く。グレアはその後ろを大人しくついてきている。
「この地、ナクルは今でこそ平穏を保っておりますが、歴史を遡れば砂漠に面しながら、水と資源が豊かなこの場所を巡って、何度も戦禍に見舞われた係争地でございます」
ぽつりと話し始めたエルア総監は、ええと、さっきの乗り物の名は、なんでしたでしょうか、と尋ねる。
わだちだと答えると、ああ、左様でございましたねと言う。
「もし先の大戦争に、あの乗り物、わだちがあったのならば。ナクルのため戦地へ飛び立ち、傷つき、飛べなくなった同胞の命を連れ帰り、救えたのではないかと。
私事ではございますが、私の母方の祖父も、先の大戦争で負傷し、栄誉の戦死を遂げたと伝え聞いております」
「自分も他人も幸せにする使い方なら、誰も文句はつけないと思います」
飛行艇計画全体にかかる費用の大きさのために、飛行艇計画の資料や成果の共有を条件に、すでにナクル防衛軍の予算も投入されている。わだちもその共有成果物の対象となっているはずだ。
当然、軍事利用なんかに気乗りはしなかったが、現実問題として背に腹は代えられない。
「その、当時防衛軍から迎賓館に来たモウヴだったか、その人は、飛行艇も含めて、幅広い用途で使いたいと言っていましたが」
「――使うに適した道具があれば、それに手を伸ばすのは人の性。一度その味を知れば、二度目は飢えに墜ちたも同じでありましょう」
「よく考えて使ってくださいよ」
エルア総監は、救助以外に使わないとは言わなかった。
防衛軍側も色々協力してくれている。航法で使う三角関数の計算尺にしたって。飛行艇にカウンターウェイトとして前方に載せた高射砲にしたって、防衛軍からの提供である。
防衛軍とは持ちつ持たれつの関係にされたというか、なったというか。
そういう関係のため、俺がエルア総監にできるのは、せいぜい使い方について意向を語るくらいだった。
結局、神都への道中で、仮に飛行艇の主砲が火を噴かざるを得ない状況にでもなれば、俺も綺麗事は言っていられない。
クルマを買うなら、ナクル自走車販売。
そんな企業などないが、ふとそんなフレーズが俺の頭を通りすがる。
仮にエルア総監がわだちの大量購入を申し出たとしても、生産できるのは工業ギルドだけである。
そのギルドにも、俺の飛行艇に、一般造船にと需要が立て込んでいて全体の稼働が逼迫している以上、スムーズな納入とはいかない。
ギルドの中身が多数の少人数の工房の集合体で、互いに協調しながら手作業で生産しているのが現状だ。ひとつのモノを大量生産できるような構造でもない。
中央書庫だという部屋の前で、エルア総監は扉を引いて、俺に入るよう促した。
入ると、すぐ脇に若い女性の司書が座って静かに本を読んでいた。彼女は顔を上げて、目線を本から俺達に向ける。
扉の取っ手を握ったままのエルア総監が、後ろから声を掛ける。
「私はこれから準備がございます。しばらく、ここでゆっくりお過ごしください」
彼女は、音を立てないように、そっと扉を閉める。途中で扉の動きが止まり、そこからエルア総監が顔を覗かせる。
「あの、老婆心ながらお伝えするのですが……
ベルゲンのお話、無理なものがあれば無理と、できないものはできないと、はっきりお伝えください。あの方はそのような些末なことで心乱す方ではございません」
カコン、と扉の閉めきる音が書庫に広がって、俺とグレアは顔を見合わせた。
グレアのジトーっとした目つき。ピクリともしない無表情でずっと俺の顔を見ていた。
「絵本の読み聞かせは苦手なのよ」
「頼んでねぇよ」
俺をいくつだと思ってんだよ。
入り口に立って小声で話をする俺たちに、司書の女性が座って本に視線を落としたまま話しかける。
「書庫内の机、イスの利用はご自由に。書庫内の図書は、個別の許可を受けた場合を除き、すべて禁帯出です」
暗唱するように事務的な言葉を投げ、彼女は頁をめくった。
まぁ好きなように歩かせてもらうか。
せっかくだし書庫を見てくる。そうグレアに言うと、彼女は入り口のイスに座って、誰かが来るのを待つと言った。
イスに座って目を閉じている方が良かったらしい。
二階の吹き抜け構造になっている中央書庫。壁は書棚で埋まって窓はなく、外の景色は見えなかった。
それでも書庫全体が明るいのは、高い天井の天窓から間接光が降り注ぎ、部屋の明かりになっていたからだった。
書物が直接日光に当たらないように書棚が配置されていて、ここに保管されているものは、かなり大切に保護されているように思えた。
木のような甘い匂いの漂う書棚。
風も、音もなく、その場に静止した空気を身体で押し分けるように歩く。
通路をぶらぶらと彷徨いながら、書庫で何を見るんだ、という問題が俺の中で浮かび上がる。
「…………。」
ベルゲンにこれから何を見せられるか、予想できない。城に来て防衛軍の重鎮であるエルア総監が出てきたということは、防衛軍関連の何かかもしれない。
なら防衛軍関連の予習をしておくべきか。
俺もナクルについて完全無知でいるより、文化とか歴史背景を知っていた方が、なにかと話が進みやすいかもしれない。
俺個人の欲望を言えば、いい感じに話が進む冒険活劇を読みたいとか思わんことはない。しかし棚に立ち並ぶ表題を見ている感じ、並ぶのは真面目な書物ばかりである。城の書庫にそんな娯楽作品を丁重に保管する理由もない、ということか。
基本すべて禁帯出ってのも頷ける。
真面目な書物ばかりじゃあ、司書も飽きるよなぁ、あの司書は何読んでるんだろうとか思いながら歩いていると、偶然にも娯楽作品が集まっている書棚の一角を見つけた。
いくつか冊子を手に取ってページをめくる。おおむね恋愛ものだった。
「ん……うん?」
ペラペラと流し読みする。どれも男しか出てこない。
遠くの入り口で静かに本を読んでいる司書に目を向ける。彼女の視線がレーザーのごとくこちらへ飛んでいた。
ですよね、やっぱ民俗文化の保存も、書庫の大事な役目ですよね。
俺には少し早かった。司書に目を向けたまま、その本をスッと棚に戻した。




